第12話 自重を知らないメイド

「お嬢様、紅茶です。どうぞ」


「ありがとう、メロディ」


 テーブルセットに寛ぎ、メロディが淹れてくれた紅茶で一息入れるルシアナ。先程の出来事のせいで喉が渇いていたようで、紅茶はすんなりと喉の奥へ流れていった。


「ふぅ、美味しい」


「恐れ入ります」


 優雅に微笑み合う二人の少女が醸し出す午後のティータイムな雰囲気があたりに広がる。


「……この状況でよくそんな空気出せますね」


 しかし、マイカの一声がそんな甘い気分を一蹴させる。


「いいじゃない。ちょっとぐらい現実逃避したって」


 ルシアナは拗ねるように唇を尖らせて現実に目をやった。


「こちら瓦礫撤去班。使えそうな陶器類を発見しました!」


「了解。資源回収班行ってください」


「はーい!」


 ルトルバーグ伯爵邸跡地。その瓦礫の山は現在、分身メロディ五十人体制によって瓦礫の撤去作業が行われていた。今回、本体メロディはルシアナにつき、分身達のみでの作業となる。

 屋敷の残骸を撤去する瓦礫回収班。まだ使える食器や道具類を集める資源回収班。領地運営資料などを整理する資料回収班など、複数の班分けを行い例のごとく動画の早送り再生のような速度で作業は迅速に進められていた。おそらくヒューバート達が戻ってくる頃には作業を終えていることだろう。


「……リュリア達が眠っていてくれて助かったわね。起きていたら卒倒ものだったんじゃないかしら。私もあれはいまだに慣れないし」


「めっちゃシュールな光景ですもんね」


「?」


 遠い目をするルシアナとマイカに、メロディは不思議そうに首を傾げるのだった。


「それにしても、本当にどうすればいいのかしら?」


「撤去作業でしたら日暮れ前には終えられると思いますが」


 メロディの返答にルシアナは首を横に振った。


「ううん、そうじゃなくて。さすがにこれはお父様へ報告が必要かなと思って」


「確かにそうですね。何せお屋敷がぺしゃんこですし」


「……お金、かかるわよね」


「ああ、そう、ですね……」


 先々代の失敗を期に『貧乏貴族』などというあまりにも直接的な通り名を付けられてしまったルトルバーグ伯爵家。父ヒューズの代で借金が完済され、宰相府に任官されたことで今後は少しずつ生活を豊かにしていけると思われたが、まさかの本拠地大崩壊である。

 建て直せば一体いくら掛かることやら分かったものではない。新たな借金の予感である。


「あの、私が新たにお屋敷を建て直しましょうか?」


 またメロディがとんでもない提案をしてくる。だが、ルシアナは首を横に振ってそれを断る。


「金銭的なことを考えればとてもありがたいのだけど、ここまでくるとお父様の領主としての裁量権の問題にもなってくるからやめておいた方がいいと思うわ」


「メロディ先輩の魔法で時間を巻き戻すみたいに屋敷を元に戻したりできるなら、最初から被害をなかったことにできるんじゃないですか?」


「さすがにそれは無理だわ、マイカちゃん」


 メロディは即答した。マイカとルシアナは思わず目を剥いて驚く。


「メロディにも出来ないの?」


「申し訳ございません、お嬢様。単にお屋敷を建て直すだけならメイドの技能の見せどころなのですが、残念ながらお屋敷の元の姿を存じませんので同じ姿に建て直すことはできません」


「……メイドの技能って何だっけ?」


 最早今更過ぎる疑問であるが、ルシアナは問わずにはいられなかった。


「なんか時間を巻き戻したりすれば簡単に元通りになる気がしますけど、無理なんですか?」


「そんなことできないわ、マイカちゃん。時の流れは不可逆。一度過ぎ去った時間はもう二度と元には戻らない。時間を早めたり遅くしたり、一時的に停止させるぐらいのことはできても時間を巻き戻すことだけはできないのよ」


「メロディ先輩の『できない』範囲、せまっ」


 そうツッコミつつも、メロディにもできないことがあるのだとマイカはちょっとだけ安堵した。


「そうなるとお嬢様、瓦礫の撤去が終わったら皆さんが休める仮宿を造ろうかと思うのですが」


「ああ、そうね。確かに必要だわ」


 このままでは一時帰郷した自分はまだしも、ヒューバート達の今夜の寝床にも困ってしまう有様だ。一日、どころか半日で幽霊屋敷を新築同様に修繕してみせたメロディなら仮宿くらい簡単に作ってしまうことだろう。


「でも、大丈夫? 材料とか足りる?」


 ルシアナは目の前に広がる元伯爵邸の残骸に目をやった。仮宿の材料といえばあれくらいしかないだろうが、柱も含めてなかなかの損壊具合だ。仮宿など作れるのだろうか?

