コミカライズ配信記念SS『子爵令嬢ベアトリスの親友』
私の名前はベアトリス。
テオラス王国の西側にある小さな領地、リリルトクルス子爵家の長女よ。
早速だけど、私には同い年で幼馴染の親友が二人いる。
一人はミリアリア・ファランカルト男爵令嬢。お転婆を絵にかいたような私とは対照的な、淑やかで可憐な雰囲気の少女だ。腰まで長い紫掛かった水色の髪が綺麗で、ちょっとたれ目気味な優しい瞳がチャームポイント。私が男だったらきっと守ってあげたいとか思っていたに違いない。
領地が隣同士で、幼い頃から仲良くしてもらっている。我が家とファランカルト男爵家は数十年前に興されたばかりの新興貴族で、正直、周囲の風当たりは地味に強い。そんな中で同じ条件の貴族令嬢が隣の領地にいて、友人関係を築けたことは幸運なことだったと思う。
……まあ、そうなったのにはちゃんとした理由があるんだけど。
気を取り直して、私のもう一人の親友は、ルシアナ・ルトルバーグ伯爵令嬢。
三家の領地は互いに隣り合っていて、私達の家が興された頃からの付き合いになる。ただ、その爵位からも分かるように、ルトルバーグ伯爵家は新興貴族ではない。何せ伯爵位は末席ながら上級貴族に分類される身分で、たかだか数十年でポンともらえる爵位ではないのだ。
ルトルバーグ家は私達と違って、由緒正しい家柄の貴族なのである。
だけど、さっきも言ったとおり新興貴族である私達は昔ながらの貴族からはまだまだ敬遠されがちだ。だというのに、なぜルトルバーグ家とは仲良くできているのか。
それは、うちとファランカルト男爵の領地は、元々ルトルバーグ伯爵領だったからである。
……え? それはむしろ関係がこじれる原因ではないかって? まあ、そこはいろいろあったのよ、いろいろ。
私達の家が興されるより以前、ルトルバーグ伯爵家はうちとファランカルト男爵領を合わせたそれなりに大きな領地を所有していた。目立った特産物はないが肥沃な大地が多くの作物を実らせてくれるので、特別なことをしなくとも伯爵家に相応しい十分な税収を得られていた。
だが、そこに余計な手を入れてしまった人物が現れてしまう。
先々代ルトルバーグ家当主。ルシアナの曽祖父にあたる人物だ。
世間では『働き者』とは主に四つに分類されるという。
ひとつは『有能な怠け者』。優れた能力を持ってはいるけど、必要以上に働こうとしない人。たぶん、貴族に求められるのはこういう人なんじゃないかしら。
ひとつは『有能な働き者』。優秀なうえに勤勉ってすごく便利ね。貴族家で考えれば、家宰や執事がこれに当たると思う。あの人達がいなかったら我が家も上手く回らないもの。
そして『無能な怠け者』。随分な言い回しに聞こえるけど、あえて言うなら彼らは王国の一般市民を指すみたい。無能といっても、あくまで自己判断能力が低いというだけで、言われた仕事はそれなりにこなすことができるから、上から見れば制御がしやすい側面もある。
そして最後が『無能な働き者』。働き者という点は美徳であるのだけど、それに『無能』がつくと四分類の中で最も遠ざけたい存在になるんだとか。
『無能な働き者』とはつまり、行動力のある愚者のこと。自己判断能力が低いにもかかわらず自分勝手な行動を起こす人という意味で……そこから巻き起こる結末は、押して知るべしというか何というか……先々代ルトルバーグ家当主はまさに『無能な働き者』だったのだ。
いわゆる投資詐欺にあったみたい。言葉巧みなセールストークに騙されて……と言いたいところだけどルシアナ曰く『なんと半年で利益が三倍、いや三十倍に!』という話に飛びついたのだとか。
初めてその話を聞かされた私は思わず『えー』と、平坦な声を漏らしてしまったものである。
長年に渡り大した苦労もせずに十分な税収を得られていた環境が悪かったのか、先々代伯爵の領地経営能力はびっくりするくらいお粗末なものだったらしい。
詐欺師にあっさり騙され、損切りをする勇気もないまま負債は膨らみ、とうとう領地経営に支障をきたすほどにまでに至ったそうだ。
そして、当時の跡取り、つまり先代伯爵――ルシアナの祖父がその事実を知ったのは、事態がどうしようもないところまで達してしまってからだった。
そう、『無能な働き者』の真価が発揮されてしまったのである。自分の力だけで領地に利益をもたらし、側近や領民から称賛されましょうなどという言葉に魅了され、彼は全ての事業を秘密裏に運営してしまったのである。……無能な人って、なぜかそういうところだけは有能なのよね。
状況を把握したルシアナの祖父は、側近と協力して即行で父親を伯爵位から引きずり下ろし、自身が継承するとこれまた即行で王都へ向かった。
