第2話 誕生日プレゼントと出発前のお茶会
「お、お嬢様。その、元気を出してください」
「……無理。私は今、絶望の淵に立っているのよ」
「えーと……ベッドでふて寝しているようにしか見えないんですが。というか、ドレスにしわがついちゃうのでむしろ立っていただけると助かるんですけど」
メロディの誕生日がとっくに過ぎていたという事実を知ったルシアナは、叫びとともにベッドへダイブした。「何それ信じられなーい!」などと宣いながらジタバタすること数分。
ルシアナの突然の奇行に、メロディは訳も分からずオロオロすることしかできない。
「もうもう! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!」
「そう言われましても、メイドの誕生日は報告事項に含まれないと思うんですが」
「最優先事項に決まってるでしょ、もう!」
メイドの誕生日を祝ってあげられなかったことに対する不満を我儘と断じてよいかは定かでないが、枕に顔を埋めて駄々をこねる姿はまるで幼女である。さすがに若干の呆れを覚えるメロディであったが、このままルシアナを放置するわけにもいかず、対応策を考える。
(ど、どうしよう。こんな時はどうすれば……あ、そうだ!)
何かに気が付いたメロディはエプロンのポケットに手を差し入れ、そこから包装された細長い小箱を取り出した。明らかにポケットのサイズよりも大きい……最早説明の必要もないだろう。
「お嬢様、そろそろ機嫌を直してください」
「……」
ルシアナは枕に顔を埋めたまま沈黙している。
「お嬢様?」
「……」
再度呼び掛けても、ルシアナは黙ったままだ。
「……仕方ありません。では、この誕生日プレゼントは領地に着いてからお渡しするということで」
「誕生日プレゼント!」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ってしまったのか、ルシアナは勢いよくベッドから起き上がるとメロディのもとへ駆け出すのだった。何とも現金な娘である。
「わぁ! これが例のものね! ありがとう、メロディ!」
「ふふふ、喜んでもらえて私も嬉しいです」
椅子に座り、ベッドにダイブしたことで乱れた髪を整え直してもらいながら、ルシアナは嬉々とした表情で誕生日プレゼントを見つめていた。
メロディが贈った誕生日プレゼント。それは扇子であった。木製の骨を開くと、淡い水色の扇面が姿を現し、その上に流れるような金色の波模様が描かれている。
「綺麗……」
「お嬢様の美しい御髪をイメージしてみました」
ルシアナの波打つ金の髪をブラシで優しく梳かしながら、メロディがそんなことを言うものだから、ルシアナの耳や頬が思わず真っ赤に染まってしまう。
「は、恥ずかしくて扇子を開けられないじゃない! もうもう!」
余程照れくさいのか、勢いよく扇子を閉じるルシアナ。メロディは「申し訳ございません」と、申し訳なさなど微塵も感じられない微笑ましい口調で謝罪をするのだった。
「そ、それはそうと、なんで誕生日のこと教えてくれなかったの? 水臭いじゃない」
恥ずかしさの余韻を消すためか、ルシアナは話題を変えた、というか戻した。
「まあ、さっさと私が聞いておけばよかったことではあるけど、早めに教えてくれれば私だって色々準備してお祝いとかしてあげられたのに」
ルシアナの髪を梳くメロディの目に、令嬢にあるまじきプックリ膨れた頬が映る。注意しようかとも思ったが、メロディは眉尻を下げるに留めた。
「申し訳ございません、お嬢様。あの頃はお嬢様の学園入学や入寮が重なって慌ただしい時期でしたので、お邪魔になってもいけませんし、あえてお伝えする必要はないと思ったものですから」
「……ぐぬぬ、反論しづらーい」
メロディの誕生日、六月十五日の頃といえば、まだまだ学園生活が始まったばかりで、慣れるのに忙しかった時期である。確かに、あの頃に誕生日を教えられていたとしても、大したことはできなかったかもしれない……が、それはそれ、これはこれというやつだ。
「でもやっぱり、ささやかでも当日にメロディの誕生日をお祝いしたかったわ」
「お嬢様……」
