第33話 どこまでいってもシナリオブレイク

 ガキンという音がして、ビュークの頭上を剣身の折れた剣がクルクル舞った。そのまま剣はどこかの茂みに落ち、剣から解放されたビュークは全身を覆っていた黒い魔力が霧散していく。

 そして完全に力尽きたのか、ビュークは膝をつき、その場に倒れ伏してしまった。


「ビューク!」


 慌ててマイカが駆け寄り抱き起こすが、ビュークに意識は戻らない。それどころか、この前のように胸を押さえて苦しみ始めた。


(剣を手放したのに、まだ完全には魔王との繋がりが断たれていないの?)


 おそらくゆっくりと剣を探している余裕などない。


 となると、やるべきは――。


「マイカちゃん、その子の様子はどう?」


「メロディ先輩! 先輩の魔法で彼の中にある黒い魔力を取り払えませんか!?」


「黒い魔力? よく分からないけどやってみるわ」


 焦った様子のマイカを見て、とにかくやってみようと少年の手を取った。ルシアナの魔力感知の時と同じようにビュークの体内に自身の魔力を流し込むと、彼のものとは違う異質な魔力があることが分かった。

 メロディは流し込んだ魔力をそのまま黒い魔力の中和に利用した。

 次第にビュークの顔色はよくなっていくが……。


「……ダメ」


「え?」


「完全に取り払うことができない」


「それってどういう意味ですか?」


「私もどう説明していいのか。私でも到達できないようなところまでこの魔力が入り込んでいるみたいなの。無理矢理すればできるかもしれないけど、今度は私の魔力が害になりかねなくて」


 長い間魔王の支配下にあったビュークの魂に、黒い魔力が浸食を始めていたのだ。いくら最強無敵のメロディといえど、そこまで進んだ浸食にはそう易々とは手を出せない。


「そんな……」


 ビュークはまだまだ苦しそうだ。表面的に魔王の魔力を消したところで根本的な部分ではまだ魔王の支配下にあるということなのだろう。


「どうにかならないのか?」


 レクトも心配そうである。だが、メロディにはちょうどよい対処法は思い浮かばなかった。

 そんな適当な方法がご都合主義よろしく思い浮かぶわけ――。


(……あった! そんなご都合展開!)


 ゲーム知識を持つマイカだけがその手段に心当たりがあった。


「剣の台座だ!」


「え? マイカちゃん?」


「メロディ先輩、一瞬で別の場所へ移動する魔法、できましたよね?」


「ええ、できるけど」


「だったら、特定の場所を探す魔法なんてのもできませんか? 大森林の奥に剣を封じるための銀の台座が設置されている場所があるはずなんです。そこに行けばもしかしたら……!」


 乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』でも、ヒロインは単独でビュークを救うことはできなかった。ビュークとの戦闘はヴァナルガンド大森林の、魔王の剣を封じた地にて行われたのだ。

 戦いに勝利したヒロインは銀の台座に残されていた先代聖女の力の名残の手を借りて、聖女の力を共振させることによって魔力を増幅し、見事ビュークを魔王の支配から解放したのである。


(でも、銀の台座の場所が分からないとさすがに時間的に厳しいものが……)


「森にある銀の台座? ……ああ、あれ。大丈夫、探さなくても場所は知ってるわ」


「知ってるんかい! なんでやねん!」

(ご都合主義にもほどがあるでしょうが!)


 正直助かるが、なぜメロディがそんな場所を把握しているのだろうか。


 まさか、やはり彼女はゲーム知識を持つ転生者で……。


「王都の近くにある森のことでしょう。毎日食材採取で行ってるからあの森のことなら任せて。マイカちゃんが言う銀の台座っぽいものならこの前見つけたから」


(ヴァナルガンド大森林で食材採取って……)


「……メロディ、今、聞き捨てならない話をしなかったか?」


「?」


(やばい。メロディ先輩、あそこが危険地帯だっていう認識がない。どんだけ無双メイドなのこの人……て、今はそんな場合じゃなかった)


「すぐに連れて行ってください!」


「任せて。『通用口オヴンクエポータ』」


 魔法の扉をくぐってメロディ達はヴァナルガンド大森林にやってきた。ビュークを台座の前に寝かせる。


「マイカちゃん、それで何をどうすればいいの?」


「はい。この台座に残された魔力をメロディ先輩の魔力を共振させて――え?」


 ピキリ。マイカが台座に触れた瞬間、とても嫌な音が鳴った。銀の台座に亀裂が走った。


「へ? え……?」


 ピキピキバキバキと亀裂が広がり、収まる気配がない。

 最終的に、台座はそのまま音を立てて全壊してしまうのだった。


「なんでよおおおおおおおおおおおおおお!?」


 マイカは絶叫した。

 私? 私が悪いの? 何したっけ? ちょっと触っただけだよね!?


