小説第2巻発売記念SS メロディ、魔法使わせTai!
マイカの悲鳴事件から一夜明け、本日は再び学園へ登校する日。
今日も今日とてメロディはいつものごとく早朝の清掃業務に勤しんでいた……嘆息交じりに。
「お姉様、何か悩み事ですか?」
そんなメロディに、一緒に掃除をしていたセレーナが尋ねる。
「うん、昨日のマイカちゃんのことでちょっとね……」
「昨日というと、彼女の魔力がゼロだったという話ですか?」
「そうなの。思った以上にショックだったみたいで。早朝の掃除に顔を出していないでしょう? きっと私と顔を合わせるのが嫌だったんだわ……はぁ」
「お姉様……」
大きくため息を吐くメロディ。その表情はとても儚げで悲しそうなのだが、対照的に首から下はテキパキと掃除に勤しんでいた。
何かの合成動画だろうか? ゆったりと表情を作る相貌とはうらはらに、体の動きはビデオの早送り再生のようで、傍から見れば実にコミカルである。
それはまるでコメディのよう……。
「お姉様。今朝マイカさんがこちらに来ていないのは、単なるシフトですわ」
「え?」
「お二人はお嬢様と一緒に登校するのですから、そもそも今日の早朝清掃のシフトは私だけです。お姉様がこちらにいらっしゃることの方が間違いなんですよ?」
「あ、あれ? そうだったかなぁ?」
……ようというか、最初からコメディだったかもしれない。
もしこの世界が物語で、その書き手がいたとしたら『おかしい、こんなはずじゃなかったのに』とか言ってそうである。ホントに、なぜこうなったし……。
しっかり掃除をこなしながらも、メロディはとぼけるようにニコリと微笑んだ。
対してセレーナは、アルカイックスマイルを浮かべながら優しく告げる。
「お仕事を趣味になさるのも結構ですが、あまり度が過ぎますと下の者も休みづらくなってしまいます。ですから……そろそろ、加減も覚えてくださいね」
「ご、ごめんなさい。気を付けます……」
笑顔のまま、メロディは首の下からどっと冷や汗を流した。
……だって、目が笑ってないんだもん!
(セレーナ、笑顔が怖いわ……何だかとっても既視感があるんだけど……)
メロディは思い出す。そういえば母セレナも、メロディを叱る時はいつも笑顔だったなぁ、と。
魔法の人形メイド・セレーナは、なぜかメロディの母セレナそっくりな姿で生まれてきた。それはメロディの記憶と想いが原因なのか、こうして時折見せる仕草などがセレナと被る時がある。
(こんなところは似てほしくなかったんだけど……)
六歳の頃に前世の記憶を思い出したメロディは、世が世なら人類史に名を残しかねない才能を秘めた天才だったが、母親に全く叱られないように過ごせたかというと、そうは問屋が卸さない。
メイド修行に明け暮れて、気が付けば帰宅が夜になっていたこと数え切れず。素敵なメイドさんの姿に見惚れてうっかり転びそうになり、誤魔化すためにムーンサルトよろしく街中をクルリクルリと華麗に飛び跳ねて拍手喝采を受けたのはいつの事だったか。
(あの時は街の人たちから凄く褒められたけど、お母さんは……それはもう菩薩様みたいな柔和な笑みを浮かべながらカンカンで……そう、今のセレーナみたいに)
今のセレーナは、大変優しい笑みを浮かべているのに、なぜかとても圧を感じるのであった。
「……本当に、これから気を付けるんですよ、メロディ?」
「は、はい! ごめんなさい! 前向きに検討させていただきます!」
セレーナの微妙な言葉遣いの違いに気が付くことなく、メロディは反射的にバッと頭を下げるのだった。そして、やはり反射的に出た言葉だからだろうか、現代日本人が聞けば反省していないことが丸わかりな謝罪の言葉であった。
「……本当に、気を付けてくださいね、お姉様」
そしてそして、メロディの知識と技術を継承していても、あくまでこの世界の住人として生まれたセレーナには、その辺のニュアンスは伝わらなかったようである。
「ところでマイカさんの件ですけど、魔法が使えないのであればお姉様が何か魔法を込めた道具でも用意してあげればよいのではありませんか?」
「うーん、それは私も考えたんだけど……」
再び作業に戻り、世間話をしつつもやはり早送り再生よろしくテキパキ掃除を行いながら、二人はマイカの件を話し合っていた。
「何か問題でも?」
「問題というか、それじゃあ趣旨が違うというか何というか」
「趣旨、ですか?」
セレーナは首を傾げた。魔法が使えないのなら、少しでも魔法気分を味合わせてあげるには今の案くらいしかないと思うのだが、メロディは納得できないらしい。
「お姉様、どういう意味ですか?」
「えっとね、例えば普段の火起こしにマッチを使っているマイカちゃんに、火を起こす魔法道具を用意して使ってもらったとして……それって、ライターと何が違うのかなって」
