第13話 ルトルバーグ伯爵家緊急会議
王都パルテシアにあるルトルバーグ伯爵邸。その食堂に伯爵家と使用人が一堂に会していた。
「それではルトルバーグ伯爵家緊急会議を始める」
「あれ? リュークは?」
ルシアナは周囲を見回す。上座には議長を務めるルトルバーグ伯爵ヒューズ。彼の右手に母マリアンナとルシアナ。反対側にメロディとマイカ、そしてセレーナが腰を下ろす。だが、そこにリュークの姿がない。訝しがるルシアナにマイカが挙手をした。
「リュークなら領地に残ってます。向こうのメイドさん達を放っておけないですし」
「ああ、そういえばそうだったわね」
「あと特に話すこともないから時間の無駄だって」
「……マイカ、本人が言ったとしてもそれは黙っててあげなさいよ。まあ、確かにリュリア達が目を覚まして誰もいなかったら困るでしょうから仕方ないわね。じゃあ、お父様続きをお願いします」
ルシアナの言葉にヒューズは深く頷いた。
「議題はメロディの魔法が規格外過ぎる点についてだ」
ヒューズが上げた議題にメロディ、マイカ、セレーナが不思議そうに首を傾げる。
「あれ? メロディとセレーナはともかくマイカもなの?」
ルシアナはやや驚いた表情で尋ねた。
「いえ、何を今更っていうか、どうして今になってそんな会議をするのかなって思って」
「どういうことですか? セレーナ、分かる?」
「申し訳ありません、お姉様。私が持っている魔法の知識はあくまでお姉様から継承したものですので、私にもよく分かりませんわ」
「ああ、セレーナ先輩って一般常識ありそうに見えてそうなっちゃうんですね」
頬に手を添えて困った表情を浮かべるセレーナに、マイカは納得顔でウンウンと頷く。
「あの、どういうことなんでしょうか。私の魔法が規格外って」
「メロディの魔法の恩恵に与る身で言うのもなんだけど、あなたの魔法はあなただけの唯一無二の魔法だと思うのよ」
「はい! メイドによるメイドのためのメイド魔法ですから」
マリアンナの説明に満面の笑みで答えるメロディ。マリアンナは困ったように微笑んだ。
「どう説明したらいいのかしら」
「お母様、私が説明するわ。要するにねメロディ。あなたが使う魔法はあなたにしか使えないとても希少な魔法で、それを目にした人はきっと誰もがその魔法を欲しがるだろうってことなの」
「メイド魔法を習いたいならお教えできますよ? それほど難しい魔法でもないですし」
メイド魔法は仕事に役立つ便利な魔法。それが彼女の認識であった。そんな魔法を覚えたいと考えるメイドは少なからずいるだろう。だから、魔法を求める者に教示することは吝かではない。
そう考えるメロディだったが、ルシアナは首を横に振って否定する。
「おそらくだけど、メロディの魔法を再現できる人はほとんどいないと思うわ」
「え? でも……」
「メロディ先輩、技術的な問題もありますけど、たぶん根本的に魔力が足りなくて使えないって人がほとんどだと思いますよ」
「魔力が足りない? どうして?」
「……やっぱり気付いてないんですね、メロディ先輩」
マイカは一度嘆息すると、メロディを見上げてズバッと言った。
「メロディ先輩の魔力量は王国一、いえ、それどころか世界一だからですよ!」
(だって乙女ゲームのヒロインちゃんだから!)
「私の魔力量が世界一?」
メロディは目をパチクリさせて驚く。そして戸惑ったようにマイカに反論した。
「さすがにそれは言い過ぎよ、マイカちゃん。だって私、ほんの数ヶ月前まで魔法のひとつも使えなかったような新米魔法使いなのよ。そんな私が世界一だなんて……」
「魔力量は才能です。いつ魔法使いになったかなんて関係ありません」
「それは、そうかもしれないけど……」
困ったメロディはルシアナ達へ目を向けた。しかし、彼らは神妙な面持ちでこちらを見つめており、マイカの言葉を否定する様子はない。それどころか――。
「マイカの言う世界一が言い過ぎだったとしても、王国一は間違いないと思うわ」
「お嬢様!?」
「「確かに」」
「お、お二人まで? どうして……」
「メロディ、春の舞踏会で私が暴漢に襲われたことは覚えてる?」
「ええ、もちろんです」
メロディはキッと表情を強張らせた。
(あの時は、守りの魔法を掛けたにもかかわらずドレスは破損するし、お嬢様は意識を失うしで、自分の不甲斐なさをどれほど嘆いたことか。そうよ、そんな体たらくな私が王国一どころか世界一の魔力量だなんてありえないわ……!)
内心で確信するメロディ。しかし、ルシアナはその考えを真っ向から否定する。
「あの舞踏会で、あの暴漢を相手に私が無傷でいられたのはメロディの守りの魔法があったからよ」
「でも、ドレスは破損してお嬢様も意識を失って散々でした」
「そうじゃないの。メロディの魔法がなかったらきっと私は死んでいた。メロディの魔法でなければ私は死んでいたのよ」
「そ、そんな大げさな」
「大げさなどではないよ、メロディ」
「旦那様?」
「あの襲撃の時、暴漢はルシアナを含めた数名を結界の中に閉じ込めた。そして王城の筆頭魔法使いスヴェン・シェイクロード殿が結界を破ろうとしたが、かすり傷一つつけられなかった」
「筆頭魔法使い様が?」
「ああ、全力で何度も魔法をぶつけていたが全く傷つけられなかった。最終的に王太子殿下が襲撃者を倒してくださったおかげで結界も破壊されたが、襲撃者はそれほどの力の持ち主だったのだ」
「そんなことになっていたんですね。……お嬢様にお怪我がなくて何よりでした」
「ああ、本当に。そしてそれを成したのが、君がルシアナのドレスに掛けた守りの魔法だ。筆頭魔法使いすら手出しできない結界を張る者の攻撃から、君はルシアナを守り切ったんだ。それだけで分かる。君の魔力は、王国一と名高い筆頭魔法使いさえも凌駕しているのだということが」
驚きのあまり次の言葉が出てこないメロディ。
(私の魔力が王国一? え? 本当に……?)