「嘘でしょ!? 台座に残ってる力が必要だったのに! これじゃあ……」


 慌てふためくマイカ。最後の希望だったのに、まさかこんなことになるなんて!


 だが、まだ希望は残されていた。正確に言えば元凶なのだが。


「台座に残っていた力? それだったらそっくりそのままセレーナの動力に利用されているけど」


「セレーナさんの動力って、もう! どんだけ我が道を行ってるんですか、メロディ先輩! すぐにセレーナさんを呼び出してください!」


 ヒロインやらずにメイドをするだけでは飽き足らず、メインシナリオのフラグすら気付かぬうちにポキポキ折りまくっているとは。もう既に他にもいろいろやらかしているのではないかと、マイカは大変不安に思った。

 だが、今はやっぱりそんな場合ではない。ビュークを助けなくては。


 程なくして『通用口』からセレーナがやってきた。


「えっと、急な呼び出しでしたが何をすればよいのでしょう?」


「メロディ先輩と魔力を共振して、力を増幅させてほしいんです。その力を利用して、彼の中に巣食った異質な魔力を完全に取り払いたいんです」


「……どこのどなたか存じませんが、彼を助けたいのですね、お姉様」


 メロディはコクリと頷いた。セレーナはニコリと微笑みメロディの手を取る。


「承知しました。では、早速始めましょう」


 仰向けに寝かせたビュークを左右から挟み込むように膝をつくメロディとセレーナ。ビュークの上で手を取り合い、二人は互いの魔力を循環させていく。

 ゲームでは、親和性の高い新旧の聖女の力が共鳴することで、爆発的に魔法の効果を高めることができた。きっとうまく行くはず、とマイカは信じて両手を組んでいたが……。





 ――メロディのシナリオブレイクは既に始まっていたのである。





「……凄い。これまでにない魔力の高まり。これならいけそう」


 瞳を閉じ、意識を集中させながら、メロディはビュークの魂に銀の魔力を注ぎ始めた。セレーナと共振することで、自身の中の魔力が光り輝いていることが分かる。

 ビュークの魂を銀の煌めきが包み込み、弾けるように黒い魔力を一つ、また一つ浄化していく。同時に、ビューク自身も銀の光に覆われ始めた。


 全ての魔王の魔力はこうしてビュークの体内から、魂から消え失せた。ビュークの顔色も戻り、既に呼吸も落ち着いていく。胸の苦しみは、解き放たれたようだ。


 マイカは安堵の息をついた。


「よかった。メロディ先輩、セレーナさん。ありがとうございます。もうこれで……あれ?」


 ビュークは白銀の光に包まれたまま。

 瞳を閉じて共振を続けている二人は全く気付いていない様子。


「あの、ちょっと、お二人とももう十分ですからそそそろ終わって……ちょっと!?」


 ビュークの心身を銀の魔力が完全に満たしきった。感覚的にそれを悟った二人は、自然と互いの手を放し、ホッと息をつく。不思議な満足感に、二人は微笑み合った。


「笑いあってる場合じゃなーい! なんかビュークの様子がおかしいんですけど!」


 ビリ、ビリビリビリッ。


「え?」


 布が破れるような音が聞こえ、メロディはビュークを見下ろした。


 そして聞き間違いではなかったらしい。ビュークの衣服がビリビリと破れだしたのだ。


 ……何せ彼の身体が急速に成長を始めたから。


 失われた時間を取り戻すように、ビュークの肉体が実年齢に則したものへと変貌していく。身体が大きくなるたびに服が破れ、ビュークの肢体が露になる。ズボンなど腰回りが合わずに最初に弾けてしまった。



 髪は伸び、背丈も高くなって、胸元は開き、割れた腹筋が露になって、小柄な少年はいつしか見事な細マッチョの美青年に……。



「「「「…………」」」」


 そう、サイズが合わない服はそのほとんどが破れさり、美しくも逞しいすっぽんぽんが少女達の目の前に現れたのであった。


 世界最大の魔障の地にして、世界最悪の危険地帯『ヴァナルガンド大森林』に、絹を裂くような少女達の悲鳴が木霊したことを知る者は誰もいなかった。




 ……レクトは別ってことで。




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