1月1日② コタツとみかんと丸まる子犬

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【前書き】

改めましてあけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


ちょっとセレーナとマイカの関係性について本編とは異なる部分がありますが、年末年始SSはある種のIFストーリーなので、そこはまるっとスルーでお願いします。

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 トンテンカン、トンテンカン。


「まあ、何の音かしら?」


 孤児院の管理人、シスターアナベルは軽快でリズムのよい音に足を止めた。


 トンテンカン、トンテンカン。


「……金槌の音? 食堂の方からだわ」


 シスターアナベルは食堂へと歩を進めた。そして、目的地に近づくにつれて周囲が騒がしくなっていく。


「新年一日目から一体何の騒ぎかしら?」


 トンテンカン、トンテンカン。


(……まあ、騒ぎの原因の心当たりなんて一人しか思い浮かばないのですけど)


 シスターアナベルの脳裏に、孤児院きってのお騒がせ女児の姿が思い浮かぶ。


(悪い子じゃない、むしろ良い子なんだけど、結構我が道を行くこなのよねぇ)


 本人が聞いたら大きく否定するだろうが、シスターアナベルの中ではそんな評価だった。

 何せ初めて出会った時から人の話を聞かずに猪突猛進する娘だったので。成人するまで孤児院で健やかに育ってくれればいいと思っていたら、気が付けば自力で貴族の家のメイド見習いになっているのだから、気が気ではない。雇用先に恵まれたからよかったものの、一歩間違えばどんな目に遭っていたか分からないのだから。


 そして食堂に到着すると案の定、音の中心には彼女――マイカがいた。


「リューク、そっちが終わったら次はこれをくっつけて」


「ああ、分かった」


 今朝、孤児院にいた全員で新年のあいさつをした食堂は、全てのテーブルや椅子が部屋の端に寄せられて広々としていた。マイカはそこの中心を陣取って、昨日一緒に孤児院にやってきたリュークと一緒に何かを作成しているようだ。


(あれは、ローテーブルでも作っているのかしら。それにしても……)


 シスターアナベルはちょっぴり嘆息してしまう。


(大の大人をこき使ってモノづくりをしている10歳児って、どうなのかしら?)


 育て方を間違えた……なんてシスターアナベルは思ったが、よく考えたら育てるほども一緒に暮らしていなかったわね、と別の意味で諦める。

 マイカはリュークに指示を出しながらも、自身も何やら縫い物をしていた。なかなか大きな敷物、いや毛布だろうか? マイカの他にも孤児院の年長の少女達がまた別の敷物を縫っている。

 年少の子供達は、これまたマイカが一緒につれてきた子犬のグレイルと追いかけっこをして遊んでいるようだ……いや、あれは子供達から必死に逃げている哀れな子犬の図だろうか?


「マイカちゃん、朝から何をしているの?」


「あ、シスターアナベル。えへへ」


 いたずらがバレて誤魔化すような笑顔を浮かべるマイカ。そんな顔をされると、子供達の監督役であるシスターアナベルは反射的に目を細めてしまう。


「何か悪さをしようとしているのなら、年が明けたばかりとはいえわたくしもお説教をしなければなりませんけれど?」


「そ、そんなんじゃないですって! えっと……ちょっとお正月っぽくしてみたいなと思って」

「……オショウガツ?」


 初めて聞く言葉にシスターアナベルは首を傾げた。オショウガツとは一体……?


 やっぱり通じないか、とマイカは眉尻を下げて苦笑する。


「とある国の新年の過ごし方をちょっとやってみようと思うんですよ」


「その毛布とローテーブルで?」


「わぁ、間違ってはいないんですけど、なんて風情のない言葉」


 知らない人にはそう見えるのも仕方ないか、とやっぱりマイカは苦笑いを浮かべた。そんな遣り取りをしていると、一緒に縫い物をしていた少女がマイカに声をかけた。


「マイカちゃん、縫い終わったよ」


「ありがとう。それじゃあ、こっちは完成だね。リュークの方はどう?」


 トンテンカン、トンテン――。


「ああ、今終わった」


 上下逆さに置かれていたローテーブルをくるりと回して床に立たせると、グラつきがないかをマイカは確かめた。問題ないようである。マイカはうんうんと満足げに頷く。すると、食堂の端で作業をしていた少年たちが、テーブルと同じ大きさの板を運んでやってきた。


「マイカ、こっちも終わったぞー」


「ありがとう。やすりはきちんとかけられた? ちゃんとつるつるにできた?」


「当たり前じゃん。だから持ってきたんだから」


 少年たちが板を差し出した。マイカはそれを確かめて、確かに問題ないと納得する。


「ローテーブルに毛布に板? ……マイカちゃん、これで何をするの?」


「もちろんアレですけど、実はまだこれだけでは不十分なんですよね」


「まだあるの?」


「マイカさん、できましたよ」


 食堂の入り口から女性の声がした。確かあれは、マイカをメイド見習いにするために孤児院を訪ねたメイド――セレーナの声である。


「セレーナさん、何を……まあ、あれは何?」


「わあ! さすがセレーナさん! 完璧ですよ、最高です!」


「ふふふ、お褒めいただき光栄ですわ」


 食堂の外からやってきたセレーナ。後ろには年長の少年たちが一緒になって何かを運んでいる。


(でもあれは……何?)


