第17話 メロディの魔法封印宣言

 翌日、八月六日。太陽が昇り始めた頃、メロディは目を覚ました。

 ササッとメイド服に着替えて玄関ホールへ向かう。そこで毎朝申し送りを行うことになったからだ。メロディ達も含めれば使用人は八人。調理場に集まるには少々人数が多いのでそうなった。

 メロディが玄関ホールに到着すると既に執事のライアンとメイド長のリュリアの姿があった。


「おはようございます、ライアンさん、リュリアさん」


「「おはよう、メロディ」」


 夫婦な二人は柔和な笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。


「お二人とも早いんですね。一番に来るつもりだったのですが」


「ふふふ、朝から張り切っていますね、メロディ。今日から新しい屋敷の管理をするでしょう。どうにも気になって早く目が覚めてしまったのよ」


「二人して早く来てしまったから打ち合わせをしていたのですよ」


「そうだったんですね。実は私もなんです。新しい職場にワクワクしたら早く目が覚めてしまって」


「それは頼もしいわ。今日からよろしくお願いしますね、メロディ」


「はいっ!」


 楽しそうに語るメロディの姿にライアンとリュリアはついつい表情が綻んでしまう。意欲に満ちた若者の姿というのは見ていて清々しいものがある。朝からメロディは元気いっぱいであった。

 やがて他の使用人達も集まり各々が挨拶を交わす中、最後の一人が玄関ホールにやってきた。


「ふわぁ、おはようございまーす」


「おはよう、シュウ。始業時間ギリギリですよ。もう少し早く来なさい」


「すんません。いやぁ、ここのベッド、メッチャ気持ちよくてなかなか起きれなかったんすよ~」


「そう言うが、お前が始業時間ギリギリで来るのはいつものことではないですか。まあ、よろしい。早く並びなさい」


「了解っす~」


 眠たげな顔で挨拶をするシュウに、ライアンは首を振ってため息をつくのであった。

 玄関ホールに使用人達が並ぶ。ライアンとリュリアが前に立ち、向かい合うように左からダイラル、ミラ、アーシャ、リューク、マイカ、メロディ、そしてシュウの順番に並ぶ。


「おはよう、メロディちゃん」


「おはようございます、シュウさん」


 シュウはニヘラッと締まりのない笑顔を浮かべてメロディに挨拶をした。二枚目フェイスを三枚目フェイスに変えてしまう笑顔だが、特に気にならないのかメロディは普通に挨拶を返す。


「ねぇねぇ、こっちにいる間もお休みってあるよね? よかったら――」


「こらシュウ、黙りなさい。申し送りを始めるぞ」


「はい、すんませんっす!」


 シュウはピンと背筋を伸ばして畏まった。まるでコメディを見せられているかのような状況に、メロディは思わずクスリと笑ってしまうのだった。

 ようやく静かになった玄関ホールでライアンは申し送りを始めた。


「まずはダイラル。屋敷周辺の巡回警備を実施し、朝食後はヒューバート様の警護をしつつ執務を手伝ってください。私は午前中、シュウとリュークの指導にあたるのでよろしくお願いします」


「了解です」


「次にシュウ、リューク。二人は申し送り後、私について仕事を覚えてもらいます。今日はせっかくお嬢様が連れてきた馬がいるのでそちらの世話から始めましょう」


「「分かりました」」


 シュウとリュークが了承の返事をするとライアンは首肯し、リュリアの方を向いた。


「メイド達への指示はお願いします、リュリア」


「ええ、お任せください。ミラ、アーシャ。二人は調理場で朝食の準備をお願いします」


「「畏まりました」」


「メロディはミラ達の補佐をお願いします。確か王都では起床時にお茶をお出ししているのよね? 折角ですから今日から当家でも行いましょう。ヒューバート様の分も含めて準備してください」


「畏まりました」


「マイカは見習いでしたね。では、今日は私と一緒に仕事をしましょう。申し送り後は私についてきてください。屋敷の清掃を行います……と言いたいところですが、正直この屋敷はまだほとんど掃除の必要性がないので二人で軽くこなしつつ間取りを覚えるところから始めましょうか」


「は、はい。頑張ります!」


 全員への指示出しを終えるとリュリアはライアンへコクリと頷く。ライアンは軽く咳払いするとメロディ達を一瞥し、口を開いた。


「それでは、今日から新しい屋敷、初めて会った者同士での仕事となりますが、ルトルバーグ伯爵家に仕える者として恥じぬ働きを期待します。よろしくお願いします」


「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」


 メロディ達の朝が始まった。


 申し送りが終わると男性陣は外へ。ダイラルは屋敷の巡回に、ライアン達は厩舎へ向かった。リュリアとマイカは清掃道具を持って屋敷の奥へ。そしてメロディ達は調理場にやってきた。


