第30話 悲劇を起こさぬために
「お、お初にお目にかかります。ご無理を聞いてくださり、誠にありがとうございます」
「ええ、よろしくてよ。今お茶を淹れさせますからどうぞ席に座ってちょうだい」
「ありがとうございます。ですが、あまり時間がないかもしれないんです。申し訳ないのですが、早速本題に入らせていただけないでしょうか」
「……そう、構わなくてよ」
アンネマリーの部屋に、三人の転生者が集った。
前世・朝倉杏奈のアンネマリー。
前世・栗田秀樹のクリストファー。
そして前世は秀樹の妹、栗田舞花のマイカ。
そしてアンネマリーとマイカは互いに顔を突き合わせている。
……だが、お互いがその事実に気付くことはない。
そしてマイカはルーナの件を説明した。
「ルシアナお嬢様からは部屋で待つように言われたのですが、とても心配で」
メロディは一つの選択をした。ルシアナを待つのでも、ただ追い掛けるのでもなく、周りに助けと求めるという選択肢を選んだのだ。
マイカはその一つとして、上位貴族寮の上階にいるアンネマリーに助けを求められないか聞いて来てほしいと頼まれたのであった。
(でも、アンネマリー・ヴィクティリウムってもっとおバカキャラじゃなかったっけ?)
メロディが転生者だと確証を得られなかったせいだろうか。
この時のマイカは他の転生者の可能性を失念していた。
そんなことを考えていると、バッとアンネマリーが立ちあがる。
「クラリス。わたくし、ちょっと校舎に出掛けてまいりますわ」
「お供はお付けしますか?」
「不要です。それと……緊急事態のようですので早急に対応してくださいませ」
「そのようだね」
応接室の扉が開き、そこから制服姿の美しい男性が姿を現す。
「お、王太子殿下! ど、どうして女子寮に!?」
クラリスが驚きの声を上げた。マイカもびっくりである。
「こ、このようなこと、正式な婚約すらまだですのに許されることではありませんわ!」
「クラリス」
アンネマリーの鋭い視線が刺さり、クラリスは言葉を失った。
「……わたくしが何を求めているか、分かりますわね」
しばらく硬直していたクラリスは、緊張気味にそっとカーテシーをしてみせる。
「承知いたしました。このことは、死ぬまで秘密にいたします」
「ありがとう、クラリス。……マイカさんもお願いしますね」
「は、はい!」
これが上級貴族! あまりの迫力にマイカは背筋がピンと伸びる思いであった。
「さて、戦闘になりそうだね。悪いが、少しばかり分けてもらって構わないかな」
「ええ、構いませんわ。お好きにどうぞ」
どこから取り出したのか、クリストファーは銀の短剣を手にしていた。そしてそれを高く掲げると、呪文を詠唱する。
「万物よ、我に従え『
応接間に置かれていた銀の装飾の数々が形を失ってクリストファーの短剣に集まってゆく。それから数秒後、銀の短剣は見事な銀の剣へと進化した。
その光景をマイカは瞳をキラキラさせて見入っていた。
(凄い凄い! 王太子クリストファーにこんな設定ってあったっけ? でもうちのお兄ちゃんと違ってメッチャカッコイイ!)
まさかご本人様だとは、とても気付けまい。顔が違うのだよ、顔が。
「それでは先に行くよ」
「私も準備を整えて追いつきますわ。ついでにマクスウェル様も巻き込んでくださいまし。戦力は多いに越したことはありません。おそらく今日も生徒会室にいるはずですわ」
「了解!」
応接間の大きな窓が開けられた。
だが、そんなところを開けて何を――。
「えええええええええええええええええええっ!?」
マイカは叫んだ。だって王太子が三階の窓から飛び降りたのだから。
「嘘でしょ!? ……嘘っ!? 空を蹴ってる!」
慌てて窓に駆け寄ったマイカは、空中を蹴って降下するクリストファーの後ろ姿を見た。
(う、うちのお兄ちゃんとは大違いじゃないのよ!)
何度も言うがあなたのお兄ちゃんである。ただ、顔が違うだけなのだよ、顔が!
「わたくしも準備できましたわ。では、後はお任せくださいな、マイカさん」
そう告げるアンネマリーは普段着から制服姿に着替えていた。そして彼女も窓へ近づいて。
「我が身に軽やかなる足取りを『
一瞬だけ圧縮した空気を足元に配置することで軽やかな跳躍を可能にするアンネマリー達のオリジナル魔法だ。三次元的な高速機動が求められる時、大変重宝する魔法である。
アンネマリーもまた三階の高さを軽々と駆け抜けていった。
(何あの二人。メッチャ規格外なんだけど。メロディ先輩が頼るわけだよ……て、いけない!)
マイカはクラリスにお礼を言ってアンネマリーの部屋を後にした。
そして走り出す。ルシアナがいるであろう、校舎の方へ。
(きっと向こうにはあの子が、ビューク・キッシェルもいるはず!)
思い出されるのは先日の邂逅。黒い魔力に苦しんでいたビューク。
それはつまり……。
(ビュークは、魔王と同調できてないんだ。だったら、できるかどうか分からないけど……)
――助けてあげたい。今度は、私が!
マイカは校舎に向かって全速力で駆け抜けるのであった。
「まったく。君達は俺を何だと思っているのかな?」
「最高の親友だと思っているさ、友よ!」
「とても頼りに思っておりますわ、マクスウェル様」
そう言われては苦笑するしかない。生徒会室から半ば無理矢理連れ出されたマクスウェルは、クリストファー、アンネマリーとともに一年Aクラスの前に来ていた。
だが、中に入ろうにもなぜか扉を開くことができない。
「これは、結界が張られている? 殿下」
「ああ。銀剣よ!」
クリストファーは銀の剣に魔力を流して教室の扉を勢いよく突き立てた。だが、扉の表面に紫電が走り、鉄よりも硬い感触の黒い壁が現れ、剣が押し戻されてしまう。
「ちっ、やはり結界が」
「もう、闘いは始まってしまっているんだわ。ルシアナさん……」
思わず出た二人の呟き。だが、それをマクスウェルは聞き逃さなかった。
「……君達は随分この状況を理解しているようだね。残念だよ、幼馴染の俺に隠し事だなんて」
転生者ではないマクスウェルに理解してもらうことは難しいとして、二人は魔王や聖女のことを彼に話したことはなかった(ただし、クリストファーの発作的発言は除く)。
だが、ここに来て魔王が現れた今、彼の助けを借りるなら説明は避けては通れない。
「これが落ち着いたら、近いうちに必ずお話しますわ。だから……」
「はぁ、仕方ないですね。今はこちらに集中します。ですが、必ずですよ」
「ああ、これ以上親友に嘘はつかないさ。……おい、結界が!?」
教室を覆っていた黒い壁一面に突然、白銀の亀裂が走り始めた。亀裂は収まらず、拡散し、結界の力を根こそぎ奪っていく。
「何があったんでしょうか?」
「原因は分からないがチャンスだな」
「……お二人とも、結界に入ったらまずは中にいる人達の保護を最優先にしてください」
(ゲームの中ならいざしらず、この世界では絶対にルシアナちゃんのような悲劇は起こさせない)
「結界が壊れた! 行くぞ!」
クリストファーの掛け声とともに、アンネマリー達は教室へ飛び込んだ。
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