小説第2巻発売記念SS マイカ、やっぱり魔法使いTai!

 シナリオブレイク臭がプンプン匂ってきそうな代物をもらってしまったマイカ。

 ペンダントを見つめるその瞳には当初、驚きと困惑の色が濃く映し出されていた。


(……でも、これがあれば、魔力なしの私でも魔法が使えるように、なる?)


 だが、やはり魔法への憧れを捨てることはできなかったようだ。マイカの瞳が期待と喜びの色に染まっていく。


「メロディ先輩、ありがとうございます! これを身に付ければ私も魔法が使えるようになるんですね!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべて、マイカはペンダントを首に下げた。


 おそらくこのペンダントには、メロディの魔法があらかじめいくつか登録されているのだろう。このペンダントを身に着けた者が特定の呪文を唱えることで、指定された魔法が発現する仕組みになっているに違いないと、マイカは推測した。


(さすがに本物の魔法使いとまではいかないけど、魔法使い『気分』を味わうには十分だわ!)


 一体どんな魔法が使えるのだろうか。

 マイカの胸がドキドキワクワク大きく高鳴る。


 しかし、メロディはちょっと不思議そうに首を傾げながら、告げた。


「いいえ、そのペンダントを身に着けても魔法は使えないけど?」


 マイカはズッコケた。


 彼女の出身は大阪ではないのだが、どこかの新喜劇を彷彿とさせる大変美しいズッコケ具合であったと、誰かが言ったとか言わなかったとか……。


「あの、マイカちゃん? えっと……大丈夫?」


「なんでやねん!」


 何というコテコテのツッコミ! 今時そんなツッコミをする芸人なんて見た事もない! そんなことではツッコミ転生メイド見習い少女としての名に傷がついてしまうぞ! 芸人としてもっと多種多様なツッコミの技法を学ばなければ、今後のお笑い界を生き残っては……げふんげふん。


 ……繰り返すが、マイカは大阪出身ではない。だが、そうツッコまずにはいられなかった。


「メロディ先輩、これは私が魔法を使えるようにするための魔法道具って言ったじゃないですか!」


「ええ、それはマイカちゃんが魔法を使えるようになるための魔法道具よ。ただし、それを身に着けただけで魔法が使えるようになんてならないわ」


「……それって、どういう意味なんですか?」


「その魔法道具の名前は『魔法使いの卵ウォーヴァデルマーゴ』。文字通りそれは、マイカちゃんが魔法を使うのを手助けしてくれる存在が生まれるための卵なのよ」


「えっ!? まさかこれ、本当に何かが孵るんですか!?」


 マイカの視線が思わず胸元で光る銀の卵へと向けられる。


「……小鳥でも生まれるのか?」


 マイカの隣に立っていたリュークも、訝しげにマイカの胸元へ視線を向けた。セレーナは事情を把握しているのでにこやかな表情で彼らを見守るだけである。


「何が生まれるかはマイカちゃん次第ね」


「私、次第……?」


「犬や猫、兎かもしれないし、それこそ小鳥かもしれないわね。もしかすると箒とか、杖とか、指輪なんて可能性も……」


「生き物ですらないんですか!?」


「ええ。マイカちゃんと最も相性の良い、最適なパートナーが生まれる設定だから」


「私と相性の良いパートナー……何のためにそんなもの……」


「マイカちゃんが魔法を使えるようにするためよ。『魔法使いの卵』はそれをコンセプトとして設計した魔法道具だもの」


 そして、メロディは詳しい説明を始めた。


「『魔法使いの卵』はセレーナから着想を得て作った魔法道具なの」


「セレーナさんの?」


 マイカはセレーナを見た。彼女は笑顔を浮かべてメロディの後ろに控えている。そして、つい忘れてしまいがちだが、彼女は人間ではなく、メロディ謹製の歴とした魔法の人形メイドなのだ。


「魔法道具でありながら、セレーナは魔力を認識し、魔法を行使できる。それは体内に魔力と、魔法行使に必要な情報処理能力が備わっているから。残念ながら、魔力を持たないマイカちゃんにはどちらもない力だけど……ないなら外付けしちゃえばいいと思ったの」


「そ、外付け……?」


「マイカちゃんの代わりに魔力の充填と魔法発動の情報処理をしてくれる存在がいれば、マイカちゃんは魔法を行使可能になるわ」


 マイカの視線が再びペンダントへ向けられる。


「それをしてくれる存在が、この卵から生まれるってことですか? でも……」


(それって、魔法使いというよりは魔物使いとか召喚士っていうんじゃ……?)