「あの、お姉様が王国一の魔力量を保有しているとして、皆様は何をお困りなのでしょうか。魔力は多いに越したことはないと思うのですけど」
静まり返る食堂で、セレーナは不思議そうに質問した。メロディもハッとする。よしんば魔力量の件を受け入れるとしてなぜこんな緊急会議を開くことになったのだろうか。
それにはヒューズが答えてくれた。
「問題は、その魔力量に任せて使われる数々の魔法だ。先程ルシアナが言った通り、メロディが使う魔法はとても便利なうえに希少で、貴族や商人が見たらまず間違いなく君を欲しがるだろう」
「そうね。卓越したメイド技術を持ち、分身することでいくらでも仕事ができて、材料さえあればドレスもあっという間に仕立てられる。そのうえ守りの魔法は鉄壁で、さらにセレーナのような魔法の人形メイドまで作れて、食事が美味しくて掃除も手早く上手で、本当に非の打ち所がないわ」
「そして何よりメロディはすっごく可愛いのよ! そんなの誰も黙ってなんていられないわ!」
「……ルシアナの主張はともかく、君の魔法はとても人目に付きやすいということだ。今の今まで誰にもバレていないことが不思議なくらい」
そう、こんなにも自重していないメロディの魔法は今のところ世間に知られてはいなかった。彼女に隠しているつもりは全くなかったのだが、メイドとして内向きに仕事をしていたおかげか、彼女の自重を知らない魔法の数々は身内の前でしか披露されなかったのである。
だが、しかし――。
「今回君が使用した転移魔法は、あまりにも目立ちすぎる。いや、まあ、分身とかも物凄く目立つんだが、それ以上に転移魔法は有用性が高すぎるんだ」
「ああ、だから緊急会議なんて開いたんですね」
やっと得心がいったのかマイカはウンウンと首を縦に振った。メロディの魔法が規格外であることを最初から知っていたマイカは、元日本人だったがゆえに感覚が少々鈍っていたようだ。
転移魔法。それは現代日本の空想の世界ではごくごく当たり前に登場するチート能力であり、メロディならば行使できて当然の能力という認識であったため、今になってルトルバーグ一家が慌てる理由が理解できなかったのだが……確かに、分身や守りの魔法以上に転移魔法を外に知られるのはまずいだろうとマイカも認識を新たにする。
「周りに知られたらメロディ先輩の勧誘合戦が始まりそうですね」
「ああ、起こるだろうな。悲しいかな我がルトルバーグ家は伯爵家ではあるものの権威も権力もない。平民はともかく貴族を相手に牽制するのは難しいだろう」
「でも私、ルトルバーグ家を離れるつもりは全くないんですけど……」
「そう言ってもらえてとても嬉しいわ、メロディ」
優しい笑みを浮かべてそう告げるマリアンナ。メロディもニコリと微笑むが、マリアンナは少し表情を曇らせてこう言った。
「でもね、私達の気持ちとは関係なくより高位の貴族に命令されれば、私達ではいつまであなたを守り切れるか分からないのよ」
「え?」
メロディは伯爵一家を見回した。険しい表情でこちらを見ている。そしてルシアナが口を開いた。
「メロディ、私達が心配しているのはあなたの魔法が知られて勧誘合戦が起こることじゃなくて、その結果あなたの自由が侵害されるかもしれない、いえ、間違いなくされるだろうってことなの」
「私の自由が?」
「さっきも言ったけど、メロディの魔力はまず間違いなく王国一と考えていいわ。そのうえ分身したりドレスに守りの魔法を付与できたりと、希少で役立つ魔法がたくさん使える。そのうえ遠く離れた地に一瞬で移動できる転移魔法まで使えて……国がおとなしくメロディをこのまま我が家のメイドでいさせてくれるとはとても思えないのよ」
「……国!?」
どんどん規模が大きくなっていく話に、メロディは思わず目を見開いた。ルシアナは深刻そうに説明を続ける。
「ええ、筆頭魔法使いすら上回る魔力と技術と才能と可愛さを有するメロディを国が放っておくわけがないわ。必ず王城所属の魔法使いにしようと考えるはずだわ」
「王城の魔法使い? でも、私はメイドで……」
メロディの主張にルシアナは首を横に振って答える。そして、彼女の語る内容はメロディにとってとうてい受け入れられるものではなかった。
「きっといろんな理由をつけてメイドではいられなくさせようとするはずよ。もしかするとどこかの貴族家の養女にされたり、場合によっては王族と婚約させられる可能性だってあるわ」
「王族と婚約? だ、旦那様、さすがにそれはないですよね……?」
ヒューズは渋い顔をして、ゆっくり首を左右に振った。
「……ないとは、言い切れない。君の魔法の才能はそれほどまでに稀有だから。未来の王家に大魔法使いが生まれる可能性があるなら、君の血を取り入れることも考えるかもしれない」
その回答にメロディは口をポカンと開けてしばし放心した。
(貴族の養子? 王族と婚姻? どちらにしてもそんな立場になったら私のメイドライフは――)
「――い」
「「「「「い?」」」」」
――いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!
伯爵家に少女の絶叫が木霊するのであった。
……いつものことではない。貴重なメイド少女の絶叫である。
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