第26話 一方的な犯人扱い
「どうしたの!?」
ビュークの急変にマイカは慌てた。
メロディも診察をすべくビュークに近づこうとした時、彼の身体から黒い靄のようなものが薄っすらと溢れ出した。
驚いて触れようとしていた手を引っ込めるメロディ。その隙に、ビュークは物凄い身体能力でその場を跳び上がった。一回の跳躍で建物の屋根に辿り着くと、ビュークはそのまま姿を消してしまうのであった。
「今のは、何だったのかしら……? あの子は一体……」
訳が分からずビュークが消えた建物を呆然と眺めるメロディだったが、傍らにいたマイカだけは正確に認識していた。
(可視化できるほどの黒い魔力。それにあの紫の髪……そんな。じゃあ、彼がビューク・キッシェルなの!? ああ、言われてみれば確かにあの顔、小奇麗になってて分かりにくかったけど、確かにあれは第四攻略対象者ビューク・キッシェルだった。もう、何で最初から気付かないのよ、私!)
結局、逃げ去ったビュークを見つけることはできなかった。
そして、お昼休みも終わってしまったので、マイカは食堂に入ることができなかったそうな。
「もぐもぐ。美味しいです、メロディ先輩」
「ふふふ、お口に合ってよかったわ」
まあ、メロディが軽食を作ってくれたのでくいっぱぐれたりはしなかったが。そして、マイカが軽食を食べている間に使用人食堂での出来事が話される。
「ヴィクティリウム家のアンナさんですか?」
「ええ、私のお友達なの。今日は縁がなかったけど、また機会があれば紹介するわね」
「はい、お願いします」
(アンナさんか。もしかして、私と同じように転生した杏奈お姉ちゃんだったりして。まさかね)
二人の少女の運命は……まだまだ交差しないのであった。
一方、アンナは――。
「というわけで、メロディは相変わらず可愛いし、サーシャもしっかりもので頼もしかったわ! 男衆は……別にどうでもいいわね。ああ、また一緒にお昼ができないかしら。ふふふ」
「……で、そんな感想を聞かされる俺はどうすればいいわけ?」
「うっ」
その日の夜。アンネマリーの潜入捜査の結果を聞かされたクリストファー。大変呆れ顔である。
「だ、だって、彼女達にも事件の話を聞いたけど、新しい情報なんて得られなくて。そしたらもう後は彼女達との会話を楽しむくらいしかできることなくて、その……」
「……お前ってホント、美少女に弱いのな」
「ぐぬぬぬ」
アンネマリーの真剣度はどこまでなのだろうか。クリストファーはため息を佩くのであった。
さらにもう一方。サーシャの方は――。
「お嬢様、今日の学園はいかがでしたか?」
「やっぱりまだクラスの雰囲気がギスギスしていて大変ね」
鏡台の前でサーシャに髪を整えてもらいながらルーナはため息交じりに答える。
「そうなんですか。ルトルバーグ家のお嬢様も大変ですね。ヴィクティリウム家も使用人を使ってまで色々手を打っているようですけど成果は出ていないようですし」
「使用人を使って?」
「ええ。今日、ヴィクティリウム家のメイドの子をお昼を一緒したんですよ。彼女、どうもアンネマリー様の指示で事件について調べているそうで、私も可能な範囲で協力はしたんですけど」
「まあ、そんなことが。アンネマリー様には頭が上がらないわ。ねぇ、サーシャ。よかったらもう少し詳しく教えてくれる? 私も興味があるわ」
「ええ、構いませんよ」
サーシャは今日の出来事を殊の外明るく語った。最近、彼女の主はルシアナのこともあって気落ち気味だったので、少しでも元気になってくれればと思ったのだ。
そうして、この日食堂で出会った彼女達の夜は静か(?)に過ぎていくのだが……。
この翌日、とうとう第三の『水浸し事件』が起きたのである。
それは七月第三週六日目の昼休みに起こった。
昼食を終えたルシアナとルーナは、中庭の木陰に設置されたベンチに座って穏やかなひと時を過ごしていた。
ルーナは昨日サーシャから聞かされたアンナというメイドの話をルシアナに聞かせた。
実はルシアナもメロディから聞いていたのだが、話す人間が変わるだけで不思議と違う話のように感じられ、思った以上に新鮮な面持ちで聞くことができた。
「さすがは『完璧な淑女』と謳われるアンネマリー様ね。そんなところにまで気が回るなんて」
「本当にそうよね。ルシアナも負けずに頑張ってね。私にできることなんて高が知れているけど、私も応援し……あ、いけない」
「どうしたの?」
「うっかりしていたわ。図書館で借りた本の返却期限が今日だったこと、すっかり忘れてたの」
「そうなの? 何て本?」
「え? えーと……『子供のための初めての魔法基礎』って本よ。ほら、前にルシアナが勧めてくれたでしょ」
