第11話 使用人見習いシュウ

「ホンットに、すんませんしたあああああああああ!」


 ルトルバーグ伯爵邸跡地に情けない声が響き渡る。ヒューバートに助け起こされたシュウは目を覚ますとまるで条件反射のようにルシアナへ駆け寄り、見事なスライディング土下座をしてみせた。

 シュウを虫けらのように見つめるルシアナ以外、周囲はドン引きな光景である。


「出来心だったんです! 魔が差したっていうか! 可愛い子がいたらとりあえず交際を申し込んじゃうっていうかとりあえず声を掛けるのが男のたしなみっていうか百人に声を掛けて一人でも振り向いてくれたら御の字っていうかそういう感じのアレなソレでして!」


「……ホント死ねばいいのに」


「ひいいいいいいいい! 本当にすんませんしたああああああ!」


 ルシアナの中でシュウの評価は地に落ちていた。ヒューバートを助けたポイントは意味をなさず、最底ラインを突き破ってマイナスに達している。最早挽回が不可能なレベルかもしれない。

 メロディに粉をかけようとする男。それはルシアナにとって敵以外の何者でもないのであった。この時、どこかの騎士様が異常な悪寒に襲われたかもしれないが、メロディ達は知る由もない。


「……お嬢様、王都に行って随分と荒んでしまって」


「いやぁ、女の子はちょっと見ない間にどんどん成長していくなぁ」


「ヒューバート様、それは少々間違った解釈かと」


 愕然とするダイラル。のんきな様子のヒューバートを執事のライアンが首を振って否定した。


「お嬢様、出来心って言ってますしそろそろ許して差し上げても」


「甘いわ、メロディ! こういう男は息の根を止めない限りまた同じ過ちを繰り返すのよ!」


「反省してます! もう二度とこちらのお嬢さんを口説いたりしません! 多分!」


「ああん?」


「あなたもどうして多分なんて言っちゃうんですか!? この場だけでも言い切ってくださいよ」


「俺、正直者なんでそんな心にもないこと誓えないっす! でも許してくださいいいいいい!」


「だーれが許すかあああああああああああああああ!」


「ぎゃあああああああああ! マジすんませええええええええん!」


「お嬢様、淑女が出していい声じゃありませんよ!?」


 ルトルバーグ伯爵邸跡地に愛らしくも激しい怒声が響き渡る。そして再びハリセンを振り下ろそうとするルシアナをメロディが羽交い絞めにしてどうにか止めるという状況となっていた。


「……私達は何を見せられているのでしょうか」


 ライアンがポツリと呟く。


「あははは。喜劇、もしくは茶番劇じゃないかなぁ?」


「ヒューバート様、その主役を演じているのはルシアナお嬢様なのですが?」


「うーん、俺としてはもう少し見ていたい気もするけど確かにそろそろ動かないとね」


 そう言うとヒューバートは誰もが驚くような音で両手を打ち鳴らした。ルシアナ達もその音に驚き、反射的に一時停止してしまう。ヒューバートは三人の方へと歩み出た。


「ルシアナ、悪いんだけどシュウを貸してもらえるかな」


「それは無理だわ叔父様。こいつはこれから打ち首獄門の上市中引き回しの刑に処されることが決まっているのよ」


「お嬢様、順番が逆です。市中引き回しの上打首獄門です。首を切って晒してから引き回すのでは手間がかかり過ぎます。あとどこでそんな言葉遣いを覚えてきたんですか」


「メイドさん、指摘箇所を間違えていやしませんかね!?」


 なおも繰り返される茶番劇にヒューバートは笑いを堪えつつも用件を伝える。


「ノリに乗っているところ申し訳ないんだけどね、そろそろこちらも落ち着いたことだし領地の被害状況の確認に行きたいんだ。人手がいるからシュウも必要なんだよ」


 ヒューバートの言葉にルシアナはようやく正気を取り戻した。そうだ、こんなナンパ野郎に構っている場合ではなかったのだと。


「そうだったわ。村の皆は大丈夫かしら」


 ハリセンを扇子に戻し、オロオロしだすルシアナ。雰囲気が元に戻りダイラルとライアンはホッと安堵の息を零した。いつものルシアナである。


「本来なら俺が全ての村を回れればいいんだけど、それではとても時間が足りないからね。シュウにも三つの村のうち一つを担当してもらいたいんだ」


「むう、そういうことなら仕方ないわね」


「許してくれるんすね、ありがとうございます!」


「またやったらマジで許さないわよ」


「お嬢様のお言葉を厳粛に受け止め、可及的速やかに対応を協議し、前向きに検討したいと思っております!」


「あの、それ本当に何かするつもりありますか?」


 メロディには結論をはぐらかす政治家の言い回しのようにしか聞こえなかった。

 そうしてヒューバートは村を派遣する人員の振り分けを行った。ヒューバートは東のグルジュ村を、ライアンは出身地である北のテノン村を、シュウは南西のダナン村へ向かうこととなった。

