第34話 知られざるあいつの活躍?

 王立学園のとある茂みの中に、剣身の折れた銀聖の剣が無造作に落ちていた。


 ビュークの手を離れ、そのビュークがすっぽんぽんになった衝撃で、少女達はすっかりこの剣の存在を失念してしまったのである。


 剣はその断面から瘴気を漏らし、ビュークの手を離れた今も聖女への憎しみが忘れられない。

 自分を封じた先代聖女、そして、襲撃を邪魔した今代聖女……許すまじ。


 剣身から黒い魔力を溢れさせ、人知れず怒りを滲ませていると、茂みの奥から一匹のネズミが姿を現した。

 このネズミは危機感が薄いのか、不思議そうに首を傾げながら剣に近づく。


 だが、残滓の魔王にとっては大変好都合だった。


 先程の二度にわたる戦闘によって少なかった魔王の力がさらに減じてしまった。手足もない状態では身を隠すことすらままならない。



 となれば、すべきことは……。



 残滓の魔王は剣の断面から魔力を吹き出し、目の前のネズミへそれを送り込んだ。

 魔力を満たし、自身の手駒とするためだ。


 魔力の全てをネズミに移し、次なる宿主を探そう。もう、この剣では使い物になるまい。そう思った魔王は、剣身から魔力を移動させて――ネズミは何か大きなものに踏みつけられた。


「チュッ!?」


『貴様、我が残滓ながらとんでもないことをしてくれたものだなぁ?』


 小さなネズミの背筋が凍るように震えた。


 残滓とはいえ魔王の力を有する自分が恐怖を感じるとはどういうことなのか?


 ネズミが恐る恐る見上げると、怒りの形相を浮かべた白銀の子犬がネズミを睨みつけていた。


 ルトルバーグ家の愛すべき子犬――グレイルこと、魔王である。






 それは一ヶ月以上前のこと。いつものようにセレーナから餌をもらって上機嫌だったグレイルは甘えるようにセレーナを舐めまわしていた。犬の愛情表現である。


 だが、グレイルはやらかしてしまった。


 新旧の聖女の魔力をたっぷり含んだ彼女の首の銀細工をペロリと舐めてしまったのである。

 その時、グレイルの魂に銀の魔力が電流のように駆け巡り、グレイルの中でぐっすりと眠っていたはずの魔王の意識が覚醒してしまったのだ。


 それ以来、銀の魔力を放つメロディとセレーナが怖くてしょうがない魔王グレイルであった。


 グレイルに踏みつけられたネズミは、小さな体をプルプルと震わせる。


 自分と同質でありながら、いや、だからこそ感じる圧倒的な力の差に打ち震えているのだ。

 そんなネズミの態度を見て、グレイルは大きくため息を吐いた。


『お前、我を見てそんなに怯えられるのに、あれを見ても何とも思わなかったわけ!? あいつが片手間で飛ばした『あれ』に何も感じなかったのか! あれ一発で我もお前も即消滅レベルの魔力が込められていたんだぞ!? あれを気軽にポンと出せちゃう正真正銘の化け物なんだぞ! あれが本気になったらどうしてくれる! 我、消えちゃう! 消えちゃうぞ、マジで! 跡形もなく消し飛ばされたっておかしくないんだからな! その辺ちゃんと分かってんのか、ボケが!』


 もう泣きべそ寸前の魔王。


 舞踏会襲撃後に受けた仕打ちを思い出し、ネズミを踏みつけながら恐怖に打ち震える。だからこそこっちは大人しくしていたのに、まさか自身の残滓がこんな面倒事を引き起こしてくれるとは。


 魔王、怒り心頭に発するの図。


 魔王はネズミをひょいと摘まみ上げると、自らの口に放り込んだ。


「チュウッ!?」


『ふがふがふが!(己の愚かしさをよーく覚えておけ、このバカもんが!)」


 ネズミを口に含むと、魔王はしばらくもぐもぐと軽い咀嚼をしてペッと中身を吐き出した。


「チュ、チュウ……チュッ!」


 しばし放心状態だったネズミはすぐに正気を取り戻すと、そそくさとその場を逃げ出してしまった。グレイルはそれを何でもないように見送る。


『魔力を全て喰らってやれば、あれもただのネズミだな。ふん! 今は力を溜める時よ。聖女に身バレなどしてまた封じられるわけにもいかんからな! そ、そう、今は雌伏の時なのだ。断じて聖女が怖いから逃げているわけではないのだからな!』


 誰も聞いてやしないのに、一人、じゃなくて一匹言い訳をまくしたてるグレイル。


『さ、さて、それでは帰るとするか。今日は確か、手作りソーセージの日だったな。ぐふふ』


 もはや魔王というよりただのペットに成り下がったのでないだろうか。魔王グレイルはその活躍を誰にも知られることなく、日常へ帰っていく。


 茂みには、魔力がからっぽになった折れた剣がそのまま放置されるのであった。









 その日の夜、王都の空に白銀の雲が生まれた。


 天空に拡散したどこかの誰かの魔力が反応し、白銀の雨が降り注いだとかいなかったとか。


 誰もが寝静まった深夜の出来事だったので、その優しい雨を目にした者は終ぞいなかったという。






【エピローグへ続く】

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