「ああ、あれね。私はちゃんと読む前に魔法が使えたから結局借りなかったけど」
「分かりやすいって話だったから読んでみたのよ。まあ、いまだに魔法は使えないけどね」
「うーん、それは残念。で、その本を返しに行くの? 放課後は忙しいし今行ってきたら?」
「……そうね、悪いけどそうさせてもらうわ。戻るのが遅かったら先に教室に戻っていて」
それからしばらく、静かにルーナの帰りを待った。
風が吹き、木の葉の揺れる音が耳に心地よい。
気持ちのよい風を受け、うっかりしていると眠ってしまいそうになる頃、ルーナが帰って来た。
「お待たせ、ルシアナ。間に合ってよかったわ」
「思ったより早かったね。でも、おかげでうたた寝せずに済んだわ」
「今眠ってしまうと午後がきついものね。そうだ、もうすぐ期末試験でしょ。それで――」
「ルシアナ・ルトルバーグ!」
平穏を打ち壊すような怒声が中庭に響いた。
やってきたのはクラスメイトの一人。もともとルシアナをあまり快く思っていなかった男子生徒だ。
「とうとうしでかしてくれたな、ルシアナ・ルトルバーグ!」
「しでかしたって、何のことですか?」
「黙ってついて来い!」
「きゃっ!」
「ルシアナ!?」
男子生徒はルシアナの腕を掴み、強引に彼女を引っ張り、ルシアナの意思も無視して彼女を無理やり教室へ連行していった。
教室に辿り着くとほとんどのクラスメイトが揃っていた。そしてルシアナへ向けられる視線の多くに、疑惑以上の敵意を感じる。明らかに昨日までとは異なる雰囲気だ。
「あの、一体何があったんですか?」
周囲の雰囲気に気圧されたルシアナに代わって、ルーナが状況を問うた。
そしてその内容をまとめると――。
「何者かがアンネマリー様に頭から水を掛けたということですか!?」
「白々しい! 犯人はお前だろうが!」
先程の男子生徒が物凄い剣幕でルシアナを責める。
昼休み、生徒会の用事を終えて教室に戻る途中、何の前触れもなくアンネマリーの頭上から水の塊が降って来たのだそうだ。その場にはクリストファーやマクスウェルもいて、周囲にも目撃者が何人もいたらしい。
現場はルシアナ達がいたのとは別の中庭で、教室に戻る前に立ち寄った矢先に上階の建物から狙われたものを思われる。
目撃者によると事件直後に窓から逃げるように揺れ動く金色の髪が目に入ったのだとか。
急いでその教室に向かったが室内はもぬけの殻だったらしい。
「まさか、それでルシアナが犯人だって言うつもりですか?」
「こんな真似をするのはこいつくらいしかいないだろうが!」
「いくら何でも横暴過ぎます! 第一、ルシアナは昼休みの間ずっと私といました」
「本当にずっと一緒だったのか。少しの時間も間違いなく?」
「そ、それは……図書館に本を返すために少しだけ席を立ちましたけど、でも……」
「ほら、やっぱりアリバイがないじゃないか!」
「そ、そんな……だって、それは単なる状況証拠で……」
男子生徒の迫力に、ルーナが言葉に詰まる。明確な証拠があるわけでもないのに、クラスメイトのほとんどがルシアナを犯人だと決めつけていた。
「皆さん、憶測だけで犯人を決めつけるものではありませんわ」
「アンネマリー様!」
身だしなみを整え終えたアンネマリーが教室に戻って来た。
その後ろにはクリストファーとマクスウェルも同伴している。ルシアナとルーナ、それを取り囲むような周囲を見て、アンネマリーは大体の事情を察した。
「皆さん、先程も申し上げた通り、憶測で誰かを責め立てるのはおやめください」
「ですが……」
「第一、ルシアナさんが犯人だとして、どうやってわたくしに水を掛けるというのです。バケツに汲んだ水を投げかけるのですか? そう簡単にできることではありませんわ。これを実行するには水を操る魔法を使ったと考えるのが妥当でしょう」
アンネマリーはルシアナが犯人だとは当然考えていない。だからこそ、彼女を弁護した。ルシアナは魔法が使えない。この点からアプローチしようと考えていたのだが……。
「水の魔法で三階から私を狙えなければこの犯行は不可能で――」
「確かにルシアナは水の魔法を使えますけど、三階から狙い撃つなんて無理ですよ!」
しばし、教室にしんと静寂が訪れる。
「……ルシアナさん。あなた、魔法が使えるの?」
「え、あ、えっと……はい。でも、一度に出せる水の量はせいぜいティーカップ一杯ぶ――」
「やっぱりお前が犯人なんじゃないか!」
「えっ!? いや、だから違っ」
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