小説第2巻発売記念SS メロディ、魔法使わせTai!2
とある日のルトルバーグ伯爵邸。時間は午前二時。いわゆる丑三つ時という頃合い。
月の光が降り注ぐ中、メロディはお屋敷の庭園に足を運んでいた。
庭園の中心に立つメロディの周りには、彼女を囲うように十個の銀塊が転がっている。
セレーナに見守られる中、メロディは瞳を閉じてポツリと呟いた。
「……『
メロディがキャップを外すと、ふわりと風が吹いた。黒髪はなびき、そしてそれはみるみるうちに白銀へ染まっていく。いや、戻ったのである。
そっと閉じていた瞼を開く。黒かったはずの瞳は、美しい瑠璃色の光を灯していた。
メロディが偽装の魔法を解いたのだ――これから行う魔法のために。
(精密な作業だから、余計な魔法は外しておかないとね……)
「お姉様、ご存分にどうぞ」
「……ええ」
メロディは再び瞳を閉じて意識を集中させた。同時に、彼女の体から白銀の魔力が溢れ出す。
そして天上の月へ贈り物を差し出すように両手を掲げる。
すると、十個の銀塊がふわりと宙に浮かび上がった。メロディと同じ白銀の光を宿して。
やがて銀塊はゆっくりとメロディの周囲を回り始める。
掲げていた両手を優雅に下ろし、そっと両腕を広げると、メロディは歌い、踊り始めた。
美しい歌声が庭園に響き渡る。歌詞のない、煌めく音階の旋律が庭園を満たしていく。
ヒラリ、フワリと、激しさからは程遠い優雅な手振りに足運び。
月の光の下で舞う白銀の髪の乙女の姿は、メイド服でなければ神聖なる儀式のよう……。
彼女の舞いに合わせるように、十個の銀塊が彼女の周囲を優雅に漂う。やがて銀塊は仄かに明滅しながら定形を失い、水あめのように溶解し始めた。それでも銀塊はメロディとともに踊り続け、やがてそれらは互いに溶け合い、少しずつひとつになっていく……。
その光景を、セレーナは感動した表情で見つめていた。
(……凄いです、お姉様。魔力量以外はお姉様と同じ能力を持っているはずの私でも、ここまでのことはできそうにありません)
当然ながら、今行われているメロディの歌や踊りは単なる趣味ではなく、歴とした魔法である。
その目的は、マイカが魔法を使うための魔法道具の作成だ。しかし、口で言うのは簡単だが、それは想像以上に困難を極めるものだった。まあ、メロディが銀塊を持ち帰ってからまだ一週間しか経っていないのに困難とか言われても周囲は納得しないかもしれないが……。
だが、実際にセレーナを生み出すよりも難しかったことだけは伝えておこう。
いつものようにちょっと呪文を唱えてパッと作り出すというわけにはいかなかった。
その結果が、現在の庭園の光景である。
言葉で命令するだけでは、例の魔法道具を作成するために入力する情報量があまりにも少なすぎたのだ。その問題を解消したのが、歌と踊りであった。
声の強弱や音域、細やかな音階に息遣い、それらに加えて踊りによる立体的な身振り手振り。魔法の命令文をその表現方法によって暗号化することで、細やかで繊細な命令を構築することに成功したのである。
とはいえ、メロディといえども簡単な作業ではない。わざわざ、大した負担でもないはずの『黒染』を解いてまでこの魔法に集中しているくらいなのだから。
おかげで現在の庭園は、自重ゼロのメロディから溢れ出した白銀の魔力で満たされており、さながら庭園に夜空の星々が舞い降りてきたかのような煌めき溢れる幻想的空間である。
それが屋敷の遥か高くにまで立ち上っているのだから、誰かに見られてもおかしくない。ましてや、メロディは声量を加減していないので真夜中に響かせるにはかなり大きな歌声だ。
ルシアナあたりが目を覚まして様子を見に来てもおかしくない。しかし、既にメロディの舞いが始まって十分以上経過しているが、そんな兆候は見られない。
当然である。そのためのセレーナなのだから。
(お姉様、周囲への隠ぺいは完璧です。思う存分魔法を使ってください)
庭園にはセレーナによって音と光を偽装する魔法が施されているのだ。だからこそ、メロディは本来の姿に戻っても安心して魔法を行使し続けることができた。
そして、とうとうその時がやってくる――歌声が、やんだ。
庭園に静けさが戻ってくる。
メロディは最初と同じく、月へ贈り物を差し出すように両手を掲げるポーズで立ち止まった。
手の先には、いつの間にかひとつにまとまった銀塊が月を背にして浮かんでいる。
