第16話 仮宿へようこそ
メロディが建てた小屋敷は二階建ての木造邸宅である。二階は伯爵一家の生活スペースで、使用人の部屋は一階の奥に通路を隔てて男女別に設けられている。小さいながらも応接室があり、屋敷の裏庭と厨房の脇に井戸も設置されていた。もちろんメロディが掘り当てて準備したものである。元々の屋敷にも井戸はあったので掘ればどうにかなったようだ。
それぞれの部屋割りを決め、最低限荷物の運び込みを終えるとメロディ達は食堂へ集まった。
ヒューバートが上座に座り、右手にルシアナ一行が、左手に領地の使用人達が並ぶ。
「さて、いろいろと慌ただしくなってしまったがとりあえずお互いに自己紹介をしようか」
その言葉を皮切りに、まずは領地の使用人達から自己紹介を受けた。当然ルシアナにとっては昔馴染みのよく知る者達なので、あくまでメロディ達へ向けての挨拶となる。
「執事のライアンです。どうぞお見知りおきを」
「メイド長のリュリアです。ライアンの妻でもあります。どうぞよしなに」
品のある老夫婦が揃って一礼した。二人とも勤続年数が三十年を超えるベテランなのだとか。
ライアンはロマンスグレーの老紳士だが、田舎育ちのためか実年齢よりがたいがいい。リュリアは茶色の髪をメロディのようにまとめている優しそうな女性だ。
「メイドのミラよ。リュリアさんより年下だけど一応同期なの。分からないことがあったらいつでも言ってちょうだい」
快活な物言いをするミラは、淡い緑色の髪を後ろでまとめたスレンダーな女性だ。独身らしい。
「同じくメイドのアーシャです。よろしくお願いします」
丁寧なお辞儀をするアーシャは、赤い髪を後ろで一本の三つ編みにした儚げな印象の女性だ。
「ルトルバーグ家の護衛を務めるダイラルだ。まあ、まともに護衛させてくれない方々だが」
ルシアナ達をジロリと睨むダイラル。強面に睨まれるが慣れたものなのかルシアナ達は無反応である。ダイラルは腕を組んで嘆息するのであった。あと、アーシャとは幼馴染らしい。
「最後は俺っすね! 俺の名前はシュウ。可愛い女の子にはとりあえず声を掛けて仲良くなりたい色男です。彼女は随時募集中! あ、ついでに使用人見習いとして訓練中です!」
「ついでとは何ですか、シュウ」
「うはっ、すんません、ライアンさん」
ニヘラッと笑みを浮かべて自己紹介をするシュウ。小麦色の肌とワサワサの金髪が現代日本の古きチャラ男を想起させる。こんな男が地震の際に咄嗟の判断で全員をテーブル下に避難させたとは驚きである。マイカは嫌そうな顔をした。
(……この人、顔の各パーツは凄く整っているし、体もスラッとしつつも鍛えてることが服の上からでもよく分かる女性受けしそうな細マッチョ。つまりイケメン……のはずなのに、言動がアレ過ぎて全くイケメンに見えない!)
ニヘラッというあの笑顔もダメな要因の一つなのだろう。締まりのないあの表情が顔の作りには合っていないような気がする。もっとキリッとした表情の方が合っているのではないだろうか。
「あ、恋人募集中っすけどマイカちゃんだっけ? 君はまだちっこいからあと五年は声掛けるの待ってね。君くらいちっこい子はさすがに俺も対象外なんで」
「一生声掛けないでくださいね」
(乙女ゲームの当て馬キャラみたいな男がこんなところにいるなんて! あんたが王立学園にいたら絶対にヒロインちゃんは靡かないし、攻略対象者に一蹴されてるんだからね!)
マイカはルシアナばりの冷笑でそう答えた。だが、シュウは特に堪えていないらしい。
「五年後が楽しみな笑顔だね!」
ナンパをやめる気ゼロな態度にマイカは嘆息するのだった。しかし、マイカの隣からクスクスと品のある笑い声が聞こえてきた。メロディだ。
「ふふふ、シュウさんって面白い人ね、マイカちゃん」
((な、なにいいいいいいいいいい!?))
ルシアナとマイカに挟まれるメロディの態度に驚愕を禁じ得ないる二人。
(嘘でしょヒロインちゃん! まさかの当て馬キャラとの恋愛フラグなの!?)
あまりの驚きにルシアナは言葉を発することすらできなくなっていた。まさか、ルトルバーグ領にてモブキャラとの恋愛シナリオが発生するのだろうか。それはまだ誰も知らない……。
全員の自己紹介が終わると、ヒューバートは次の話題に移った。
「さて、自己紹介も終わったことだし本題に入ろうか。今回の地震による被害報告をしてほしい。ライアン、シュウお願いできるかい」
「畏まりました」
「了解っす!」
まずライアンが説明を始めた。
「私が向かったのは北のテノン村です。徒歩で約二時間掛かって到着しましたが、幸いなことに被害らしい被害はありませんでした。地震はあったようですがどうも当家ほどの揺れではなかったようで棚から物が落ちたという程度のものでした」
「あ、こっちも同じっす。南西のダナン村も少し地面が揺れて驚いたけど家が倒壊するとかの被害は特になかったですね。とはいえ初めての地震体験に驚いてはいましたけど」
「そうか。二人ともありがとう。俺が向かった東のグルジュ村も似たようなものだ。我が家はあんなことになってしまったが、三つの村に被害がなかったことは喜ばしい」
村への被害がなかったことに安堵したのか食堂の空気が弛緩する。だが、メロディは内心で疑問を抱えていた。
(木造建築の全損に近い倒壊。推定震度六強……なのに、徒歩二時間の距離でせいぜい棚の物が少し落ちただけということは推定震度四? いえ、この世界の家屋が現代日本ほど地震に強いとは思えない。となるともっと震度は下がる? こんなに狭い範囲でそこまで震度に差が出るの?)
