1月3日 初詣とおみくじと
「メロディ、それじゃあ行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
メロディに見送られ、ルトルバーグ一家はあいさつ回りに出掛けた。
本日は一月三日。例年であれば両隣の幼馴染達の領地との交流をしている時期だが、王都暮らしの現在は、家長のヒューズが宰相府に勤めていることもあり、上司となる貴族などを訪問しなければならない。
年末は大人だけで集まったが、年始となれば各家も親戚筋が集まっていたりするので、ルシアナも同行することとなったわけだ。
一家を見送ると、ルトルバーグ伯爵邸は一気に静かになる。
言ってみれば、メロディもようやくお正月休みといったところだろうか。
「さてと、お嬢様たちがいない間に……」
おや、メロディもようやく余暇の過ごし方を学んだのだろうか?
ふふふと笑って何だか楽しそうである。
「地下室建造計画の実行を!」
「ダメに決まっていますよ、お姉様」
メロディのステータスは各種カンスト済みなので、これ以上の成長は望めないようだ。
隣に立って見送りをしていたセレーナに笑顔で止められてしまった。
「で、でもセレーナ。いざという時のために必要だと思うの。王都の地下に張り巡らされた脱出路は。何かあった時にどこにでも逃げられるようにしておかないと。有事の際に主が逃げるのを助けることは、メイドの必須技能だと思うの」
「メロディ先輩、それ、地下室っていうか地下通路じゃないですか。しかも王都中って、露見した時の方が問題ですよ」
セレーナの隣にいたマイカがかなり本気で呆れた表情を浮かべている。
「だ、大丈夫よ。ちゃんと魔法で隠すから! 通路の出入り口は絶対に見つからないわ」
「そういう問題じゃありませんよ!」
「……本当にできてしまいそうで恐ろしいな」
リュークがポツリと呟いた。記憶喪失のせいで一時期魔法についての知識も欠如していたリュークだが、もともと才能はあったので記憶がなくとも今ではすっかり全盛期の力を取り戻している。
そんな彼の目線からすれば、やはりメロディの魔法は称賛と言うよりは畏怖の対象であった。
三人から呆れた視線を向けられ、さすがのメロディもしゅんと肩を落としてしまう。
「はぁ、お姉様。年が明けて意気込んでしまう気持ちも分かりますが、羽目の外し方には気を付けてくださいね。そんな大仕事を旦那様方の許可も得ずに行っていいわけがないのですから」
「……うん。ごめんなさい。確かにちょっと、ちょっとだけ、はしゃぎ過ぎたかも」
「ちょっとじゃないんですけどね」
「初手からフルスロットルでしたもんね」
「……隠ぺいの魔法には興味があるんだが」
「あ、それは魔法で物理的に塞いだうえで光学迷彩と精神干渉、それに空間そのものを歪めて――」
「はいはいはい! なんだか危険の香りがするのでやめてくださーい!」
真剣に魔法の解説を聞くリュークの前に飛び出し、慌てて制止の声を上げるマイカ。
「どうしたの、マイカちゃん?」
「マイカ、じゃましないでくれ」
「精神干渉とか空間歪曲とか絶対レッドアラートですよー! 知らない方がいい知識ですよ!」
「大丈夫よ、マイカちゃん。確かに精神干渉はやり方を間違えれば人間を廃人にすることもできるし、空間歪曲は異空間を生み出したり、空間爆発が起きる危険性も否定はできないけど、そんなに難しい魔法じゃないもの」
メロディは安心させるようにニコリと微笑んだ。
「その危険性が分かっててなんであっさり教えようとしてるんですかー!?」
「大丈夫だ、マイカ。俺はやってみせる」
リュークはキリリとマイカを見つめた。イケメンの真剣な表情は脳内フォルダに永久保ぞ――じゃなくて!
「もう! 普段はあんまりおしゃべりしないのに魔法のことだけは饒舌っていうのは、まあ、よくあるパターンだけど、ちゃんと自重も覚えて! セレーナさんからも言ってやってください!」
さすがはシナリオブレイクのメイドヒロインと攻略対象者である。マイカには荷が重かった。ここはこの屋敷の常識人その1であるマイカ(自称)の次に良識のある常識人その2、セレーナに頼むしかない!
だが――!
「ふぅ、私も内蔵魔力がもう少しあれば、その程度の魔法を使うことも難しくないんですが」
「そうだった、そうでしたね! セレーナさんはMPにデバフかかってるメロディ先輩みたいなもんでしたね! いやー! 私一人じゃ対処できないよー!」
ルトルバーグ伯爵邸の玄関ホールは現在、ボケ飽和状態となっていた。そしてツッコミ担当はまたボケ担当でもあるため、正直なところこの屋敷はツッコミ不在屋敷なのである。
(だ、誰か助けてー!)
