第29話 彼女の選択肢
「メロディ先輩、ちょ、茶葉が!」
「え? ――ああっ!」
ルシアナを待つ間、気持ちを落ち着かせるべく紅茶を淹れようとしていたメロディ。
しかし、注意力散漫と言うか気もそぞろというか、メロディは茶葉をポットではなく床にばら撒いていた。
「うう、なんて勿体ないことを」
メロディはごみ箱へ紅茶を捨てる。そしてマイカはふと思いついたことをポツリと呟く。
「そういえば、茶葉って掃除に使えるんじゃなかったでしたっけ?」
「え? ――ああっ!」
その事実を思い出したが、他のごみと混ざってしまい、もう茶葉を集めることはできない。
(なんか、本当にダメメイド……いや、『駄メイド』になっちゃってるな、ヒロインちゃん)
ルシアナに『不要』と言われたことは相当精神的にキテいるらしい。
何をやってもミスを連発し、その姿はまるで前時代のポンコツヒロインのよう。
とはいえ、マイカもルシアナのことは心配していた。
(もしかして今日のこれって、ボス戦なんじゃ……)
状況的にルーナ・インヴィディア伯爵令嬢が『嫉妬の魔女』である可能性が非常に高い。それを代役ヒロインに選ばれたであろうルシアナが真偽を確かめに行くというのは、シナリオ的には嫉妬の魔女事件の最終局面に相当するはずだ。
真犯人を突き止め、ヒロインが中ボスである『嫉妬の魔女』に真実を突きつける。そして、それが白日の下に晒された時、ヒロイン対嫉妬の魔女の戦闘パートが始まるのだ。
だから、本来ならルシアナにはメロディを同行させるべきだったのだが……ルシアナの意志は固く、そして不要と告げられたメロディのメンタルは想像以上にボロボロになっていた。
「きゃあああああ!」
ただ歩いていただけなのに、メロディは自分のスカートの裾を踏んですっ転んだ。
お屋敷でメロディの魔法を見てきたマイカは、彼女のレベルが既にカンストかそれ以上の実力に達していることには気付いていた。何をやったらああなるのか本当に不思議だが、それゆえにルシアナがメロディの同行を断ってもあまり強く反対しなかったのである。
正直、ルシアナの制服にかけられた守りの魔法があれば彼女は多分全然無事だろう。
だが、問題はルシアナに攻撃手段がないことだ。これでは戦闘に決着をつけられない。
ルシアナは確かに今回ヒロイン的立場にある。
だが、本当のヒロインはやはり、今マイカの目の前ですってんころりんしている駄メイドなのだ。
本物のヒロインがここにいるのに、物語は正しくハッピーエンドを迎えられるのだろうか。
本当にただの直感に過ぎないが、今、マイカにはメロディが選択肢の前で立ち往生しているように感じられた。前に進むことも後ろに下がることもできずにすってんころりんしているのだ。
……このままではダメだ。ヒロインには、選択肢を選んでもらわないと!
腰をさすりながら立ち上がるメロディの前にマイカはやってきた。
「どうかした、マイカちゃん?」
「メロディ先輩、これからどうするんですか?」
「どうするって、お嬢様はここで待つように仰って……」
「そうですね。ルシアナお嬢様はその選択肢を提示しました。ですが、メロディ先輩はまだそれを選んでいません。もう一度聞きます、メロディ先輩はこれからどうしたいんですか?」
何やらマイカの強気な態度にメロディは気圧されてしまう。
いつものマイカちゃんじゃない?
「でも、お嬢様は……」
「私が聞いているのはメロディ先輩がどうしたいかです。お嬢様はここで待っていてほしいと言いました。メロディ先輩はそれを受け入れて待ち続けるんですか? それとも、やっぱりお嬢様が心配だからと後を追いかけますか? それとも、他に選択肢が?」
「私の、選択肢……?」
(きっと、誰がどんな役につくことになったって、メロディ先輩のポジションは変わらないんだ。聖女の力を持つこの人はメイドをしようが何だろうが、どこまでいってもヒロインで、シナリオがハッピーエンドになるかバッドエンドになるか、全てを委ねられているのはこの人なんだ!)
何の根拠もないのに、なぜかそれが真実のように感じる。
(メロディ先輩が選ばなければきっと何も始まらないし、何も終わらない。だから……!)
