1月2日 雑煮とおせちを食べたいな
しんしんと王都に雪が降る。
「はぁ、地面の屋根も、空さえも白い。純白の王都ね。雪かきのことを考えなければなんて芸術的で素敵な光景なんでしょう」
王城のバルコニーに立つ少女、侯爵令嬢アンネマリーは感嘆の息を漏らした。
「ずっとこんな景色を堪能していたいものだわ」
「……だったら、この城に永住してしまえばいくらでも見ることができるぞ」
アンネマリーの腰にそっと手を回す男が一人。王太子クリストファーである。
誰もがうっとりするような笑みを浮かべながら、クリストファーはアンネマリーを見つめた。
その姿をチラリと視線に映して、アンネマリーはうっとりとした表情でポツリ。
「……そうね、それもいいかもしれないわね」
「ふふふ、そうだろう?」
「ええ、本当に。この城の新たな主になる――なかなか魅力的な提案ですわ」
「……あれ?」
「テオラス王国の新たなる王家、ヴィクティリウム王家の誕生ですわね」
「……あれれ?」
「まさか殿下自らそのような提案をしていただけるなんて。望外の喜びであると同時に、まだまだ心の準備が整っていないので困惑してしまいますわ」
「……あ、あれれれれ?」
「準備が整いましたわ」
「早いよっ!?」
「ご安心なさって。わたくし、いつかきっと殿下よりも素敵な男性と巡り合って、王国一幸せな女王としてこの国に君臨してみせます。そう、だから安心して……」
「……ねぇ、その手に持ってる短杖は何かな? いつ『限定転移(ドローイング)』使ったの?」
「さようなら、殿下。『流星撃(シューティングスター)』!」
「ぎゃああああああああ!」
クリストファーは思わず後ろに飛びのいた。反射的に目を閉じ、両腕をクロスさせて魔法攻撃に備える。だが、しばらく待っても衝撃が飛んでくることはなかった。
そっと目を開けると、アンネマリーは短杖を肩にトントンと叩きながら呆れた表情を浮かべて立っていた。
「本当に撃つわけないじゃない。バカねぇ」
「杖にしっかり魔力を込めていたじゃねえか! 本気でビビったわ! ふざけすぎだろ!」
「ふざけすぎなのはアンタでしょうが。何勝手に人の腰に手なんか回してんのよ!」
「あ、あれは何というか……ノリで?」
「ノリで淑女の腰に手を回していいとか本気で思ってるわけ!? 流星よ、我が敵を打ち砕け『シューティング――」
「だあああああ! 悪かった、悪かったって! 正月だからって悪ふざけが過ぎました! すんませんしたああああああああ!」
美しく、優雅に、そして高速で、クリストファーは今年最初の土下座を披露した。
そのあまりにも慣れた仕草に、アンネマリーはまたしても呆れた表情を浮かべるのだった。
(その年最初の土下座って、何初めって表現すればいいのかしら?)
知らんがな。
六月から学園生活が始まって六ヶ月。この二人の関係は相も変わらずラブコメからは程遠いのであった。ラブコメというかもう、何なんだろう……単なるギャグである。
とりあえず、いつも通り(?)の遣り取りを終えた二人は、クリストファーの私室で寛ぐ。
「はぁ、やっぱりお正月休みにはこたつよね」
「ふぅ、これで雑煮でもあれば最高なんだがなぁ。あぁ、ぬくくて気持ちいぃ」
西洋風の王子の私室のど真ん中を陣取るこたつが一台。とってもミスマッチ。
アンネマリーこと朝倉杏奈の妹分、マイカが思いつくように彼女もまたこたつを愛する少女であった。転生一年目からマイカがこたつを用意したように、アンネマリー達はもう何年も前からこたつを作り、堪能しているのである。
ただし、これは二人だけの秘密。王太子と侯爵令嬢が地べたに座ってこたつで寛ぐ姿など見せられるはずもない。年始の挨拶で王城を訪れた短いこの時間だけの小さな娯楽であった。
身分が高いって、本当に大変である。
「一応この世界にもお米はあるんだけど、どちらかというとピラフ向きのインディカ米っぽいのよね。あれって基本的に粘りが少ないからあまり餅には向かないのが残念だわ」
「インディカ米にももち米ってあるらしいけどな」
「そっちは見たことないもの。どうしようもないわよ」
「一応あれでも餅を作れないことはないけど、やっぱり食べ慣れてるものとは違うからなぁ」
「粘りが少ないから、あのびよーんと伸びる食感は無理だし、そもそも味も違うしね」
「はぁ、いつかは食べたいなぁ、普通の雑煮」
「そうよね、いつかは食べてみたいものだわ、お正月のおせち」
二人は希(こいねが)うような表情で小さく息を吐いた。
こたつだけではやはり正月気分は満足できないのである。おせちや雑煮などのお正月特有の食べ物が食べたい二人なのであった。
「まあ、せめて今日のコタツだけでもゆっくり堪能しようぜ。明日からはまた忙しいからさ」
「はぁ、そうよね。新年でゆっくりできるのは最初の二日だけですものね」
テオラス王国の年末年始は、大みそかに貴族同士で集まり、元旦と二日はお休み、三日からはあいさつ回りをするのが古くからの慣習となっている。
ただし、どちらかというと王都のならわしであり、領地暮らしの貴族は周辺との交流がメインとなる。クリストファーは王族、アンネマリーは上級貴族であり、あいさつをするよりもされる側の家に属するため、このあと数日は屋敷に籠ってあいさつを受けなければならない。
本日アンネマリーが王城を訪れているのも、明日からは王城へあいさつに行っていられないからであった。本当に、身分が高いって大変である。
「さてと、そろそろ行きますわ」
「えー、もうちょっといろよ。な、いいだろ? 一緒にいてくれ、アンネマリー」
クリストファーは極上の笑みを浮かべた! 女の子を魅了する魔性の笑顔だ。
アンネマリーは混乱……しない! アンネマリーはニッコリ微笑んだ。
「私がいないとコタツを使えないですものね。諦めなさいな。コタツはまた来年よ」
「ちぇ~、一年に一時間しかコタツが使いないとか、王太子の身分、マジ使えねーの」
クリストファーは不満げな表情でコタツを片付け始めた。
(来年に向けてコタツ文化の普及を本気で考えた方がいいのかもしれないわね……でも、西洋風世界にコタツって、ミスマッチなのよね。文化侵略みたいでちょっと気が引けるわ)
どうしようかなと、ちょっぴり悩むアンネマリー。
まさか王都の孤児院で、既にコタツが作られているとは知る由もないのであった。
たぶん普及はしないので大丈夫だとは思うが……本当に大丈夫だといいね!
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