第24話 アンナとマイカ

 学園でのアンネマリーの捜査は行き詰っていた。


 生徒会役員として学園側の検分記録を確認したり、それとなく生徒への聞き込みをしてみたものの大した成果はなく、聞こえてくるのはルシアナへの犯人疑惑の噂ばかり。


 鉛筆とハンカチ。状況証拠というにはお粗末すぎる理由であるにもかかわらず、あっという間に広まった周囲の疑念。それは、あまりにも不自然だった。


 このままでは埒が明かない。そして、彼女は今回の変装捜査に踏み切ったのである。

 生徒、教師だけでなく、彼らと関わる使用人達から別視点の情報が得られないだろうか、と。


 どうにかやり繰りして作ったとある日の午後のフリータイムを利用して、メイド服に身を包んだアンネマリーことアンナは、例の隠し通路を使って学生寮へと踊り出したのである。


 そして意気揚々と歩き出したまではよかったが……。


「うーん、これはどうしようかしら?」


 昼休み。アンナがやってきたのは地下の使用人食堂だ。聞き込みには絶好の場所であるのだが、果たして一人で入って大丈夫だろうか?


「ここって、うちの使用人も利用してるのよね。バレないかしら?」


 今さらな心配である。まあ、彼女の変装は結構クオリティーが高いのでおそらくバレないが。


(せめて誰かと一緒なら目立ちにくいんだけど、『アンナ』が知り合いのメイドなんて……)


 思い浮かぶのはたった一人である。そう、アンナが知っているのはせいぜい黒髪の――。


「あれ? アンナさん?」


「え? メ、メロディ!?」


「わぁ、やっぱりアンナさんでした。あなたも学園に来ていたんですね」


 世界はご都合主義でできているらしい。アンナが唯一知るメイドの友達。メロディが現れた。

 彼女は両手を打ち鳴らし、アンナに笑顔を見せた。二人の再会は先日の王都散策以来。

 久しぶりの再会に、メロディだけでなくアンナまで嬉しくなり、しばし捜査のことを忘れてしまうアンナだった。


「久しぶりね、メロディ! 私が贈ったあの人形、大事にしてくれてる?」


「もちろんですよ。彼女は今日も元気いっぱいです。アンナさんはどうですか」


「私も戸棚に飾って大事にしてるわよ。……元気いっぱい?」


 まさか贈った人形がお屋敷でメイドをやっているなんて思いもよらないアンナであった。


「あれ、メロディ。知り合い?」


「へぇ、初めて見る子だね」


「……美人だ」


 食堂の入り口で話し込んでいると、後ろからサーシャ達がやってきた。


 メロディが仲介し、四人が互いに自己紹介をする。そして、サーシャが提案をした。


「ねぇ、よかったら私達と一緒に昼食をどうかしら。歓迎するわよ」


「ぜひお願いします!」


 願ってもない提案である。アンナはメロディ達と一緒に昼食を取ることとなった。


「よかった。それじゃあ、行きましょう……って、マイカちゃんは?」


「マイカちゃん?」


 アンナの心臓がドキリと跳ねた。『マイカ』と聞いて思い浮かぶのは、王太子クリストファーの前世、栗田秀樹の妹、栗田舞花のことである。乙女ゲージャンキー仲間の可愛らしい子だった。


(まさか彼女もこっちの世界に……って、あるわけないか)


 異世界転生するにしても同名であるはずがないし、こちらにいるということは不幸な死を遂げたということにほかならない。それはあまり、歓迎できることではなかった。


 ……まさかおばあちゃんになってから時代を遡って転生(?)してくるとは思いもよらないアンナである。


「メロディ、マイカちゃんって?」


「うちのメイド見習いの子です。私の後輩なんですよ。さっきまで一緒にいたんですけど、突然知り合いを見つけたからって飛び出して行ってしまって。追いかけようとしたんですけど、先に食べててくださいと言って、行ってしまったんですよ」


「そっか。ちょっと会ってみたかったな」


「ええ、次の機会があったら仲良くしてあげてください。頑張り屋で良い子ですから」


「へぇ、それは楽しみね」


 アンナとメロディは微笑み合い、そして五人は食堂の中へと入っていった。









 一方その頃。直前でメロディと別れたマイカはというと……。


「待ってー!」


「……」


「待ってってばー!」


 マイカは学生寮区画の路地を全力で駆けていた。


 彼女の前を走るのは、この世界に来て初めて会ったあの少年。


 身綺麗な従僕見習いの恰好をしているが、あの紫色の髪と死んだような目は簡単には忘れられない。

「待ってって、きゃあっ!?」


 だが、シスターアナベルに速いと称された彼女の脚力でも、追いつくどころかどんどん距離が広がっていく。懸命に走るが体力も限界に近づき、マイカは地面に足を引っ掛けて転んでしまった。


「うう、いたた」


 幸い、長いスカートのおかげで膝を擦りむきはしなかったようだが、痛いものは痛い。


 するとマイカの頭上に影が差し、小さな手が差し出される。見上げると、そこには初めて転生した日、マイカをスラム街から助け出してくれた少年の姿があった。


 マイカはまだ気づいていない。目の前の少年が、魔王の操り人形にして乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における第四攻略対象者、ビューク・キッシェルであることに。






 この出会いは、ゲームの世界にどのような影響を与えることになるのだろうか……?







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