メロディは食堂のテーブルに用意された領地の地図に目をやった。屋敷を囲むように三方向に点在する三つの村。そしてルシアナ一行が通った街道。
(馬車で一時間の距離で震度五強。あ、でも一時間といっても私が空を飛んでスキップした部分はカーブが多いから移動に時間がかかるだけで直線距離なら村より近いのね。……あれ? ということは――)
屋敷が震度六強。メロディ達が昼食を食べていた地点で震度五強。そこからもう少し離れた三つの村が震度四。屋敷を中心に放射状に震度が下がっている。
これが示す事実は一つ。つまり――。
(震源は……ここ?)
どうやらかなり狭い範囲の直下地震が発生したようだ。震源のど真ん中に屋敷があるとは、ルトルバーグ家も不運過ぎる。だが、自然災害に文句を言ったところで何も始まりはしない。
(ここが震源となると、皆に注意喚起した方がいいかもしれない)
地震がこの一回で終わらない可能性について。大きな地震の後に同じ場所で短期間に断続的に地震が発生する場合がある。過去の日本では『余震』と呼ばれていたそれは、最初の地震を大きく上回る規模の揺れを齎すこともあって、現在の日本では使われなくなった言葉だ。
この世界の地震の原理が地球と同じとは限らないが注意喚起はしておいて損はない。メロディがそう考えた時、地図を見ていたシュウが挙手をした。
「ヒューバート様、今の報告をまとめると地震はこの屋敷を中心に起きたみたいっすね」
「ふむ? そうなのかい?」
「屋敷は全壊するほどの酷い揺れで、村の方は棚の物が落ちる程度。お嬢様が休んでいたあたりの揺れはどれくらいだったんすか?」
「立っているのがつらいくらいの揺れだったと思うわ」
「ふむふむ。となると、お嬢様がいた地点の方が屋敷に近いっすからやっぱり屋敷を中心に地震が発生したものとみてよさそうっすね」
「うーむ、我が家を中心にとはあまり嬉しくない予測だな。変な噂が立たなければいいが」
「それよりも現実的な問題がありますよ、ヒューバート様。近いうちにまた地震が起きるかもしれないっす」
「何? 短い期間でそんなに何度も地震が起きるのかい? 確か前は百年くらい前だったはずだが」
「地震の原因次第じゃないっすか? 例えば屋敷の地下深くの地盤が崩れたせいだとして、また崩れたりしたら地震が起きるかもしれないっすよ」
「それは怖いな……」
ヒューバートは腕を組んで悩みだした。メロディはシュウの意外な一面を見て目を瞬かせる。自分が説明しようと思ったほとんどを彼に言われてしまった。見た目に反してシュウは意外と博識なのかもしれない。
現代日本人なら簡単に思いつく地震に対する見識だが、百年近く地震がない世界の住人がここまで柔軟にその危険性に考え至るのはなかなかできるものではないだろう。
ルシアナやマイカとは対照的にメロディの中のシュウの評価は上方修正されるのだった。
「メロディ、また地震が起きるかもしれないって。どうしよう」
ルシアナが涙目になってメロディを見つめていた。地震体験時の恐怖、屋敷がぺしゃんこになった衝撃を思い出し、シュウの指摘が思いのほかルシアナを怖がらせてしまったようだ。
メロディは柔和な笑みを浮かべて諭すようにルシアナへ告げた。
「ご安心ください、お嬢様。この屋敷は徹底的に耐震設計を施されているのでまた同じ地震が起きたとしても屋敷が倒壊する可能性はほぼありません」
「ホントに?」
「ええ、もちろんです。あ、でも棚の中身は飛び出すかもしれないので枕元に飛んでこないように配置を見直しておきましょう」
「うん、分かったわ。よかった~」
ホッと安堵の息を零すルシアナに、メロディもニコリと微笑んで応える。そして領地の使用人達は当然ながらこう思ったことだろう。
――なんでこの屋敷に詳しいの?
メロディ達を訝しげに見つめるライアン達を見て、ヒューバートは内心で頭を抱えていた。
(君達、本当に隠すつもりあるのかなぁ?)
言うは易く行うは難し。メロディの魔法を隠し通す。意気込みはともかくまだまだ行動が伴っていないうっかりな娘二人なのであった。
地震被害は伯爵邸のみという結論に至り、議論はそれほど長くは掛からなかった。シュウが上げた危険性についても、結局のところ地震が再発しない限りどうしようもないわけで、せいぜい就寝中に物が落ちてこないように気を付けようとかそんな感じで終わってしまう。
「となると、次はこの屋敷の管理についてだが、基本的にはライアンとリュリアが中心になって普段通りにまとめてほしい。元の屋敷を建て直すまでかなり時間がかかるだろうから」
「「畏まりました」」
「叔父様、メロディ達はどうすればいいの?」
「メロディとマイカはリュリアの指示に従いながらルシアナの世話をしてほしい。リュークはライアンについて執事の仕事の勉強だね」
「「「畏まりました」」」
「そういえば、ルシアナは何日までうちにいられるんだい?」
「八月十九日まで泊まって二十日に出発する予定よ」
「了解した。では二週間、久しぶりの我が家を堪能してくれたまえ。まあ、我が家、なくなっちゃったんだけどね」
「もう、叔父様。それは言わない約束でしょう?」
住み慣れた家を失ったというのに、ルシアナとヒューバートはそれをネタにして楽しそうに笑うのだった。
(それは言わない約束って……お嬢様、そんな言葉遣いどこで覚えてきたのかしら)
さすがに今口にはしないが、内心で首を傾げるメロディであった。
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