 それは大きな板のような何か。でも、板ではない。素材が木材ではなさそうだが、何だかよく分からないのだ。彼らはそれを六枚も部屋に運び入れた。

 それが部屋に入った瞬間、ふわりと室内に匂いが立ち込める。


「……その板はまさか、草でできているのかしら」


「まあ、よくお分かりになりましたね。これは畳というのですわ。イグサは使ってませんけど」


「タタミ……?」


 またシスターアナベルの知らないニューワードである。


「作り方を説明したのは私ですけど、イグサ以外でも作れるものなんですね」


「そこはほら、ちょっと強引ですけど魔法の力を借りてサクッと」


「まあ、それをあてにしてたのは確かですけどね。それじゃあ、早速畳を床に敷いてください」


「ええ、分かりました。ではみんな、畳をこのあたりに敷いてくれるかしら」


「「「「「「はーい、セレーナおねえさん!」」」」」」


 畳を運んでいた少年たちが頬を上気させながら意気揚々と畳を敷いていく。並べ方はあらかじめ指示されていたのか、四角形になるようにきれいに並べられた。


 六枚の畳――つまり六畳間である。


「セレーナさん、床の上に直接畳を敷いて、ズレたりしませんかね?」


「裏面を魔法で滑り止め加工してあるので、その心配はいりませんよ」


「わあ、魔法って便利」


 マイカは呆れた表情でそう言った。便利なんだけど、便利なんだけど、と微妙に納得できない顔をしているが、すぐに表情を改めて次の指示を出す。


「じゃあ、次はみんなで作ったカーペットを敷いてね」


「「「はーい」」」


 畳の上に、少女達が作っていた敷物が敷かれる。そして少女達はカーペットの上からブスリブスリと鋲を指して回った。あれなら敷物がズレる心配はないだろう。


「わーい!」


「ゴロゴロゴロ~」


 畳の上にカーペットが敷かれると、グレイルを捕まえた少年達がその上をゴロゴロと転がりだした。床と違って、柔らかいわけではないが硬くもないその感触に子供達はご満悦だ。


「キャイーン!?」


 お笑い芸人……ではなく、小さな子供に抱きかかえられたまま地面に転がるグレイルは恐怖の悲鳴を上げている。だが、畳を堪能している子供達にその想いが伝わることはなかった。


 シスターアナベルは畳の端っこに手を押し当て、その不思議な感触に首を傾げた。


(草の板がこんなに硬くて、それでいて痛くなさそうだなんて。マイカちゃんはこれで一体何をするつもりなのかしら)


 シスターアナベルはマイカを見た。彼女はとても満足げに、そして自慢げに畳を見ている。


「ふふふ、いい感じ。では、プロジェクトも最終段階へ移行します。というわけで、最後の仕上げをお願いします、セレーナさん!」


 シスターアナベルはちょっとズッコケそうになった。仕上げが他人任せって……。

 だが、こればっかりはマイカの力ではどうにもならないのである。


 セレーナはローテーブルの裏面に手を添えると、呪文を紡いだ。


「我らに暖かなる安らぎを『小さな暖炉ピッコロカミーノ』」


 ローテーブルの板の裏側から、ほんのりと赤い光が灯った。そしてマイカは喜びの声を上げる。

「さあ、テーブルを畳の真ん中に置いて、毛布を敷くわよ!」


 子供達が協力して、テーブルと毛布を運ぶ。最後にリュークが、子供達がやすりがけした板を運んで、上から毛布をかけられたテーブルの上にそっと乗せると――。


「やったー! こたつの完成でーす!」


「「「わーい!」」」


 マイカの声に続いて子供達も嬉しそうにはしゃいだ。その様子にシスターアナベルは目をぱちくりさせて驚いてしまう。


「はい! やっぱりお正月といえばおコタでまったりですよね!」


「俺いっちばーん!」


「あー、わたしもー!」


「ぼくもはいるー!」


「あ、ちょっと! 発案者は私なんだから私が最初に決まってるでしょー!」


「……四か所あるんだから一緒に入ればいいだろう」


 リュークが呆れた表情でポツリと呟いた。まあ、他の子供達も我先にこたつに殺到しているので競争率はとても高そうだが。


「もう! 順番、順番だからね。ちょっと入ったら交代で入るんだからね! あ、グレイル! あなたいつの間にこたつの中に入ってるのよ。猫じゃあるまいし、なんでこたつの中で丸まってるのよ、可愛いなー!」