「それは……」
そう言われると返しに困るセレーナだった。この世界には特定の魔法を込めたいわゆる魔法道具と呼ばれるものは存在している。例えばこの世界の水洗トイレなどがそうだ。下水道はなく、各トイレで直接浄化処理されるという謎仕様の大変便利な魔法道具だ。だが、これで毎回水を流したからといって魔法を感じられるかというと、まあ、聞くまでもないだろう。
現代日本人の記憶を持つメロディにとって魔法道具とは、百円ショップの便利グッズとか、家電量販店の高級便利家電とか、そんな認識なのであった。
「魔法って、自分の魔力と精神力によって普通では起こらないような現象を発現できるところが醍醐味だと思うの。私も初めて魔法が発動した時は凄く驚いたし、そこから試行錯誤して色々なメイド魔法を開発、訓練した時はとても楽しかったもの。魔法道具ではその感動がないのよね」
「そういうものなのですね。私は最初から魔法が使える状態でしたから、そういう観点はありませんでした」
「ああ、そうだね。セレーナは魔法が使えて当然の仕様になって――」
プツリと、メロディの言葉が途切れた。
「お姉様?」
メロディはセレーナを見つめたまま、動きが停止している。そして、ポツリと言葉が零れる。
「セレーナ、人工知能、魔法……」
ブツブツと何か呟いているが、セレーナにはよく聞き取れない。
「お姉様、どうかされましたか?」
「……セレーナは、自分の意思で魔法を使えるのよね?」
「え? ええ、お姉様がそう設計されましたから」
「ということは、体内を巡る魔力を感知できるし、それを制御することができる」
「もちろんです。そうでなければ魔法は使えませんから」
(なぜそんなことを聞くのかしら?)
セレーナは不思議に思うが、そんな彼女の様子に気付かないメロディは質問を続けた。
「……セレーナも魔法道具の一種よね?」
「まあ、そうですね。人格を与えられている点で他の魔法道具とは一線を画しているとは思いますが、魔法道具であることに間違いはありません……けど、それがどうかしたんですか?」
「うん、やっぱりそう。セレーナは魔法道具なのに人間と同じ感覚で魔法を使うことができる。ということは……そうよね、そうだよね!」
ブツブツから一転、何やら嬉しそうに声を張り上げたメロディに、セレーナは驚いてしまう。
「急にどうしたんですか、お姉様?」
「こうしちゃいられないわ。セレーナ、ちゃっちゃと掃除を終わらせて時間を作るわよ!」
「え? あ、お姉様!」
背中のぜんまいを回して解き放ったかのように、メロディはさらに速度を上げてチャッチャカチャッチャカと作業を再開させた。それでいて確実に屋敷は綺麗になっていくのだから恐ろしい……。
「……今度は何を思いついてしまったのかしら? 何事もなければいいんだけど」
セレーナは『フラグ』という言葉を知らなかった。
やがていつもより早く掃除を終えたメロディは、メイド魔法『通用口』をどこかへ繋げると、いずこかへ姿を消してしまう。そして、セレーナが目覚めのお茶の準備をしている頃、調理場に『通用口』の扉が開いた。
「ただいま、セレーナ。他の作業を任せちゃってごめんね」
「いいえ、そもそも今朝の仕事は全て私の担当ですから。それで、どこで何をしてきたのですか?」
「ふふふ、これを取りに行ってたの」
メロディは両手に持っていたバスケットを調理台の上に置くと、その中身を転がした。
その中身とは――。
「これは……たくさんの石ころ? いえ、違いますね。くすんでいて見栄えは悪いですが、これ全て銀ですか?」
こぶし大の銀の塊が十個ほど。くすんでいるとはいえ、結構な量の銀塊である。
「どこからこんなものを?」
「ほら、セレーナが初めてリュークに会った場所よ。覚えてない?」
「というと、いつもお姉様が通っているあの森のことですね。そこにこんな銀塊が?」
この銀塊、要するに魔王を封印していた剣を刺してあった銀の台座の残骸である。セレーナの動力とするために、台座に残されていた先代聖女の魔力をメロディが根こそぎ吸い取ってしまったせいで、無残にも崩壊してしまったのである。
「全く気付きませんでしたが……これで何をするんですか?」
セレーナはメロディの意図が読めず、不思議そうに首を傾げた。
メロディはふふふと不敵な笑みを浮かべると、銀塊の一つを手にしてこう言った。
「これを使って、マイカちゃんが魔法を使うための魔法道具を作るのよ!」
七月のとある朝。今日も今日とてルトルバーグ家は平和である…………まだ。
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