第22話 マイカのお願い
「お嬢様、学園の件はご両親に伝えないのですか?」
「……うん。伝えてどうにかなるものでもないし、余計な心配は掛けたくないもの」
「お嬢様がそう仰るなら従いますが……無理はしないでくださいね?」
「ええ、分かってるわ。心配してくれてありがとう、メロディ」
伯爵邸へ帰る馬車の中、メロディとルシアナはそんな会話をしていた。どうやら事件の話は秘密にするらしい。
そして屋敷に到着すると、いつものように伯爵夫妻と二人のメイドが出迎えてくれる。
「「お帰りなさいませ、ルシアナお嬢様」」
「おかえり、ルシアナ」
「おかえりなさい、ルシアナ」
「ただいま帰りました、お父様、お母様。それにセレーナとマイカも」
ルシアナは両親にカーテシーを、メイド達にはニコリと笑顔を送り普段通りに振る舞った。
「お姉様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、メロディ先輩」
「ただいま、セレーナ。マイカちゃんもただいま。カーテシーがとても上手くなってきたわね」
メロディもルシアナに倣っていつも通りに優しく微笑んだ。雇われて早一ヶ月、みっちり教わった礼儀作法は確実に成果を上げているらしい。メロディに褒められたマイカは恥ずかしそうに頬を赤らめて微笑んだ。
「さあ、お腹が空いただろう。夕食を食べようじゃないか」
「はい、お父様」
「お姉様、夕食の給仕を手伝ってください」
「ええ、もちろんよ」
帰宅時の恒例の遣り取りに内心でホッとするメロディとルシアナ。
どうやら何事もなく休みを過ごせそうだと安堵したその時だった。
「夕食中にでも聞かせてもらおうじゃないか……隠し事の内容を」
「お仕事がひと段落ついたら教えてくださいね」
「「……え?」」
冷たい笑みを浮かべるヒューズとセレーナ。突然の豹変にメロディとルシアナはたじろいだ。
「メ、メロディ、何か既に感付かれてるっぽいんだけど!?」
「そ、そんなバカな。私達、普段通りに振る舞えていましたよね?」
寄り添い合って小声で悲鳴を上げる二人。その様子をマリアンナは少しばかり呆れた様子で眺めていた。
「もう、ルシアナ。そんな顔して私達が気付かないとでも思っていたの? すぐに分かったわよ」
「そうだぞ、ルシアナ。私達を見くびってもらっちゃ困る」
「普段はとっても鈍感なのに!?」
「そ、そんなことないだろ……な、なぁ、マリアンナ……なんで目を逸らすんだい!?」
コントのような遣り取りをする一家の傍らで、メロディはセレーナと対峙していた。
「セレーナ、どうして……」
「ふふふ。まだ生まれて二ヶ月ですが、お姉様のことは私が一番理解しているつもりですもの。お姉様に作られた者として、些細な変化も見逃すわけにはまいりませんわ」
「それはちょっと怖いような……」
「ふふふ」
ニコリと微笑むセレーナを前に、一歩後退ってしまうメロディ。
マイカは頭に疑問符を浮かべながらそのやり取りを見つめていた。
「えっと、皆さん何の話ですか?」
どうやらマイカだけは状況についていけていなかったようだ。まあ、ルシアナの家族でもなければメロディとの付き合いも短い彼女に察しろという方が酷な話ではある。
だが、マイカとしてはそれ以上に気になる発言があった。
「あと、セレーナさんが生まれて二ヶ月ってどういう意味ですか? メロディ先輩に作られたとか何とかって……何かの比喩表現?」
「え? セレーナ、まだマイカちゃんに何の説明もしていなかったの?」
「そういえば、特に機会もなかったので全くしていませんでしたね」
「??? 何の話ですか?」
マイカの頭に疑問符がどんどん増えていく。そしてメロディはとてもあっさりと説明した。
「マイカちゃん、この子はセレーナ。私が作った魔法の人形メイドなのよ」
「改めまして人形メイドのセレーナです。よろしくお願いしますね、マイカさん」
「あ、はい。よろしくお願いしま……ん? 今なんて?」
「魔法の人形メイド、セレーナです。よろしくお願いしますね、マイカさん」
セレーナがサッと美しいカーテシーをしてみせる。メイドの鑑のような美しい所作だ。自分ではまだまだ到達できない領域に思わず見惚れてしまう……じゃなくて!
「魔法の人形メイド……人形? セレーナさんが?」
「ええ、そうですよ。私はメロディお姉様の魔法によって生み出された人形メイドです」
「人形、メイド……人形メイド? え? 人形?」
セレーナはとても人間らしい優しい笑みを浮かべている。でも、彼女は……人形?
「……えええええええええええええええええええええええええっ!?」
マイカの叫び声が伯爵邸に響き渡った。
伯爵一家も思わずマイカの方を向いて話は中断されてしまう。そんなマイカの様子にセレーナは口元を隠しながらふふふと笑い、メロディは慌てふためくのであった。
ちなみに、マイカのとても標準的な驚き方を見て、ルトルバーグ一家は大層安心したのだとか。
それが普通の反応だよね、と。
「叫んでしまい、申し訳ございませんでした」
夕食も終わり、食後のティータイムとなって落ち着いた頃、マイカは全員へ謝罪した。
「ふふふ、いいのよ。誰だってセレーナのことを知ったらあなたみたいな反応をするはずだわ」
「ううう、ありがとうございます」
マリアンナの寛容な言葉に、マイカは嬉しくもあり恥ずかしくもあった。そして、ヒューズが新たな話題を提示する。
「そんなことより、重要なのはルシアナの問題だろう。うちのルシアナに悪い噂を流すとは、まったくもって許せん! 何か真犯人を見つける方法でもないものか」
結局、ルシアナは夕食中に学園の事件のことを洗いざらい説明させられたのだった。
「事件の犯人と噂を流した人物が同じとは限らないわ。対処すべきは噂の方よ、ヒューズ」
「そうは言うがマリアンナ、真犯人さえ見つかれば噂だって根絶できるんじゃないかい?」
「それはそうかもしれないけど……」
悩む伯爵夫妻。メロディ達も同様だ。その傍らで、マイカだけは違うことを考えていた。
(ゲームだと、真犯人と噂を流している人は同一人物なのよね)
マイカはチラリとルシアナに目をやった。だが、内心で首を横に振る。
(話を聞く限り、ルシアナちゃんがヒロインの立場になっているってことで間違いなさそう。まあ、肝心のヒロインちゃんがルシアナちゃんのメイドやってるんだからどうなってもおかしくないんだろうけど、でもなぁ)
呆れ顔は心の中だけにどうにか留めるマイカ。
事件の犯人がヒロインをやっているという、皮肉の利いた配役に『なんでやねん!』とツッコミを入れたくてしょうがなかった。
(でもこれ、誰かが調整しないとまずいんじゃない? 現実でバッドエンドにでもなったら、いくらメロディ先輩が聖女の力を持っているとしても、どこまで魔王に通用するかは未知数だし)
その時白銀の子犬がビクリと震えたかもしれないが、そんなことなど知る由もないマイカは内心でとても不安を感じていた。
だからこそ、この提案をしたのである。
「あ、あの、皆さん。お願いがあるんですけど……」
「お願い? 何かな?」
突然声を上げたマイカに、ヒューズは優しく問い返した。呼吸を整えると、マイカはバッと顔を上げて大きな声で告げた。
「私も学園に行かせてください!」
(私のゲーム知識でこのイベントを乗り越えてみせる!)
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