 要するに、この卵から生まれてくるものは、セレーナ二号ということだろう。しかし、それでは結局マイカの代わりに魔法を行使するだけで、マイカ自身が魔法を使えるわけではない。


 だが、メロディは得意げな笑みを浮かべた。


「ふふふ、マイカちゃんが危惧していることはよく分かるわ。自分で魔法が使えないなら、結局便利な道具を持たされているのと変わらないものね。私も最初はどうしようかと考えたけど、その問題を解決するために作ったのが、この『魔法使いの卵』なのよ」


 ……どういう意味? それを示すように、マイカは首を傾げて見せた。


「この『魔法使いの卵』には、セレーナを作る時と同じく『分身』を使って人格の基礎を構築してあるの。でも、彼女と違うのは、私の記憶も知識もすべてが完全に消去されているところよ。あ、魔法に関する知識だけはある程度残してあるけど」


「メロディ先輩の記憶と知識を?」


「ええ。今『魔法使いの卵』の人格は完全にまっさらな状態というわけ。だから、マイカちゃんには卵をしばらく身に着けていてほしいの。そうすることで、卵はマイカちゃんの記憶と知識を吸収し、あなたの精神と同調するようになるわ。そして、その情報をもとに『魔法使いの卵』はマイカちゃんに最適なパートナーを生み出すというわけ」


「私の記憶と知識を……えっと、それって、私と同じ人格になるってことですか?」


 メロディは首を横に振った。


「あくまでマイカちゃんと同調するための下地として使われるだけで、生まれてくる存在の人格は全く別のものよ。……人格と言えるものになるかも分からないけど」


「なんだかとっても不安になるセリフなんですけど!?」


「そのあたりは正直未知数なの。もちろんマイカちゃんを害するような存在が生まれたりはしないけど、人語を解するほどの知性を持った存在が生まれるかどうかは分からないわ。もしかしたら単なるペットみたいな子が生まれるかもしれないし、それこそ杖や指輪だったりしたら、もっと機械的で人間っぽくない存在が生まれる可能性もある」


「……ああ、だからマイカ次第なんだな」


 ポカンとするマイカの隣でリュークが納得したように頷いた。


「え、リューク、どういうこと?」


「……卵はマイカに同調することで肉体や精神を形作っていく。つまり、卵から生まれる存在がどんな姿や性格をしているかは、マイカに依存するということだ。だから、どんな結果になるかは製作者のメロディにも分からない」


「……えー」


 何それめっちゃ不親切と思うマイカ……ついでに、本当に蛇足だが、リュークはメロディのことを呼び捨てにしているらしい。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。だって、生まれてくるのはマイカちゃんが魔法を使うのに最適なパートナーなんだから。どんな子が生まれてきてもきっと仲良くなれるわ」


(生き物以外が生まれてきたらどうやって仲良くなればいいんだろう……?)


 ちょっと遠い目をしてしまうマイカ。メロディのことだからさすがに悪い結果にはならないだろうが、そのプロセスには大いに不安を感じざるを得ない。だが、それとは別に疑問が浮かんだ。


「あの、メロディ先輩。卵から私のパートナーが生まれることは分かったんですが、それで私はどうやって魔法が使えるようになるんですか?」


 卵から生まれてくる存在はいわばマイカの分身ともいえる存在である。しかし、それでもやはり魔法が使えるのはそのパートナーの方であり、マイカではない。どうするのだろうか?