銀塊は今も液体金属のようにゆらゆらと揺らめき、あるべき形が定まっていない。だがそれも、メロディの最後の言の葉によって決められることだろう。
「……魔法よ、形を成せ『
瞬間、銀塊は白銀の閃光を放った。
「ただいま帰りました」
「……ただいま」
休日を孤児院で過ごしていたマイカがルトルバーグ伯爵邸へ帰ってきた。
マイカの後ろにはリュークが立っている。彼も本日は休暇だったので、マイカについていっていたのだ。というか、マイカが伯爵邸にいる時、リュークは大体彼女のそばにいたりする。
魔王から解放されると同時にすべての記憶を失ってしまったリュークは、何気にマイカに一番懐いていた。まあ、基本的に無口なのでひっそりとではあるが。
リュークという名前を命名したのがマイカだからか、それとも、本当は何かしらマイカに対して覚えていることがあるのか、それはリュークの心の中だけの秘密である。
「お帰りなさい、二人とも。ゆっくり休めましたか? ……リュークはむしろ疲れた顔ですね?」
夕食の準備に取り掛かっていたセレーナが二人を出迎えた。先週、魔法の才能なしと断じられショックを受けたマイカだが、一週間経った今、さすがに落ち着きを取り戻していた。学園で日常業務をこなし、今日もこの世界での実家ともいうべき孤児院で過ごしたおかげで気持ちを切り替えることができたようだ。魔法が使えないこと自体はやはり残念で仕方ないが。
とりあえずリフレッシュできたマイカとは対照的に、リュークの顔つきはぐったりしている。
ビューク・キッシェル改めリューク。メロディのおかげ(?)で幼かった顔立ちはすっかり大人っぽくなり、大変美しい青年がそこにいた……お疲れ気味だが。
一本の三つ編みにして背中に垂らされた腰まで長い紫色の髪に、光加減で銀色にも見えそうな灰色の瞳。神秘的な色合いの髪と瞳が、均整の取れた相貌をより美麗に飾り立てている。
身長はクリストファーと同じくらいだろうか。スラリと細くありつつも、鍛えるべきところは鍛えられた頼もしい体躯。服の上からでもはっきりと分かるくびれた腰は、すれ違う女性たちの憧れと嫉妬の対象である……マイカ的にはちょうど抱き着きやすい位置なので、隣を歩くたびに衝動を抑えるのに苦労しているのだが、完全に蛇足であろう。
「孤児院の子供達に遊ばれて疲れたみたいです」
「まぁ。孤児院の子供達と遊んで、ではないのね……」
「ええ、それはもう。一日中付き合わされていましたからね。ふふふ」
「笑いごとではないのだが……」
クスクスと笑い合うマイカとセレーナの反応に、リュークは大きなため息をついた。
本日、リュークは初めて孤児院を訪問した。そして、当然のようにマイカが連れてきた美青年に対する反応は『マイカが彼氏を連れて帰ってきた!』である。少年少女は興味津々だったわけだ。
それに対するリュークの反応は――無言であった。……これがいけなかったのだと、後にリュークは後悔することとなる。否定しないということは肯定であると判断した少年少女は、リュークを身内扱いした。つまり、いくらでも甘えてよい大人と判断したのだ。
記憶喪失中のリュークは、あっても同じかもしれないが、子供の扱い方など全く分からない。その手を引かれるまま、自重を知らない少年少女の遊び相手をする羽目になったのであった。
ちなみに、マイカは彼氏発言を即行で否定しているが、少年少女の耳はとても都合よくできていたとだけ伝えておこう。
……子供は無垢で無邪気であると同時に、あざとく強かなのである。
「……しばらく孤児院には行かない」
「もうすぐ学園が夏季休暇に入ったらお嬢様の里帰りについていくことになるから、どのみち孤児院にはしばらく行けなくなるけどね。王都を出る前にもう一回だけ挨拶しに行こうよ」
「……分かった。挨拶だけ」
「ふふ、挨拶だけで終わらない未来が容易に想像できてしまいますね」
「……やめてくれ」
リュークは再度大きくため息を吐いた。だが、マイカもセレーナも分かっている。彼はただ初めてのことに戸惑っているだけで、別に嫌がっているわけではないのだということを。
(子供達と遊んでいる時も終始無表情だったけど、真剣にやってたもんなぁ)
今の彼に記憶はないが、かつてのリュークは幸せな子供時代を奪われた人生であった。孤児院の子供達と過ごして、少しでも失った過去が慰められればいいと、マイカは思った。
