第32話 黒い影と白銀の魔力

 ルシアナはルーナに対する嫉妬ポイントを話した。 


 一つ目。ひたむきに努力する心。


 うちのスパルタメイドもいないのに自力で十位の試験結果を得られるなんて羨ましくて仕方がない。自分だったら絶対サボっているはずだ。


 二つ目。初めてのことにも気後れしない積極性。


 入寮初日、率先して挨拶に来てくれたのはルーナだけだった。後になって気付いたが、おかげで初日の緊張は大分解れていたのだ。自分にはなかったその心根がとても羨ましかった。


「そして三つ目。あなたの笑顔よ」


「私の笑顔……?」


「そう。優しくて柔らかくて、笑顔を誘う素敵な笑顔だったわ。何よりそれが一番羨ましいなって思ったの。私もあんな風に笑えたらなって」


「……そんなこと?」


「ええ、そんなことよ。でもね、私からすればルーナの嫉妬だって『そんなこと』なのよ?」


「ち、違うわ。だって、どれも大切なことで」


「ルーナが持っているものだってとても大切なものよ。代わりなんてないんだから」


「ルシアナ……」


「だからね、ルーナ。そんな泣きそうな顔じゃなくて、私が大好きで羨ましくて毎日見ていて飽きないあなたのいつもの笑顔を見せてよ。ね?」


 ルシアナはふわりと柔らかい笑顔を見せた。ルーナの心が解きほぐされていくように温まる。


「……うん」


 ルーナは笑った。涙を堪えて、ぎこちなく笑った。


(ルシアナを羨む気持ちは今もやっぱりなくせない。でも、それでも私は――)


「ルシアナ、私達、今度こそ……本当のお友達に……」


『――役立たずめ』


「――っ!?」


 ルーナが伸ばした手を取ろうとした瞬間、空間に亀裂が走った。

 残っていた黒い力が本当に尽きて、教室が元に戻ろうとしている。その隙を狙ったようにルシアナの背後から何者かの影が現れた。

 ハッと気づいたが既に遅く、黒い靄を纏った小柄な男が、黒い力で剣身を補った剣をルシアナ達へ向けて振り上げている姿が目に入る。


『使えぬ駒はいらない――死ね』


 そして剣が振り下ろされる。


「させないわ! 『流星撃シューティングスター』!」


 星を象った魔力の塊が剣に向かって飛び出した。

 剣筋は逸らされ、ルシアナ達は難を逃れる。


「クリストファー!」


「マックス!」


 息のあった掛け声とともに、クリストファーとマクスウェルが駆け出した。

 連携を取り、二つの剣閃が交差する。ルシアナ達の襲撃者、ビューク・キッシェルは軽やかに跳んで攻撃を回避した。


『……』


 虚ろな瞳がクリストファー達を静かに捉える。


『雑魚が、邪魔を……』


「その雑魚に何度も邪魔されているお前は何なんだろうな」


 相手を挑発するためか、クリストファーの口調が荒い。実際は、内心で冷や汗をかいていた。


『弱者が。この我に勝てると本気で……が?』


 言葉の途中で、ビュークの動きが止まる。

 大きく目を見開き、呼吸が荒れる。

 ビュークはグッと胸を押さえると、誰にも聞こえない声量でこう言った。


『もう、誰かの言いなりになるなんて……まっぴらだ』


 ルーナによる外からの圧力を失ったビュークは、残滓の魔王の力に抗って暴走状態となった。全身に黒い魔力を纏い、雄たけびを上げて元に戻った教室の窓から勢いよく飛び出してしまう。

 あまりに突然の事態にしばし呆然としたクリストファー達だったが、すぐに正気を取り戻すとビュークの後を追った。





 しかし、結局それ以降、彼らはビュークを見つけることができなかった。












 『通用口オヴンクエポータ』によってレクトを学園に連れて来ることに成功したメロディは、二人で校舎の方へ走り出した。ほどなくしてマイカの後ろ姿を捉える。


「マイカちゃーん!」


「あ、メロディ先輩! それにレクティアス様も」


 マイカと合流し、アンネマリー達の協力が得られたことを知って安堵していると、メロディは校舎の方から何か黒い物体がこちらへ飛んでくる光景を目にした。


「二人とも離れろ!」


 三人の前に転がり落ちてきたものは、黒い靄のような異様な塊。そして中に人影が見える。

 まさか、あそこにいるのは……。


「もしかして、ビューク・キッシェル!?」


 マイカの叫びに呼応するように、黒い靄が暴れ出す。


「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああ!」


 黒い靄、魔王の残滓に覆われたビュークは、錯乱状態に陥っていた。本能的な魔王の復讐心と、誰の命令にも従いたくない心が反発し合い、ビュークの心身を苦しめ狂暴化させているのだ。


