第10話 炸裂する誕プレ

「お嬢様、帰ってきていたのですね。ご無事ですか」


「私は大丈夫。それより屋敷が……」


「ええ。これは酷い」


 ダイラルは眉間にしわを寄せながら倒壊した屋敷を見つめた。


「ね、ねえ。あなたがいるってことは、叔父様も屋敷の外に出ていたりは……」


 ルシアナは希望を込めて叔父の安否を確かめようとするが、ダイラルは難しそうに首を横に振る。


「俺はヒューバート様から頼まれた使いの帰りなんです。ヒューバート様を始め屋敷の者達は全員、おそらく屋敷内にいたかと」


「そんな」


 痛ましい表情のダイラル。ルシアナも口元を手で押さえて悲愴な表情を浮かべる。


「あの、皆さんが屋敷内のどのあたりにいたか分かりませんか?」


「誰だ?」


 沈痛な面持ちの二人にメロディが割って入った。初めて見る顔にダイラルは誰何する。


「王都の屋敷で仕えてくれているメイドのメロディよ」


「メロディ・ウェーブと申します。緊急時ですので挨拶は後ほど。それで、どうですか?」


 メロディの問いにダイラルはしばし考える。


「……今の時間ならおそらく、全員食堂だと思う。うちはヒューバート様も使用人も一緒に食事をするから」


「あ、そっか。今はお昼の時間ね!」


「でしたらまずはそこを中心に捜索を行いましょう。今ならまだ間に合うかもしれません」


「そうね! 叔父様! みんなー!」


「あ、待ってください、お嬢様!」


 屋敷が倒壊しても部屋の配置は覚えている。ルシアナは食堂があったはずの場所へ駆け出した。メロディとダイラルも慌てて後をついて行く。


「やはりここもダメか」


 ダイラルが眉根を寄せながら呟いた。柱が地震に耐えられなかったのか、二階が落ちてきて一階は完全に潰れてしまっていた。二階の方も頑丈でなかったせいか衝撃で崩壊している状態だ。

 ここに食堂があったと言われても全く分からない程度には瓦礫の山となっていた。


「叔父様!」


 ルシアナが呼び掛けるが反応はない。


「お嬢様、私が瓦礫をどかしますから後ろに下がってください」


「女の細腕じゃ無理だろう。俺がやるから君も下がっていてくれ」


「ご心配なく。でも、どける順番を間違えるとさらに倒壊が進んでしまうので気を付けないと」


「いや、だから――っ!」


 メロディとダイラルが言い合う中、目の前の瓦礫がガタガタと音を立てて震え始めた。


「瓦礫が崩れる!? お嬢様、離れてください!」


 そうメロディが忠告した直後、ルシアナの目の前の瓦礫が勢いよく吹き飛んだ。


「きゃああっ!」


「お嬢様!」


「ああああああああああ! 死ぬかと思ったああああああああああああ!」


「ヒューバート様!?」


 吹き飛んだ瓦礫の奥から一人の男が姿を現す。ルトルバーグ伯爵の弟、ヒューバートであった。


「ああ、空気が美味しいねぇ」


 顔立ちはヒューズに似ているが、その体格は彼よりも一回り以上大きい。筋肉質な体型で、貴族男性とは思えない格好をしている。胸元の開いた半袖の襟シャツの上にオーバーオールのようなズボンをはいている。これで麦わら帽子でも被って鍬でも背負っていたら立派な農家のお兄さんだ。

 ヒューバートは瓦礫を搔き分けてルシアナの前までやって来た。


「叔父様、無事だったのね! よかった」


「おや、ルシアナじゃないか。帰ってきていたんだね、お帰り」


「お帰りじゃないわよ、叔父様! 死んじゃったんじゃないかって心配したんだから!」


「いやぁ、突然地面が揺れたかと思ったら天井が落ちてきて驚いたのなんのって。咄嗟にシュウに『テーブルの下に入れ!』と言われて思わず反応しちゃったけど、おかげで助かった」


「じゃあ、皆無事なの?」


 その言葉を皮切りに、瓦礫の奥から使用人達が這い出てきた。なぜかほぼ無傷のヒューバートと違って多少の怪我はあるものの命の別状はないようだ。しかし、あまりの出来事に力が入らないのか執事のライアンはどうにか一人で出てこれたが、三人のメイドはダイラルが手を引いてどうにか出てくることができた。