マイカがそう思った時だった。勝手口の方からドアベルの音がした。
「メロディ、いるー?」
「あら、ポーラだわ」
「ポーラさんですか。お姉様、何かお約束でも?」
「あ、いけない。そういえば今日はこの後ポーラと一緒に教会へ新年のお祈りに行こうって誘われていたんだったわ」
メロディはポーラを屋敷に入れた。
「ああ、寒かった。あら、メロディ、まだ着替えてないの?」
「ごめんなさい、さっきお嬢様をお見送りしたところなの。すぐに着替えて来るから少し待っててもらえる?」
「いいわよ。なんだったらみんなで行きましょうよ。あなた達はどう? 一緒に行かない?」
「はいはい、行きまーす!」
ポーラの誘いに真っ先に答えたのはマイカだった。
「……マイカ、一昨日孤児院から教会へお祈りには行ったじゃないか」
「ポーラさんとメロディ先輩と一緒に行くのは初めてだから全く問題なし! よーし、次こそはおみくじで大吉を出して見せるんだから!」
「何よ、おみくじって?」
「ハッピーロットのことですよ、ポーラさん」
「ああ、今年の運勢を占うくじのことね」
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における新年のミニゲーム『ハッピーロット』。
教会へ新年のお祈りに行くと引くことができる、それこそ名前が違うだけの神社のおみくじで、その時引いたくじの内容次第でヒロインの各種パラメーターにバフ、デバフが付与される。
ただし、コインを支払うことで何度でも引き直すことができるので、最終的にはヒロインの強化につながる、ある種のやり込み要素として楽しまれているイベントであった。
ちなみにこれ、恋愛運についてよい結果が出ると、全キャラクターの好感度が上昇するため、恋愛運上昇のくじゲットを目指すプレイヤーが多かったらしい。
「セレーナさんとリュークも行きますよね?」
「そうですね。今日なら貴族の方も出歩いているなんてことはないでしょうし、ええ、行きます」
「……まあ、女だけで歩かせるのも危険だしな」
メロディとセレーナがいる以上、本当は過剰戦力であることをリュークは理解しているが、見た目が可憐な少女達ばかりなのだ。男手もあった方がよいだろうと判断した。
……ただしその場合、イケメンが美少女を侍らせている図になることを彼は理解していない。
「お待たせしました、ポーラさん」
私服姿に着替えたメロディが帰って来た。新たに新調したのだろうか、白いファーのついた真っ赤なオーバーコートを着こみ、さっきまで髪をまとめていたせいか、若干ウェーブのかかった髪を垂らし、頭のうえにはこれまた白いファーつきの真っ赤なニット帽をかぶっている。
少し幼い印象だが、大変可愛らしかった。
「……そういうの、旦那様の前で着てあげればいいのに」
「え? 何か言いました?」
「ううん、何でもないわ」
難聴型天然鈍感ヒロイン、メロディは案の定ポーラのセリフを聞き逃していた。
メロディが戻ると、代わりにセレーナ達が部屋に戻っていった。その間メロディとポーラは世間話をして待つことに。
「そういえばポーラ。今日はレクトさんはお屋敷にいないの?」
「ええ、今日はレギンバース伯爵様の警護に駆り出されているわ。まあ、半分はあいさつ回りを兼ねてるらしいけど」
「そう。一緒にお祈りに行ければよかったのだけど、残念ね」
(だからそれを本人に言ってあげなさいよー!)
「どうしたの、ポーラ? ニコニコしちゃって」
「いやそこは、ニヤニヤしちゃってでしょう?」
「?」
メロディは不思議そうに首を傾げた。そして、何だかよく分からないが困った表情を浮かべるポーラがおかしくて、メロディはクスクスと笑ってしまう。
(なんていうか、旦那様、マジで頑張らないと一生このままなんじゃないかしら?)
「あ、みんなが戻って来た。それじゃあ、行きましょうかポーラ」
ポーラの心配など露知らず、メロディは楽しそうに屋敷を出るのであった。
……ちなみに、メロディが引いたハッピーロットは『恋愛運爆上げ』というものだったが、どこまでご利益があるのかは……今後の展開に期待である。
「へくちっ」
「なんだレクティアス。そんな愛らしいくしゃみなどして」
「も、申し訳ありません、閣下。でもその、愛らしいはさすがにやめてください」
「愛らしい女性に噂でもされたのではないか? ああ、私もされたいものだ」
「……本当に、ほどほとでお願いします」
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【あとがき】
というわけで、年末年始SSは本日にて終了となります。
それでは次回は第三章で……もしかすると閑話を挟むかもしれませんが、なるべく早くお会いできるよう努めてまいります。
ちょろっと宣伝。小説第2巻は2月20日発売予定です。
今年はコミカライズも予定されておりますので、どうぞごひいきに♪
改めまして、本年もよろしくお願いいたします<(_ _)>
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