「メイドとして、ルシアナお嬢様のために何がしたいんですか、メロディ先輩!」
「お嬢様のために……メイドとして……」
「さあ、メロディ先輩。あなたの選択肢を選んでください!」
「……私は――」
メロディが選んだ選択肢。それは――。
本日、王立学園は休日であり、そこの臨時講師を務めるレクトも今日は自宅で寛いでいた。
「旦那様、今からこの部屋を掃除するので出て行ってください」
「掃除のためとはいえ主を追い出すメイドとはどうなんだ、ポーラ」
レクトの屋敷のオールワークスメイド、ポーラは掃除道具を手に仁王立ちしていた。
「はいはい、どこぞのお母さんみたいなこと言わせないでください。さっさとどく!」
「お前のその性格は気楽で貴重だとは思うが、もう少しだけ主を敬う心をだ……な?」
「……なんか、突然現れましたね。何でしょう、これ」
言い合う二人の目の前に木製の簡素な扉が唐突に出現した。
そしてそれが開かれると――。
「突然失礼します、レクトさん。細かい説明はしてられないんですけど、助けてください!」
「あら、メロディ。いいわよ、好きに持ってっちゃって。頑張ってくださいね、旦那様」
「え? あ? 何がだ? ちょ、ま、手、手を引っ張るな、メロディ! 自分で歩けるから!」
「行ってらっしゃいませ~。ふぅ、これでゆっくり掃除ができるわね!」
メロディに引っ張られてレクトは扉の向こうへ消えた。動じないポーラは掃除を始める。
メロディは助けを呼ぶことを選択した……いろんなところから。
学園が休日であるにもかかわらず、アンネマリーは学生寮の寝室にて事件の情報を整理していた。クリストファーも一緒である。
「お前が犯人候補と睨んでいたランクドール公爵令嬢は、なんと悪役令嬢、つまりお前の役を代行していたってことか?」
「彼女が『水浸し事件』で発言した内容を考慮すればね」
有力候補だったランクドール公爵令嬢オリヴィアは白である可能性が高い。
では、一体誰が『嫉妬の魔女』なのか。
おそらく魔女の力の影響で、クラスメイトの多くはルシアナを犯人だと思い込んでいる。
(確か、ゲームでは黒い雨が降って学園全体が軽い洗脳状態にあるのよね。対抗するには一定以上も魔力が必要。だから、魔力の高い者が多い学園上層部は慎重論を唱え、逆に魔力の低い者が多い一般職員や学生達はルシアナちゃん犯人説を簡単に支持した。でも、オリヴィアだって魔力は高いはずなのに。……魔王の力関係なく素でルシアナちゃんが嫌いってこと?)
シナリオに沿った形で考えるなら『嫉妬の魔女』は一年Aクラスにいることになる。
アンネマリーはクラス名簿に改めて目を通した。
目撃証言から犯人は金髪である可能性が高い。そして水魔法を行使できる。それでいて、代役ヒロインを貶めたいと思うだけの、ルシアナと深い人間関係を築いている人物。
そう、何よりも大切なのは犯人が『嫉妬の魔女』であり、ヒロインを妬んでいるという事実。
それは髪の色だとか魔法が使えるかなどよりも重要なピースだ。ヒロインに、この場合はルシアナに嫉妬したからこそ魔王に魅入られ、彼もしくは彼女は『嫉妬の魔女』となるのだから。
そうやって名簿確認していくと……アンネマリーの指先が、とある人物の前で止まった。
「……ルーナ・インヴィディア」
(確か、ルシアナちゃんとはクラスで一番仲が良かったはず。事件でも毎回彼女はルシアナちゃんを擁護していた……けど)
改めて思い返してみると彼女の発言は……。
(墓穴を掘っていることが多かったような……気のせいかしら?)
「何だ、アンナ。ルーナちゃんが気になるのか。まあ、少女漫画とかだと定番だよな。入学時から仲の良かった子が実は主人公をいじめる奴らのリーダーだったとかよ。『あんたのことなんて最初から大嫌いだったのよ!』とか何とか言ったりしてさ」
まあ、漫画の話だよな、と冗談めかして語るクリストファーだが、案外バカにできないかもしれないとアンネマリーは思った。女子ってやるときゃ本気で陰険だしね、と内心で納得する。
そうして悩んでいると、寝室の扉をノックする音がした。
侍女のクラリスが扉の向こうから声を掛けた。
「お嬢様、お休みのところ申し訳ございません。少しよろしいでしょうか」
「どうかしたの、クラリス」
「ルトルバーグ伯爵家のメイド見習いの娘がお嬢様へお目通りを求めておりまして」
「メイド見習いの子が? ルシアナさんがではなくて?」
「はい。何でも向こうのお嬢様のことで大切なお話があるとか」
「ルシアナさんのこと? ……分かったわ。お通ししてちょうだい」
アンネマリーは無言で天井を指差し、クリストファーに隠し通路に身を潜めるよう指示する。そして応接間を整え、アンネマリーはメイド見習いの少女、マイカと顔を合わせた。
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