そうだといいなと微笑みながら、マイカはセレーナへ向き直る。
「休みは十分に堪能したので、私も夕食の準備を手伝います――て、メロディ先輩は?」
マイカは不思議そうに首を傾げた。いつもならこっちが注意しても聞かないくらい、屋敷ではメイド業務に勤しんでいるはずのメロディが、夕食の準備時間に調理場にいないなどと……。
明らかに異常事態である。
……そう認識されること自体が異常であることはこの際置いといて。
「お姉様には今日一日休んでいただいているの」
「休み!? メロディ先輩が!?」
「……それを本人が受け入れたのか?」
無表情だったリュークの目が軽く見開かれた。まだ出会って間もないリュークさえも驚かせるメロディのメイドジャンキーっぷりに脱帽である。
「いつも休みの日には趣味と称してメイドをやめようとしなかったメロディ先輩をよく休ませられましたね、セレーナさん」
「ふふふ、さすがに今日は疲れが出たみたいね。今朝から一日中部屋で休んでいるわ」
「一日中ですか? それは、大丈夫なんですか? 風邪を引いたとかじゃ……」
「ああ、いえ。そうではないのだけど」
その時だった。調理場の扉が開かれた。
「ふぁ~。おはよう、セレーナ。ごめんなさい、お仕事手伝うわ」
あくびをする口元を手で隠しながら、メロディが調理場へ入ってきた。
「おはようございます、お姉様。やっと目が覚めたんですか?」
「うん、起きたら夕方でびっくりしちゃった。まさか昨夜からぶっ通しで眠っちゃうなんて」
「え? 昨夜からずっと眠ってたんですか、メロディ先輩?」
前日の夕方から休みをもらっていたマイカは、昨夜の時点で既に孤児院にいたため、メロディが今朝から姿を見せていないことを今初めて知った。
「あれ? マイカちゃん、帰っていたのね。おかえりなさい」
「ただいまです。でも、本当に大丈夫なんですか、メロディ先輩? 体調が悪いなら、今日はきちんと休んでいた方がいいんじゃ……」
「ああ、大丈夫よ。昨夜はちょっと魔力を使い過ぎて疲れちゃっただけだから。ぐっすり眠ってもう十分に回復したわ」
メロディは安心させるように優しい笑みを浮かべた。だが、マイカはむしろ驚きに目を見張る。
(ステータスカンストどころか限界突破していてもおかしくないメロディ先輩が、魔力を使い過ぎた疲労でダウン!? まーた今度は何やらかしたの!?)
伯爵邸で唯一メロディのゲーム設定を知るマイカからしてみれば信じがたい話であった。だが、驚くマイカに気づかないメロディは、ハッとした表情を浮かべた。
「帰ってきたのならちょうどよかったわ。マイカちゃんにプレゼントがあるの」
「へ? 私にプレゼント?」
「ええ、これよ」
ニコニコと嬉しそうに微笑むメロディは、それをマイカに手渡した。
「……ペンダント?」
それは、銀製のペンダントであった。銀の鎖の先には、まさにうずらの卵のような形状の装飾が吊るされている。その両端には小さな翼のようなオブジェが生えており、中央にはハートに象られた瑠璃色の石が埋め込まれていた。
「可愛いペンダントですね。でも、どうしてこれを私に?」
当然ながら今日はマイカの誕生日ではない。そもそも、この体の誕生日がいつなのかも不明であり、なぜこんなプレゼントを贈られるのかマイカには分からなかった。
「それは、マイカちゃんが魔法を使えるようにするための魔法道具よ。昨夜作ってみたの」
「……はい?」
疑問の声を上げながら、マイカはピタリと動きを止める。
そして、大体の疑問は氷解したのであった。
(カンスト魔力を大量消費した原因って……聞くまでもなくこれですよねえええええ!)
メロディはサプライズプレゼントに成功したように、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていたのであった。……まあ、サプライズは成功しているので間違ってはいないのだが。
★★★★★★★★★★★★
【お知らせ】
小説第2巻は2月20日より多分きっとおそらくMaybe絶賛発売中です。
コミカライズ企画進行中。3月12日より『ピッコマ』さんで配信予定です。
よかったら見に来てください。よろしくお願いいたします。
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