「ぐにゅふふふ、われにすべてをけんじょうせよぉ」


「完全に熟睡してるよこのワンコ! ううう、みんな、足蹴にしないよう気を付けてね」


「「「はーい!」」」


 可愛いは正義だが、ちょっと小ズルい瞬間である。魔王グレイルはこたつで丸くなるのだった。

 シスターアナベルはその様子をしばらくポカンと眺めていた。

 何せ子供達はこたつに入るとすぐにダラーンとだらしない表情を浮かべて寝転がってしまうのだから。


「あったかーい」


「ねむくなりそう」


「俺、今日はここで寝るんだ」


「ふふふ、風邪をひいてしまいますからダメですよ」


 こたつの誘惑に駆られた少年を、セレーナが優しく窘める。でも多分、聞いていないだろう。


「はうぅ、でも分かりますぅ。やっぱりいいですよね、こたつ」


 こたつに入ったまま、テーブルに顎をのせて寛ぐマイカ。まるで気分は入浴である。

 その様子を見ていたシスターアナベルは、ややポカンとしつつもようやく理解した。


(マイカちゃん、これがしたくて孤児院に帰ってきたのね)


 とてもではないがこんな作業も、こんなだらしない態度も、貴族の屋敷でできるはずがない。自室を与えられているそうだが、作業をするには狭すぎてできないし、人でも足りないのだろう。


(ふふふ、本当におかしな子)


 こたつの前でだらしなく寛ぐマイカの姿に、シスターアナベルはクスリと微笑んだ。

 そうやって子供達を見守っていると、一人、また一人と彼らはこたつから這い出て来る。


「飽きた。外で遊んで来ようぜ!」


「お外の雪で遊ぼうよ!」


「雪玉の投げっこしたい!」


「雪だるまつくるー!」


 こたつで身体が温まったのか、子供たちはこたつにすっかり飽きて外へと駆け出した。


「ふぅ、子供は元気だねぇ」


「……あなたも十分子供なのだけれど、マイカちゃん?」


「いやぁ、私なんて心はもうおばあちゃんなので」


 何言ってるのかしらこの子? シスターアナベルはそう思ったが実際、マイカは元おばあちゃんの転生者である。しかし、その記憶のほとんどは失われているので判定は少々微妙なところだ。


「さあさあ、子供達もいなくなったことですし、私達もこたつに入りましょう」


「えっと、わたくしもよいのでしょうか?」


「もちろんですよ。シスターアナベルにはいつもお世話になってますからね」


 セレーナが誘い、マイカも許可を出す。そしてセレーナ、リューク、シスターアナベルがこたつに足を入れた。


「……まあっ」


 ぬくい。そう、ぬくいのだ。熱すぎずぬるすぎず、足先を温めるちょうどよい温度。ただベッドで毛布をかぶるのとは一線を画す心地よさ。

 これこそが日本の冬の風物詩。悪魔の道具と恐れられる暖房器具『炬燵こたつ』なのである。


 そのうえ――。


「こちら、用意してみました」


「さすがです、セレーナさん!」


「これは、ピユーネ?」


 ピユーネとはつまり、地球でいうところのオレンジである。


「よく熟していますから手で皮をむけますよ。さあ、召し上がれ」


「おコタにみかんだなんて、セレーナさんは風流を分かってますね。いただきます!」


「いただきます。あら、冷たい」


「ええ、冷凍ピユーネですから」


「こたつに冷凍みかんだなんて、ますます最高ですね、セレーナさん!」


「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」


「キャワン、キャワン!」


「あれ、グレイル? あなたいつの間に起きて……どうしてキラキラした瞳で私を見て……ああ、うん、ピユーネを見てるのね」


 綺麗に皮をむいたマイカのピユーネに釘付けのグレイル。

 この一年で魔王は食いしん坊ワンコにクラスチェンジしたのかもしれない。


「もう、一個だけだからね! おかわりはなしだからね!」


「うまうま、うまうま」


「ああ、グレイル! 一個ってそういう意味じゃないよ! まるっと全部食べちゃって!」


 ぎゃーぎゃー文句を言いつつも、膝の上に乗ってきたグレイルの可愛さを前にマイカは諦観のため息をつくことしかできず、結局もう一度ピユーネの皮むきを始め――。


「キラキラした瞳をこっちに向けないのー!」


 世界はループするのであった。


 その光景をマイカ以外の三人が微笑ましそうに見つめていることに彼女が気付くのは、たぶんおそらくもう少し後の事。


(ふふふ、今年も素敵な一年になりそうだわ)






 こんな感じで、孤児院の新年は始まったのである。










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