「うがあああああああああああああああああ!」


「ちっ!」


 近くにいたメロディを襲おうと、ビュークの腕が伸びる。レクトはそれを鮮やかな剣技で牽制し、メロディから距離を取らせた。ビュークの真正面に立ち、メロディには近づかせない。

 叫び声とともに異常な怪力で責め立てて来るビュークを、レクトは持ち前の技量を駆使して互角以上の戦いに昇華する。


 だが――。


「ぐっ、重い……!」


 攻撃をするにも受け流すにも限度がある。残滓とはいえ魔王の魔力を宿したビュークの怪力は、想像以上にレクトへの負担が大きかった。あまり長く闘い続けられないかもしれない。

 メイドとして護身術を身に着けているメロディだが、この戦いを前にしてはとても割り込むことはできそうにない。もちろん護身術すら会得していないマイカなど言うまでもないだろう。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!」


「はあああああああああああああ!」


 だが、いつまで均衡が保たれるか分かったものではない。二人でおろおろしつつも、何かできることはないかと考えあぐねいていた。そして、マイカがあることに気が付く。


(これって、ビュークの攻略シーンなんじゃないの!?)


 ゲームでは、物語の後半でビュークが魔王から解放されるシナリオが発生する。その際、ビュークは今のように精神を錯乱させ、暴走状態でヒロイン達に迫ってくるのだ。

 ゲームだと、戦闘パートに移り、闘いに勝利することでビュークの解放スチルをゲットできるようになるのだが、そのためには――。


「レクティアス様! 彼の手から剣を放してください!」


 必要なのはビュークが剣を手放すことで魔王の魔力との繋がりを断ち切ること。そして、聖女の銀の魔力で体内に残留している魔王の力を浄化するのだ。


「そうしたいのはやまやまなんだが、なっ!」


 ビュークを上回る速度と剣技をもって剣を奪おうとするが、余りある怪力と鎧のように硬い魔力の壁に遮られ、思うように事を運べずにいた。


(このままじゃダメだ。せめて、何かで彼の気を引くとかしないと。でも、何を……あ!)


 マイカはメロディを見た。


 そうだ、ここにあるではないか、魔王の気を引く銀の魔力が。


「メロディ先輩、魔法でビュークの気を引いてください。それはもうドカンと!」


「ド、ドカン? えっと、何の魔法を使えば……」


「何でもいいです。こう、メロディ先輩の魔力をグッと込めて空に解き放つ! とかでもいいので、とにかく少しでいいので奴の気を引いてください。メロディ先輩の魔法ならきっと食いつくはず」


 だって聖女だし!


 マイカに急かされて、メロディは右手を空へ掲げると――。


「えいっ」


 自重という言葉をすっかり忘れて、人が二、三人くらいは余裕で入れそうな可視化された銀の魔力の大玉を、何気なくポコッと生み出した。



 それは圧倒的な魔力。



 メロディを除く全ての者の動きがピタリと止まる。



 唯一の救いは、その魔力に明確な意志が宿っていないことだろう。

 あれで攻撃でもされたら……どこぞの子犬の絶叫が聞こえてきそうである。


「あとはこれを、空に打ち出せばいいのよね? はっ!」


 ドピュンッ! メロディは銀の大玉を空に向けて勢いよく射出した。おそらく、最初から目にしていなければあまりに速過ぎて目視できなかったのではないだろうか。

 多分二十九.九万キロメートル毎秒くらいの速さだったので。ちなみに光の速さは約三十万キロメートル毎秒らしい。



 ……おそらくこの場にいた者達以外の目に留まることはなかっただろう。



 だが、目的は十分に果たされた。大玉が生み出された時点でビュークは隙だらけになったのだから……これでレクトがちゃんと動けていれば完璧だったのではあるが。


「レクトさん、剣を!」


「え? ……はっ!? ていっ!」


 放心しているレクトを見て、思わずメロディが声を上げた。それによってビュークも意識を取り戻したが、名前を呼ばれたレクトの方がほんの少しだけ初動が速かった。



 レクトの剣がビュークの剣を弾き飛ばした。



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