 メロディは、やはり得意げに笑った。


「ふふふ、マイカちゃん。『同調』というのは、一方通行ではないのよ。同調するということは、マイカちゃんとパートナーの感覚がひとつになるということ。つまりマイカちゃんは、魔力と魔法処理能力を持つあなたのパートナーの感覚を共有できるということよ」


 マイカはハッとした。パートナーの魔法感覚を共有できるということは……。


「ぎ、疑似的に私も魔力を認識できるようになる? ううん、それだけじゃない。私とパートナーが同調しているなら私の考えも相手に伝わるわけで……私の意思とパートナーの魔法能力がひとつになるということは……」


 マイカの視線がセレーナに向いた。魔法を行使するために必要な魔力と処理能力と、魔法を行使する意思を併せ持つ、魔法の人形メイドの姿を。


 そう、パートナーが一緒ならマイカの条件はセレーナと同じ。つまり――。



(私も魔法が使えるように……なるっ!)


 ――瞬間、『魔法使いの卵』から銀の光が弾けた。


「きゃっ! な、何?」


「……卵が同調処理を始めたんだわ。マイカちゃんの何かの気持ちに反応したみたい」


「私の気持ちに……」


 直前の自分の感情を思い出すマイカ。魔法が使えるかもしれないという喜びに、『魔法使いの卵』が反応したのだろうか。もしそうだとしたら、それは……。


(なんかちょっと、嬉しいかも……)


 何だかこの卵も一緒に喜んでくれたみたいで、気恥ずかしいマイカだった。


「ところでお姉様。この卵、魔力供給はどうなさるのですか?」


 卵を見つめるマイカをよそに、セレーナが尋ねた。その疑問にマイカもハッとして視線を戻す。


「素材がよかったおかげで魔力を十分貯められたから、少なくとも卵が孵るまでは必要ないわ」


「……素材。銀だな」


 リュークはしげしげと卵を見た。卵だけでなく鎖にいたるまで全てが銀でできたペンダントだ。魔法道具のインパクトのせいで失念していたが、純銀製のペンダントなんて、なかなか高価な品になるのではないだろうか? 魔法道具としての価値は間違いなくそれ以上だが……。


「ええ。基本的に金属や鉱物は魔力を溜め込みやすい性質があるけど、なぜかは分からないけど私、銀とはとても相性がいいみたいで、予想以上に魔力を籠めることができたわ」


(でしょうね!)


 ゲーム設定を知るマイカは、内心でツッコミを入れた。


「とはいっても、残念ながらセレーナ程には魔力を入れられなかったから、そこまで多くはないんだけど」


 ちょっと申し訳なさそうに、メロディは頬を指でかいた。リュークはふーんと納得したように頷いたが、マイカは内心不安でいっぱいである。


(『そこまで多くはない』ってそれ、いわゆる『当社比』ですよね!)


 メロディの『多くない』=世間一般の『めっちゃ多い』の方程式がマイカの脳裏に浮かんでいた。

 だが――。


「というわけで、魔法道具の説明は大体終わったんだけど。マイカちゃん、もらってくれる?」


「はい! ありがとうございます、メロディ先輩!」


 やはり魔法の魅力には抗えなかったようだ。マイカは即答した。


(これで私も魔法使いになれるー! 大丈夫、大丈夫。『嫉妬の魔女事件』だって色々あったけど、最終的には上手く解決したし、この魔法道具のこともきっと丸く収まるはずだよー!)


 ……人間は、自分が見たいものだけを見る生き物であることの典型例がそこにいた。


「……ところで、このペンダントの銀はどこから仕入れたんだ」


 リュークが素直な疑問を口にした。純銀製のペンダント、素材の値段はいかほどか?


 メロディは笑顔で答えた。


「リュークは覚えていないかもしれないけど、私がいつも通っている森からよ。そこには崩れた銀の台座があって、そこからいくらか拝借してきたの」


「なんてものを使ってるんですかああああああああああああああ!」


「急にどうしたの、マイカちゃん?」


 先程までの喜びなどサイクロンのように吹き飛んでしまったマイカの叫びが調理場に木霊した。


 リュークを救ったことで既に役割を終えたとはいえ、ゲームシナリオにガッツリ関わってきていた銀の台座。それを素材にして作られた魔法道具『魔法使いの卵』。

 性能以前に素材の段階でシナリオブレイク臭がプンプン匂って来る魔法道具を手に入れてしまったマイカ。彼女の明日は……どっちだ!






 ……本当にどっちなんだろう?




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