第23話 ツッコミ転生メイド見習い少女マイカちゃん
休み明けの朝。いつも通り、ルトルバーグ一家は玄関ホールにて見送りを行っていた。
「それでは行ってまいります、お父様、お母様」
「気を付けるんだよ、ルシアナ。メロディ、マイカ。ルシアナを頼むぞ」
「「はい、旦那様」」
マイカのお願いは割とあっさり認められた。
とりあえず最低限の礼儀作法は習得済みであるし、何より今のルシアナにはフォローしてくれる人員は多い方がいいだろうという考えからだ。
「セレーナ、またしばらく一人になるけどよろしくね」
「お任せください、お姉様。グレイルとともに頑張りますわ」
「キャインッ!?」
玄関ホールの奥で、グレイルはブルブルと震えていた。
「本当に、私とセレーナはいつの間にかグレイルに嫌われちゃったわね。どうしてかしら?」
「私の前では普通なんですけどね。お二人とも何かしたんですか?」
「「さあ?」」
メイド三人組は不思議そうに首を傾げながら、怯えつつもこちらを見送るグレイルを見つめるのであった。
学園へ戻り、登校するルシアナを見送ると、メロディはマイカに向き直った。
「さて、それじゃあ、私達もお仕事を始めましょうか。覚悟はいい? マイカちゃん」
「はい、頑張ります!」
(よーし、仕事をしながら他のメイドさんと話をして情報収集しちゃうぞ!)
マイカは意気込んでメロディの後についていった。
……そしてあっという間にお昼となり。
「……ぜーんぜん他のメイドさんと会わなかった」
(学園にはたくさん使用人がいるからもっと簡単に知り合えると思ってたのに、当てが外れた!)
マイカは学園初日のメロディと同じ状況に陥っていた。
各使用人は主の部屋を中心に仕事をしているので、他家の使用人同士が接触する機会はマイカが思っている以上に少ない。そして数少ない出会いの場とされる洗濯場は言わずもがなである。
「マイカちゃん、食堂へ行きましょう」
「食堂……はい!」
(食堂ならたくさんの使用人がいるよね。メイドは噂話の宝庫だもの、きっと思いもよらない情報が舞い込んでくるはず。今度こそ頑張らなくちゃ!)
パッと表情を輝かせてマイカは食堂へ向かった。マイカの考えはある意味正しい。メイド同士の交流が深い者なら、何人かは情報通もいるはずだから。
だが、マイカはとても大切なことを失念していた。
――ザワリ。
一瞬のどよめき、そして静寂……かと思うと、喧騒が戻り……メロディ達が食堂へ入ると、そんな光景が目に入った。
「い、今のは何だったんでしょう?」
「多分、私がルシアナお嬢様のメイドだって知られてるから、じゃないかな?」
「えーと、つまり……遠巻きにされちゃった感じですか?」
「そういうことだと思う。もともと敬遠されがちだったし……」
困ったわ、と頬に手を添えてため息を吐くメロディ。その隣でマイカは内心で絶叫していた。
(のおおおおおおおおおお!? それじゃあ情報収集なんてできないじゃないのよ!)
またしても当てが外れたマイカ。ルシアナの噂の影響が自分達にまで及ぶことを計算に入れていなかったようである。といっても、普段通りといえば普段通りなので噂は関係ないともいえるが。
「今日はサーシャさん達も見当たらないなぁ」
「ぐぬぬぬぬ」
結局、今日は二人だけで昼食を取ることとなった。
マイカの情報収集、達成率ゼロパーセント。
昼休みも終わり、午後の仕事が始まる。マイカはメロディに確認した。
「午後からは選択授業の助手をするんですよね? 私もついていって大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。レクトさんにはちゃんと許可を取ったから」
「そうですか。それはよかっ……レクトさん?」
(何だろう、とっても聞き覚えのある名前なんだけど……)
思い浮かぶのは赤い髪と金色の瞳の美青年。
いやいやまさか、とマイカは頭を振って否定する。
(だって彼はヒロインちゃんの護衛騎士だもの。それがどう転んだら学園で『騎士道』の臨時講師なんて……ヒロインちゃんのそばにいる、騎士?)
何だかとても嫌な予感がするマイカ。そしてそれは悲しくも的中してしまうのだった。
メロディが執務室の扉をノックすると、一人の男性が二人を出迎えてくれた。
その姿はどこからどう見ても乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』の第三攻略対象者、レクティアス・フロードその人で……。
「ああ、よく来てくれた、メロディ」
「はい。今日もよろしくお願いします、レクトさん」
名前を呼ばれたレクトはほんのり頬を赤らめてメロディを見つめた。
いや、これ、どう見ても……。
(なんでやねん! 完全に攻略済みやんけ! ヒロインちゃん、あんた、メイドやってたんちゃうの!? ヒロインやらんといてなんでキャラクターは攻略済みやねん! ホントなんでやねーん!)