 だが、メロディは心配ないと言いたげにニコリと微笑む。


「ご安心ください。建材は全て私の手持ちを使いますので」


「メロディ先輩、どこからそんなものを?」


「いつもの森からだけど?」


「森林大伐採! 環境破壊! って、そうじゃなくて……」


 当たり前のように告げるメロディにマイカは二の句が継げない。つまり、その建材とやらは世界最大の魔障の地『ヴァナルガンド大森林』の樹木を使用するということだ。


「大丈夫よ、マイカちゃん。木々の成長を考えて間伐したものだから、むしろあの森は今よりもっと健康的にすくすく成長していくはずよ」


「それはそれで心配になるんですけど……」


 魔王の拠点となるはずの森がすくすく成長とか、大丈夫なのだろうかとマイカは不安になるのであった。


「みんなー! 仮宿を建てることになったからそのあたりの整理からお願い!」


「「「はーい!」」」


 分身メロディ達がテキパキと動き出す。メロディの命令はきちんと伝わっているようで、彼女達は阿吽の呼吸でどんどん作業を進めていった。


「メロディのおかげで喫緊の問題はおおむね解決ね。となると、あとはお父様へ報告か。王都に戻るしかないけど、叔父様がいるとはいえこのまま領地を放置していくのもちょっとなぁ」


 早急に報告すべきとは理解しつつも、せっかく領地に帰って来たのだから何かしてあげたいと思うルシアナ。今後の対応について悩むのであった。

 思い悩むルシアナの背中を見つめるメロディとマイカ。ちなみにリュークは少し離れたところで周囲を警戒してくれている。ちなみにちなみに、グレイルは馬車の御者台で惰眠を貪っている。

 マイカは小さな声でメロディに尋ねた。


「メロディ先輩、この前森で使ったあの魔法なら一瞬で王都へ帰れるんじゃないですか?」


「うーん、でもあれは……」


 マイカが言っているのはメイド魔法『通用口(オヴンクエポータ)』のことだ。離れた二つの地点を魔法の扉で繋ぐことで一瞬で移動することができる転移魔法。以前、暴走したビュークを王立学園からヴァナルガンド大森林まで運ぶ際に、マイカも一緒に使用したのだが。


(原則として『通用口』は使用人の作業用出入口なのよね。お嬢様にお使いいただくのはちょっと気が引けるというか何というか)


 一般的に、お屋敷の通路は主が使用するものと使用人が使用するものではっきりと区別されていることが多い。これは使用人が姿を見せて主を煩わせないようにという配慮なのだが、メロディはメイド魔法『通用口』にも同様の使用人ルールを適用させていたのだ。

 だが、あくまでマイルールでしかないのでルシアナだって普通に通れるし、何だったらビュークを運んだ際には貴族であるレクトも一緒に使用している。メロディの中ではお友達枠扱いにすることでマイルールの適用範囲内と勝手に自己解釈しているが。

 つまりやろうと思えばどうとでもなる制約でしかないのだが、メロディはできることならメイドの矜持としてこのマイルールを侵したくはなかった。だからこそ、メロディは気付いてしまった。


(……あれ? ……そうか。お嬢様のための専用通路を用意すればいいんだわ!)


「お嬢様、少し失礼します」


「え? ああ、いいわよ」


 一礼するとメロディはルシアナから離れていった。トイレかしらと特に気にしないでいたルシアナだったが、メロディは一分ほどで戻ってきた。


「あら、メロディ。もういいの?」


「はい。お待たせしました、お嬢様。準備が整いました」


「準備? 何の?」


「メロディ先輩、何をするつもりなんですか?」


 首を傾げる二人を前に、メロディは得意げに言の葉を紡いだ。


「開け、おもてなしの扉『迎賓門(ベンヴェヌーティポータ)』」


 ルシアナ達の前に巨大な両開きの扉が地面から迫り上がってきた。銀の装飾が散りばめられた立派な扉で、如何にも高貴な方をお出迎えしそうな扉に見えた。


「え? 何これ?」


「……まさかこれって」


 『迎賓門』が独りでにゆっくりと開き始めた。本来であればこの扉の向こうに見えるのは撤去作業中のルトルバーグ伯爵邸跡地のはずなのだが、ルシアナが目にしたのは――。


「……ルシアナ?」


「……お父様?」


 王都の屋敷の玄関ホールを歩いていた父ヒューズの姿であった。どうやら外出していて今帰ってきたところらしい。セレーナが出迎えに来ていた。


「あら、お姉様。何かお忘れ物ですか?」


「いいえ。ちょっとお嬢様が旦那様にご報告することがあって、急遽王都とこちらを繋いだの」


「まあ、そうでしたの。ですがよろしかったのですか? 『通用口』をお嬢様にお使いいただいて……あら、でもこれはいつもの扉と違うような」


「ええ。お嬢様や旦那様にもお使いいただけるちゃんとした扉を作ってみたの。これなら安心してお通りいただくことができるわ」


「ふふふ、そうでしたか。それはよかったですね、お姉様」


「ええっ!」


「「よく、なああああああああい!」」


 朗らかに語り合うメロディとセレーナとは対照的に、ヒューズとルシアナのなんと悩ましげな表情であろうか。二人は頭を抱えていた。


「ルシアナ。これは、さすがに問題だと思うんだ」


「ええ、お父様。私も全く同感よ」


「どうされたんですか、お嬢様?」


 メロディは不思議そうに首を傾げた。それを見たルシアナ達が大きくため息を零す。


「セレーナ、お母様はいらっしゃる? いるなら今すぐ食堂へ来ていただいてちょうだい」


「畏まりました」


「ルシアナ、このことは他に誰が知っている?」


「幸い、叔父様達は出払っているわ。王都のメンバーだけよ」


「では全員をここに呼んでくれ。食堂にて、ルトルバーグ伯爵家緊急会議を行う!」


 動き出すルトルバーグ伯爵家の面々。メロディだけが訳も分からず立ち尽くすのであった。

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