貴族にとっては恥としか言えない領地の現状を報告し、対応策を練ったみたい。
そして、ルトルバーグ家は大きな収入源ともいえる領地の大半を売り払うことになったのだ。
それを買い取ったのが、当時商人として王国に貢献し、爵位を得たばかりの二家。リリルトクルス子爵家とファランカルト男爵家というわけ。私達は元々商人稼業に箔をつけるために爵位だけの法服貴族になる予定だったのだけど、王国からこの話が出て当時の当主が飛びついたらしい。
まあ、これが原因でうちを『金で爵位を買った』などと蛇蝎のごとく嫌っている家も現れたりしているわけだけど、貴族として領地持ちとそれ以外では扱いが変わってくることも事実なので、家を興したばかりの彼らにとっては渡りに船だった。
領地を買えるだけの財力を持つ法服貴族は、当時はこの二家だけだったこともあり、手続きは割とあっさり終わったと、お父様から聞いている。領地持ちが新たに購入するには飛び地になってしまうし、隣接する領地が都合よく資産を持っているわけでもなかったから。
西隣のアバレントン辺境伯領なら可能だったかもしれないけど、国境警備の役割を持つ辺境伯家が必要以上に領地を持つ意味はないどころか邪魔になりかねない。
今の結果に落ち着いたのは当然の帰結だったのかもしれないわね。
これはいわば王国からの救済措置。こう言っちゃなんだけど、ルトルバーグ家は爵位と領地の全てを失ってもおかしくなかった。余程先代当主が頑張って説得したのかもしれない。
ルトルバーグ家には領地の北側が残り、うちが西側、ファランカルト男爵家が東側を領地として手に入れた。領地の大きさは、リリルトクルス家、ファラナカルト家、ルトルバーグ家の順。肥沃な大地の大半は私達の家が手に入れ、ルトルバーグ家は小さな土地といくつかの村が残っただけとなり、それ以降、細々とした領地経営をすることとなった。
こんな事情なわけだから当然、先々代伯爵からはそれはもう大層な嫌われ具合だったそうだ。といっても、あらゆる実権が先代当主によってはく奪されていたので、そんな噂話が囁かれていた程度にしかうちには伝わっていないけど。
先代当主は二家に対して融和策を取っていたので、特に実害はなかったみたい。譲り受けた領地のことを教えてもらったり、領地経営に詳しかった側近をこちらに送ってもらったり、向こうはかなり財政がひっ迫していたにもかかわらず、かなり尽力してくれた。
元々自分達が納めていた領民であるし、側近についても経済的に雇い続けることが難しかったという側面もあるのだろうけど、初めての領地経営をする二家にとってはとても助かったそうだ。
それ以来、ルトルバーグ家が隔意を見せないこともあって、私達三家は互いに協力し合いながら生きていくこととなった。だから、現当主たちも仲がいいし、その子供世代である私達もまた、幼馴染にして親友なのである。
この友情は生涯失われることはないわ! そう、何があっても! 絶対に!
――と、我が家を取り巻く事情について回想したわけだけど、これには理由がある。
……現実逃避だ。
「ど、どうぞ、二人とも。……粗茶ですが」
「う、うん。ありがとう……」
「ありがとうございます、ルシアナさん」
ちょっと腰が痛そうな様子の年老いたメイドがお茶を淹れてくれる。それを粗茶と言いながら勧めるルシアナは、私達からそっと目を逸らした。
現在、私達はルシアナのお茶会にお呼ばれしていた。場所は王都にあるルトルバーグ家の別邸。私達三人は十五歳を迎え、この春から王都の王立学園へ入学することになっている。それで、先んじて王都に到着していた私とミリアリアのもとにルシアナからお茶会の招待状が届いたので伺ったわけなんだけど……。
そこは、まさしく『幽霊屋敷』だった。
手入れの『て』の字も入っていない、荒れ放題の屋敷。今、こうして訪れているテラスの向こうには、いつから庭師が入っていないのか全く判断がつかない鬱蒼とした森(?)が広がっている。
至るところに見える蜘蛛の巣なんて見えないったら見えない! 根性よ、ベアトリス!
「い、いただきま――」
――ポチャン。
「……へ?」
お茶を飲む直前、ティーカップから水音がした。そして水面にはアレが浮かんで……。
「きゃああああああああああああ! く、くもおおおおおおおおおおおおお!」
思わずティーカップを放り投げてしまった私は、きっと悪くないと思う。でも……。
「きゃっ!」
「ルシアナさん!」
私が放ったお茶がルシアナのドレスにシミを作ってしまった。私、なんてことを!