関西人でもないのに、マイカは内心ではエセ関西弁によるツッコミが響き渡るのであった。
「メイド見習いのマイカと申します。よろしくお願いします」
だが、内心のツッコミを隠しながら、マイカはレクトへ挨拶をした。セレーナによる指導の賜物である。
「よろしく頼む。メロディ、よく見てやってくれ」
「はい、レクトさん」
ニコリと微笑むメロディは、レクトと親しげな様子だ。まさか既に付き合っているのかと勘繰ってしまうが、どうも違うっぽい。
(これは、レクトさんの片想いかな? メロディ先輩って恋愛よりもメイドって感じだし)
マイカはメロディのことを的確に理解しているようだ。そんなことを考えていると、レクトが執務机に置いてあった本を手にしてソワソワと落ち着かない態度を取り出した。
「どうかしましたか、レクトさん?」
「……メロディ。その、これを」
レクトが一冊の本を差し出した。疑問符を頭に浮かべながらも、メロディはそれを受け取る。そしてそれが何の本であるかに気が付いた。マイカも覗き込んで本のタイトルを知る。
「『子供のための初めての魔法基礎』?」
「レクトさん、これって……」
「その、以前図書館へ言った時、それを目にしたと言っていただろう。委任状で借りても構わないと言ったが、メロディは結局借りなかったから、その、俺が代わりに借りたんだ」
それはルシアナの魔法の訓練の役に立つかもと、以前レクトの資料探しで図書館を訪れた際に目にした本だった。その日、図書館から戻った際に話題にしたのだがレクトは覚えていたらしい。
傍から見ればとてもピュアで甘酸っぱい現場に遭遇したようにも感じるが……。
「……メロディ先輩、ルシアナお嬢様ってもう魔法使えますよね?」
「う、うん……」
レクトに聞こえないよう小声で話し合う二人。
正直、もう必要のない本であった。それどころかメロディは図書館でパラパラページをめくっている間に大体を覚えてしまったので、無理に借りなくてもよかった品である。
(典型的なサプライズプレゼントの失敗例だよね……)
メロディの手にある本を見つめながら、マイカはそんなことを思った。ましてプレゼントですらなく、図書館の本を借りてきただけである。自分が彼女だったら絶対に文句を言うと思っていたが、メロディはそうでもないらしい。
「レクトさん、ありがとうございます。せっかくですから読ませていただきますね」
「ああ。結構古い本でもう絶版しているそうだ。あの図書館でもこれ一冊しか取り扱いがないらしくて、ある意味貴重な本だから失くさないよう気を付けてくれ。あと、返却期限は一週間だ」
「分かりました」
レクトの気持ちが嬉しかったようだ。メロディは偽りのない笑顔を浮かべて礼を言った。そして恥ずかしさのあまり、赤面してプイッとメロディから顔を逸らしてしまうレクト。
(いややわー。レクトさんってこんなにピュアピュアなキャラやったのー!? ゲームでは一途な堅物キャラやったのにー! 新解釈!)
マイカは再び内心でエセ関西弁のツッコミを口にしてしまうのであった。
乙女ゲームを攻略すべくやってきたことは間違いないのだが、まさかメインシナリオではなく恋愛パートに遭遇することになるとは。
とりあえず、マイカの学園初日は何の成果も上げられなかったといえるだろう。だがしかし、この日彼女が持参した手帳には何やらびっしりと書き込みがされていたとかいないとか。
こればっかりは乙女ゲージャンキーの性である。どうしようもないのである。
そんな感じで数日が経った頃――。
上位貴族寮にあるアンネマリーの寝室では、一人の少女が姿見の前で身だしなみを整えていた。だが、どうも本人ではないらしい。なぜなら少女はメイド服に身を包んでいるから。
「さすが私。変装は完璧ね!」
違った。やっぱりアンネマリーであった。
真紅から赤銅色に染められた髪はポニーテールにまとめられ、眼鏡をかけている。ナイスバディを隠すために胸にはさらしが巻かれ、ボーイッシュなナチュラルメイクを施すことで普段の妖艶な美貌は鳴りを潜めていた。
アンネマリー改め、平民少女『アンナ』ちゃん降臨である。
「よーし、それじゃあ、メイドとして情報収集を始めるわよ!」
どこかのメイド見習いと同じようなことを考える少女が、ここにもいるのであった。
……結果を語る必要は、あるのだろうか?
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