ルシアナの言葉に思わず、メロディの手が止まった。その隙を逃さず、ルシアナはメロディへと振り返り、少しだけ頬を赤く染めてニッコリと微笑んだ。
「メロディ、ちょっと遅いけどお誕生日おめでとう! これからもよろしくね!」
「……はい。ありがとうございます、お嬢様。こちらこそよろしくお願いします」
――誕生日おめでとう。母を亡くして以来、メロディにその言葉を贈ってくれたのはルシアナが初めてだったことに気が付く。少し久しぶりのことで、何だか照れ臭い気持ちになって、知らないうちに頬を赤くしてしまうメロディなのであった。
「メロディの誕生日プレゼントは後日何か考えるとして……私の誕生日プレゼントの扇子だけど、お願いしてあった機能はついているのよね」
身だしなみを整え終え、立ち上がったルシアナが再び扇子を広げながらメロディに尋ねる。
「ええ、ご所望の通りにしてあります。使い方は――」
どうやらこの扇子は普通の扇子ではないらしい。何か魔法が掛けられているようだ。メロディが一通り使い方を教えるとルシアナはそれを実践し、満足げにコクリと頷いた。
「素晴らしいわ、完璧ね!」
「ご満足いただけてよかったです。でも、そんなもの、何に使うんですか?」
頼まれた通りの機能を扇子に搭載したものの、メロディにはちょっと理解しがたいリクエストであったため、彼女は不思議そうに首を傾げる。
そんなメロディを前に、ルシアナは扇子を広げてニコリではなく、ニヤリと微笑んで――。
「バカと悪い虫が現れた時に使うのよ」
そう、答えるのであった。アンネマリーやマイカが見たらきっとこう言っていただろう。
――悪役令嬢みたい、と。
◆◆◆
「まあ、ルシアナ! 何その髪型、可愛いじゃない!」
「いいでしょ、ベアトリス。それにうなじに風が当たって涼しいのよね」
「肩まで見せるドレスだなんて。よく似合ってますが大胆ですわ、ルシアナさん」
「大丈夫よ、ミリアリア。もちろん外に出る時はショールを掛けるから」
「ふふふ、とっても素敵よ、ルシアナ」
「えへへ。ありがとう、ルーナ」
朝食を終えた伯爵家。あとはメロディ達の馬車の準備が完了すれば出発という頃、ルシアナの親友の三人が彼女の出立を見送りにやってきた。
ベアトリス・リリルトクルス子爵令嬢と、ミリアリア・ファランカルト男爵令嬢。元ルトルバーグ伯爵領の一部を領地とする新興貴族で、ルシアナとは幼馴染であり大の親友でもある。
ルーナ・インヴィディア伯爵令嬢。領地を持たない王都暮らしの法服貴族で、王立学園では寮と教室の席でお隣さんとなっている、ルシアナの新たな親友である。
四人はルシアナの部屋でテーブルを囲んで、出発前の小さなお茶会を開いていた。
「それにしても今さらだけど、私達は王都に残るんだからルシアナも残ればよかったのに」
「皆で王都巡りとかしたかったですわね」
ベアトリスとミリアリアは今回、帰省せずに王都に残る予定だ。何せ春の舞踏会以来、二人の家族はずっと王都で暮らしており、帰省の必要性があまり感じられないからである。
そういう意味ではルシアナも両親がこちらにいるので帰省の必要性はないように思われるが、彼女にはきちんとした理由があった。
「お父様から領地に持っていってほしい書類を預かってるのよ……領地の皆にも会いたいし」
最後の方をポソッと小さな声で呟くルシアナだったが、ベアトリス達は聞き逃さなかった。
「まったく。ご両親がこっちにいるのにホームシックにかかっちゃうなんて、ルシアナらしいわ」
「ち、違うわよ! そんなんじゃないもん!」
「伯爵様もわざわざ帰省の口実なんてご用意なさって……愛されてますわね、ルシアナさん」
「本当に、本当にお仕事だってば!」
「別に恥ずかしいことじゃないんだから素直になっていいのよ、ルシアナ」
「もう! ルーナまで! 別に私、久しぶりに叔父様に会いたいとか思ってないんだからね!」
「……ミリアリア。あれで語るに落ちてると思ってないところがルシアナよね」
「ふふふ、とても可愛らしいではありませんか」
「聞こえてるわよ、そこの二人!」
まるで内緒話でもするようなポーズのベアトリスとミリアリアだが、声量を落とす気は全くないようでルシアナに筒抜けであった。
「ルシアナ、肉親に会いたいという気持ちは隠すようなことではないのだから、恥ずかしがる必要なんてないわ。堂々としていればいいのよ」