「あわわわわわっ! ご、ごめんルシアナ!」
「ううん、いいの。私こそご、ごめんね……こんなところに呼んじゃって。こんなつもりじゃなかったんだけど……」
「ルシアナ……」
「ルシアナさん……」
あまりにもシュンとしょげた様子の彼女に、私達はそれ以上言葉を続けることができなかった。
貧乏ゆえにあまり髪や肌の手入れをしていなかったけれど、両親や領民から愛され、大切に育てられてきたことが一目で分かる美少女、それが私の知っているルシアナ・ルトルバーグだ。
でも、今日屋敷で再会した彼女は、お世辞にも美少女とはいえない有様になっていた。
よれよれの金髪に、よく見ればスカートの裾が汚れているドレス、屋敷の雰囲気のせいか以前は煌めいて見えた碧眼からは光が消えてしまったかのようだ。
小柄だった彼女が、心なしかさらに小さくなってしまったようにさえ見え、言い知れない不安がこみあげて来る。
どうやらルシアナは、王都に別邸があることを今回の王都行きで初めて知ったらしい。そこで浮かれてしまったのか、彼女は王都邸に辿り着く前に私達へお茶会の招待状を送ってしまったのだそうだ。……ルシアナって、時々こういううっかりをやらかしてしまう子なのよねぇ。まあ、屋敷がこんな状態だなんて普通は思いもしないから、一概にルシアナが悪いとも言えないけど。
屋敷の使用人はさっきお茶を淹れてくれた老女のメイド一人。二人で少しでもマシにしようと努力したけど、結局間に合わなかったみたい。いや、うん、間に合うわけないよね!
ルシアナは大きくため息を吐くと、ゆらりと立ち上がった。……どうしよう、ちょっと幽鬼みたいで怖いんだけど。
「……本当にごめんなさい。始めたばかりだけど、今日のお茶会はもうこれで終わりにしましょう」
――これはまずい。私はそう思い、勢いよく立ち上がった。
「ルシアナ、今日は私と一緒に帰りましょう! 今夜はうちに泊まって、いえ、おじ様がいらっしゃるまではうちで過ごしましょう。ええ、それがいいわ!」
「ベアトリスさんの言う通りです、ルシアナさん。なんでしたら我が家に来ていただいても構いませんわ」
こんなところにルシアナを置いておけない。そんな気がして、私は言い募った。でも……。
「ありがとう、二人とも。でも、私は大丈夫よ!」
ルシアナは笑ってそれを断った。
「ルシアナ……!」
「大丈夫だって、ベアトリス。これでも我が家は長年『貧乏貴族』の名をほしいままにしてきたのよ。この程度、何でもないわ。今回のお茶会には間に合わなかったけど、これくらいどうにだってしてみせるわ! こんな屋敷に住まわせるなんて、お父様が王都に着いたら思いっきり説教してやるんだから!」
……どう見ても空元気だった。でも、ルシアナには時折頑固なところがあって、今はそれが表に出ているみたい。意地になっているのかもしれない。
「だったら、せめてうちから使用人を……」
「ベアトリスさん」
私の言葉を窘めるミリアリア。うちの使用人を何人か派遣して、屋敷の状態を改善してもらおうかとも思ったけど、さすがにそれはよくない。
屋敷の主である伯爵の許可もなしに、ルシアナのためとはいえ他家の使用人を勝手に送り込むわけにはいかないのだ。
少なくとも、伯爵が王都に到着するまでこちらから手を出すことはできない。
……結局、私達はルシアナに見送られて帰ることしかできなかった。
それ以降は、私達も入学や舞踏会の準備やらで忙しくなり、ルシアナのもとを訪ねることができない日が続いてしまう。
ただ心配することしかできないでいたある日、それは届いた。
「ルシアナからまた、お茶会の招待状……?」
あんなことがあったにもかかわらず、再びルシアナからお茶会への誘いが来たのだ。確かに何日もルシアナに会えない日が続いてやきもきしていたが、改めてお茶会が開けるほどの時間は経っていない。にもかかわらず、この招待状……。
「どういうことなのかしら? ……でも……」
ルシアナの誘いを断る理由はない。どういう心境の変化があったのかは知らないが、私達をまた招いてくれるというのなら、ぜひとも時間を作って彼女の様子を確かめなくては。
「お茶会は一週間後ね。……よし!」
私は立ち上がった。善は急げ。来週に来ていくドレスを見繕わなくっちゃ!
大丈夫よ、ルシアナ。今度は何があっても、あなたのお茶会をやり遂げてみせるわ!
そして私とミリアリアは気持ちを新たにしてルシアナの屋敷に向かったのだけど……。
訪問二回目のルトルバーグ家王都邸は……なんか新築になっていた。
(なんでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)
そんな叫びを心の中に留め切った私は、絶対に偉いと思います。
何があったのか白状してちょうだいよ、ルシアナ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇◆◇
今回は一人称で書いてみました。
第一章プロローグの前日譚という感じです。
3月12日より『ピッコマ』にてコミカライズ配信スタート予定です。
よかったらご来訪くださいませ。
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