「それじゃあ、私達で早速朝食を作ってしまいましょうか」


「「はい」」


 三人の中で最年長のミラが班長となって調理場が回される。メロディはルシアナの夏季休暇の間しか屋敷に滞在しないため、食事の準備は伯爵領のメイドである二人が中心となる。メロディはあくまで補佐という立ち位置だ。


「それじゃあ、今日の朝食はパンとスープにしましょう」


「ミラさん、確かベーコンもあったはずですからそれも焼きましょうよ」


「朝から贅沢ね、アーシャ。でも傷む前に食べなきゃダメだしそれもいいわね!」


 食糧庫から野菜を取り出しながら快活に声を上げるミラ。朝から元気だ。


「それにしても、お嬢様が多めに食料を持ってきてくれて助かったわね。おかげで今日も朝からパンが食べられるわ」


「元の屋敷の食料はほぼ全滅でしたから本当に助かりました」


 ミラの言葉に同意してアーシャはコクコクと頷いた。


 ちなみに、ルシアナが持参したことになっている食料はもちろんメロディの魔法の収納庫からの供出である。例の森ことヴァナルガンド大森林に自生していた山菜や、安い時に大量購入し、魔法の収納庫に保管することでそれなりの量の野菜を備蓄していたのだ。パンは王都で焼いて保管していたものを出しており、それを直前の町で購入したものだと言って食糧庫にぶちこんだのである。


「本当ねえ。それに、メロディ達が屋敷跡から調理道具を引っ張ってくれたんでしょう? 食材だけあっても調理できなきゃ意味ないものね。大変だったでしょう、ありがとうね」


「いいえ、お役に立ててよかったです」


 調理場に並んでいる調理器具の大半は元の屋敷からの回収品であった。使い慣れた器具のおかげかミラとアーシャは新しい調理場でもあまり戸惑うことなく作業を進めることができていた。

 雑談を交わしながら三人は朝食の準備を進めていく。リュリアが手際よく野菜を刻み、アーシャは竈に薪をくべる。そして鍋に水を注ごうと水瓶を見たアーシャから「あら?」という声が零れた。


「どうかしましたか、アーシャさん?」


「いえ、大したことじゃないわ。思ったより水瓶の水が少なかったからちょっと驚いただけよ」


「そういえば昨日の夕食もスープを作ったから結構水を使ったものね」


「だったら私が――」


 メロディは何気なく水瓶に向かって手を差し出そうとして、ピタリと止めた。


「メロディ、どうしたの?」


 水瓶に向かって手を伸ばそうとしたまま停止しているメロディに、アーシャは首を傾げた。


「……あ、いえ。私が水を汲んできますね!」


「あら、いいの?」


「はい! どのみちお茶用にお湯を沸かさないといけないので水は必要ですし」


「それじゃあ、お願いしようかしら」


「任せてください!」


 調理場には外へ通じる扉があり、その先に井戸がある。メロディはそそくさと井戸へ向かった。


(危なかった。ついいつもの癖で、魔法で水を出すところだったわ)


 井戸の前に辿り着くとメロディは胸に手を押さえて小さく息を吐く。


「私、自分で思っている以上に魔法に頼っていたのね。これは気を引き締めないといけないわ」


 よくよく思い返してみれば、井戸から水を汲んだことなど片手で数えるくらいしかやった覚えがない。魔法で水を作る方が井戸から汲むより楽なうえに新鮮で衛生的だからだ。生まれたばかりの魔法の水は空気をよく含んでいて紅茶との相性がよかったことも理由の一つだろう。


「でも、魔法がなくたってメイドはできるもの。しばらく業務中の魔法は封印しよう」


 メロディはキリッと真剣な顔つきになると、水を汲むために井戸へ桶を投げ入れるのであった。


 ◆◆◆


「――ということがあったんです」


「ふーん。そっかぁ、メロディも大変ねぇ」


 ミラ達が朝食を作る傍ら、紅茶の準備を整えたメロディはルシアナへ『アーリー・モーニング・ティー』を持って行った。紅茶を飲むルシアナと反省を含んだ雑談に興じる。


「確かに、メロディは息をするように自然と魔法を使っていたものね。気を抜くとあっという間に魔法がバレちゃうかも。本当に気を付けてね」


「承知しました、お嬢様」


「まあ、それはそうと。昨日皆が集まっている時に言ったけど、午後からの予定は覚えてる?」


「はい。確か今日の午後は村へ遊び、じゃなくて視察に行かれるんですよね」


「そうよ。遊びじゃなくて視察に行くの。とりあえず今日は東のグルジュ村に行くつもりよ」


「畏まりました。そのように手配します」


「うん! よろしくね!」


 視察と言いながらウキウキした表情を隠しきれないルシアナに苦笑を浮かべるメロディだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る