 ちなみに、三人のメイド達は先の地震のショックが大きかったようで、今はメロディが用意した敷布で休んでもらっている。安心したのか三人とも今は夢の中だ。


「俺は残ってお嬢様の護衛をします」


「私達は大丈夫だからあなたは叔父様の護衛をしなさいよ」


 ダイラルの言葉をあっさり一蹴するルシアナ。メロディがいるので何の問題もないと思っているが、残念ながらヒューバート達にそれは通じなかった。


「さすがに女性しかいない状態にはしておけないよ。ダイラルには残ってもらう」


「でも叔父様、村で男手が必要かもしれないのよ? 私達はここでじっとしているからダイラルも連れて行ってちょうだい。それに私達にはちゃんと――」


「お嬢様ー! メロディせんぱーい!」


「――護衛が来たから問題ないわ」


 ルシアナの言葉を遮るように聞こえてきたのはマイカの声。どうやら馬車が到着したようだ。


「おや、あれは誰だい?」


「私の馬車よ。ようやく追いついたみたい」


「ルシアナの馬車? それじゃあ、君はどうやってここまで来たんだい?」


「飛んできたのよ、叔父様」


「飛んでって……そりゃあ、急いで駆けつけてきてくれたんだろうけど、馬車なしでどうやって」


「ふふふ、内緒」


 ルシアナは可笑しそうに笑った。文字通り飛んで来たのだがヒューバートには伝わらなかったらしい。まあ、通じるわけないわよねと、ルシアナは笑いが止まらなかった。

 ダイラルは馬車を見た。窓から手を振る少女と御者台に座る美麗な青年が目に入る。青年は腰に剣を佩いていた。


「……彼は、もしかして護衛ですか」


「うん。王都で雇った執事見習いのリュークよ。この旅では御者と護衛も兼ねてもらっているの」

「ほぉ、執事見習いですか。では後ほど私が教育をしても?」


「そのつもりで同行させているわ。王都には指導役もいないからあなたに見てもらいたかったの」


「それはそれは。畏まりました、お任せください」


 ライアンは深々と一礼する。対してダイラルは額に手を当てて天を仰いでいた。


「……はぁ。またお嬢様は護衛を振り切って一人で突っ走ったのですね」


 ダイラルは大きく、それは大きくため息をついた。


「失礼ね。今回はメロディも一緒だったでしょ」


「メイドとお嬢様だけでどうやって安全を確保するっていうんですか。本当に護衛泣かせな人ですね、お嬢様は。私があの時、どれほど焦ったと思っているんですか。旦那様も旦那様で私を置いて王都に行ってしまうし。皆様貴族としての自覚というものがですね」


 ダイラルがクドクドとお説教をしているうちに、馬車が屋敷に到着した。


「遅くなった」


「うわぁ、これは酷いです。完全にぺしゃんこじゃないですか。お嬢様、メロディ先輩、お怪我はないですか」


「ええ、ありがとう、マイカちゃん。私もお嬢様も何ともないわ。幸い、お屋敷の方々も無事よ」


「それはよかったです」


 屋敷はともかく人的被害がなかったことは本当に喜ばしい。マイカは安堵の息を零した。


「叔父様、ちゃんとした自己紹介はリュリア達が目を覚ましたらするけど、この三人が今回私の旅に同行してくれた使用人よ」


「お初にお目にかかります、ヒューバート様。オールワークスメイドのメロディでございます」


「お、お初にお目にかかります! メイド見習いのマイカです」


「……お初にお目にかかります。執事見習いのリュークです」


 そつなく礼をこなすメロディとリューク。マイカはたどたどしくも初々しい礼をしてみせた。


「ご丁寧にありがとう。私はルシアナの叔父のヒューバートだ。三人ともルシアナをよろしくね」


「「「畏まりました」」」


 メロディ達の言葉にヒューバートはうんうんと頷く。


「それじゃあ、ここの護衛はリュークに任せてダイラルは私に同行してもらえるかな。ルシアナの言う通り男手が必要になるかもしれないからね」


「はっ、承知しました。リュークとやら、しばらくここを頼む」


「了解した」


「では、時間もあまりないしそろそろ出発しようか」


「あ、少々お待ちください」


 それぞれ三方向に別れようとしていたヒューバート達の元へメロディが駆け寄った。


「これ、筆記用具です。よかったらお使いください」


 被害状況次第で何かしら記録が必要かもしれないと考え、メロディは鉛筆とメモ帳を手渡した。


「メロディちゃん! 俺のことを気遣ってくれるなんて!」


「シュウ、やめなさい。お嬢様が睨んでいますよ。ありがとう、使わせてもらいますね」


 シュウ、ライアンに筆記用具を渡し、最後にヒューバートに近づいてメモ帳と鉛筆を差し出す。


「どうぞ、ヒューバート様」


 メロディはニコリと微笑む。


「ああ、ありが――」


 ヒューバートはメロディから筆記用具を受け取ろうとしてピシリと固まった。メロディをじっと見つめたまま微動だにしない。


「あの、どうかなさいましたか?」


「あ、いや、何でもないよ。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」


「はい。行ってらっしゃいませ」


「……ああ、行ってくるよ」


 そう言うとヒューバートは走った。全速力で。ダイラルを放置して。


「ちょっ、ヒューバート様!? ああもう!」


 ダイラルもまた全速力でヒューバートを追いかけるのであった。


「急にどうしたのかしら?」


「もしかして、メロディ先輩に一目惚れしちゃったとかじゃないですか~?」


「ふふふ、まさか。年齢が倍ほど離れている方よ。私なんてきっと対象外よ」


 揶揄うようなマイカの言葉に、メロディは可笑しそうに答えた。


(でもヒロインちゃんだもの。年の差なんて無視して恋愛フラグが立ってもおかしくないよねぇ)


 遠くなったヒューバートの後姿を見つめながらマイカは好奇心に瞳を輝かせるのだった。


 そしてルシアナは――。


「叔父様、帰ったらじっくり話を聞かないとね……」


 真剣に目を細めてプロ野球選手顔負けの構えでハリセンをフルスイングする姿がここにあった。


「あの子、似てたな……目の色も髪の色も違うのに……笑顔が似てた。セレナに」


(ルシアナと同い年の子を相手に何を考えているんだろ、俺……)


「待ってください、ヒューバート様! 本当に待って、って速いな!」


 雑念を振り払うように、ヒューバートは東のグルジュ村へ向けて疾走するのだった。

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