「すぐに傷の手当てをしましょう」


「ありがたいが、その救急箱はどこから持って来たんだ?」


 もちろん魔法の収納庫から取り出した救急箱を持って、瓦礫のそばにへたり込んでいる四人の元へ駆け寄るメロディ。ダイラルと協力して応急処置を始めた。


「よかった。全員無事みたいね」


 ルシアナはホッと安堵の息をつく。しかし、ヒューバートは首を傾げた。


「あれ? そういえばシュウはどこだ?」


「シュウ?」


 ルシアナが首を傾げた時、ヒューバートが開けた瓦礫の穴から一人の男が姿を現した。瓦礫に埋もれていたせいかボサボサになった金髪と、小麦色の肌をしている。半袖の襟シャツにネクタイとベスト、黒ズボンという男性使用人の恰好をしている。


「おお、シュウも無事だったか。よかったよかった」


「ヒューバート様、先に行かないでくださいよ~。おっとっと」


 シュウと呼ばれた男は情けない声を上げ、そして瓦礫に躓いた。


「大丈夫ですか?」


 そんな彼のもとへ救急箱を持ったメロディが駆け寄る。


「叔父様、彼は?」


「ルシアナが王都へ行った後、新しく雇った使用人見習いのシュウだよ。領内を巡回していたら行き倒れているのを見つけてね。行くところもないと言うからうちで雇うことにしたんだ。結構優秀なんだよ。今回私達が助かったのも彼の機転のおかげだしね」


「そうだったの。それじゃあ、お礼を言わないといけ――」


 ルシアナがシュウに礼を告げようと思ったまさにその時だった。


「一目会った瞬間、恋に落ちました。俺と付き合ってください!」


「え? あ、あの……」


 シュウはまるで演劇の主役のように、片膝をついてメロディに愛の告白をしてみせた。メロディは突然の出来事に戸惑うことしかできない。

 そしてそれは、とある少女の逆鱗に触れる最もしてはいけない行為であった。


「――なくなんてないわね」


「ルシアナ?」


「お嬢様?」


 ヒューバートとダイラルがギョッと目を剥いた。ルシアナが見たこともないような冷たい笑顔を浮かべていたからだ。い、いつものルシアナじゃない!?

 オロオロするメロディの背後からルシアナが姿を現す。


「あ、お嬢さ……まっ」


 メロディは思わず後ずさった。ルシアナは微笑んでいた。でも、目が……笑ってな、い。


「シュウと言ったわね。叔父様や使用人の皆を助けてくれたんですってね、ありがとう」


「へ? おお、すごい美少女! って、叔父様?」


 悲しいかな、シュウは目の前の美少女の正体にも笑っていない笑顔にも気が付いていない。


「でもね――」


 ルシアナはメロディからもらった誕生日プレゼントの扇子を取り出した。これにはメロディにお願いしたある魔法が掛けられている。

 ルシアナは扇子を右手に持ち、わずかに魔力を流しながらスナップを利かせて扇子を開いた。

 その瞬間、扇子の形状は一瞬で変化した――ハリセンに。


「こんの、悪い虫がああああああああああああああああああああ!」


「ぐべぼらばあああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 ハリセンはシュウの左頬を全力で打ち抜いた。腰を、肩を、手首を柔軟に利かせたフルスイングは思いのほか大威力で、ハリセンを食らったシュウは漫画のやられ役のように高速回転しながら瓦礫の中へ吹き飛ばされていくのであった。


「「シュウウウウウウウウウッ!?」」


 これこそがメロディに頼み込んで誕生日プレゼントに作ってもらったルシアナ専用非殺傷型拷問兵器『聖なるハリセン』である。

 物理的な攻撃力はなくハリセンツッコミによる音と衝撃を相手に伝えるため、なぜか相手は無傷で吹っ飛んでしまうという、地味に傍迷惑なジョークアイテムだ。


 父親へのツッコミ。ルーナを悪感情から解放したという実績から、ルシアナは自分専用の魔法のハリセンを誕生日プレゼントに所望したのである。

 ちなみに、このハリセンにも守りの魔法が付与されており、剣とやり合えば剣の方が吹き飛ばされ、魔法を打ち据えれば魔法の方が耐え切れずに消滅してしまうという理不尽仕様だったりする。


「お、お嬢様、何をしているんですか!?」


「安心しなさい、峰打ちよ」


「峰打ちって、刀もないのにどこでそんな言葉遣いを覚えてきたんですか!?」


「フンッ!」


 瓦礫の中で息絶え、じゃなく気絶するシュウに対しルシアナは大きく鼻を鳴らすのであった。

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