「別に叔父様だけじゃなくて村の皆にだって会いたいんだからね! そんなんじゃないんだから!」
「……ルシアナ。さすがにもう気が付くべきというか、本当に隠す気があるのか疑わしいのだけど」
テンパるルシアナを前に、ルーナは困った顔で首を傾げることしかできなかった。
女三人寄れば姦しいとはいうが、四人も集まればそれ以上。出立を考慮してまだ早い時間だというのに、朝から元気な声がルシアナの部屋から溢れ出していた。
どうにか落ち着きを取り戻したルシアナは、ここにはいない同級生のことを思い出す。
「もう挨拶は済ませてあるけど、ルキフやペリアンも来れたらよかったのにな」
「仕方ないわ。二人は平民だもの。貴族区画に入るのは気後れするものよ」
仲の良い平民の同級生二人がここにいないことを残念に思うルシアナ。ルーナは苦笑を浮かべた。
「ルキフさんは男性ですし、同級生とはいえさすがにこの部屋に招くことはできませんわ」
「あら、そうとも限らないわよ、ミリアリア」
「まあ、どういう意味ですか、ベアトリスさん」
「ルシアナは一人娘だから婿取りしなきゃいけないでしょ? ルキフ君を伯爵家の婿として迎えるっていうなら、ルシアナの部屋に入ってもいいんじゃない?」
「え、ルシアナ。ルキフとそんな仲だったの?」
ベアトリスの予想外な言葉に目を瞬かせるルーナ。思わずルシアナに尋ねてしまう。
「何言ってるのよ、ルーナ。私とルキフは同級生で友人。それ以上でもそれ以下でもないわよ。ベアトリスも変なこと言わないで。我が家の中とはいえどこで何が広まるか分からないんだから」
「ごめんごめん。ちょっと妄想が過ぎたわね」
「それはともかく、ルシアナさんの将来の旦那様はどんな方なんでしょうね」
「急に何を言い出すのよ、ミリアリア」
唐突な話題転換に困惑するルシアナ。ミリアリアは両手を組んで視線は天上を見上げていた。
「幼馴染として普通に興味がありますけど、それ以上にかの妖精姫を射止める殿方が現れるのかとか、やはり気になるではありませんか」
「妖精姫って、その呼び名、まだ残ってるの?」
ゲンナリするルシアナ。何とも恥ずかしい名前を付けられてしまったものだと辟易する。
「あら、うちのクラスでは英雄姫の通り名もきちんと広まってるわよ。舞踏会でのルシアナの行動は参加者全員が見ていたんだからそうそう忘れられないと思うわ」
「忘れてくれていいのに……」
テーブルに突っ伏すルシアナの姿に、他三人はクスクスと笑いが零れる。そしてふと、ルーナは疑問を口にした。
「そういえば、妖精姫は舞踏会の間に気が付いたら広まっていたけど、英雄姫はどこから広まったんだったかしら」
「……確かお父様が、宰相様が仰ってたって言ってた気がする」
テーブルに突っ伏したまま、記憶を辿ったルシアナが答えた。確か、襲撃事件の翌日、帰りの馬車で父ヒューズがそんな話をしていたはずだ。
これにはルーナが驚きに目を瞠った。
「あの無駄を嫌う効率主義の宰相様が、わざわざルシアナに英雄姫なんて通り名を作って広めた? それって……」
その時――コンコンと、部屋の扉をノックする音が。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「セレーナ? 何? 入っていいわよ」
やって来たのはセレーナだった。扉を開けるとセレーナは一礼し、用件を告げる。
「リクレントス侯爵家のマクスウェル様がお嬢様にお会いしたいと、今いらっしゃっておりますが如何いたしましょうか」
「「「「……え?」」」」
ルシアナ達がセレーナの言葉を理解するのにしばし時間が必要となった。
★あとがき★
お待たせして申し訳ございません。
今日から第3章ラストまで毎日更新予定です。
またしばらくどうぞお付き合いくださいませ。
連載再開したばかりですが、とりあえず小説3巻の発刊が決定しました。
詳細情報が決まり次第近況ノートにてお知らせします。
ちなみにイラストは前回同様、雪子様が担当してくださるそうです。
長い期間が空いてしまったのに有り難いことです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます