第19話 ルシアナの魔法
事件から数日が経った。
既にルシアナ達は元の教室に戻り、いつも通りの学園生活を送っている。
幸い、あれから教室が荒らされることもなかったものの、いまだに犯人は見つかっておらず、事件は迷宮入りしそうな雰囲気である。
それはともかく、今日のメロディはレクトの指示で王立学園併設の図書館に来ていた。
係員の指示に従ってレクトから預かっていた利用許可証を提示する。正確にいうと利用許可の委任状だ。王立学園の図書館は基本的に学園関係者にしか利用資格がない。そのため、レクトの代行という形でメロディにも資格が与えられたのである。
図書館へ入るとメロディはテキパキと資料を集め始めた。入館初日こそ戸惑いを見せたもののそこは天才肌のメロディである。即座に館内の書籍の分類法と配置を把握し、今ではこの図書館の司書ではないかと言えるくらいに把握していた。
きっと今、誰かに書籍の場所を尋ねられても笑顔で対応することが可能だろう。
そんな機会は多分来ないので、役に立つのかどうかよく分からない才能ではあるが。
「さてと、資料集めはこれで完了っと。……それじゃあ、ちょっとだけ。ふふふ」
必要な資料を揃え終えたメロディは、少しだけウキウキした表情を浮かべて図書館の中を歩き始める。別にサボっているわけではない。一応レクトの指示である。
あらかじめいつまでに戻ってくるよう指示されていて、それまでの時間は図書館で自由にして構わないと言付かっているのだ。そのため、早々に資料集めを終えたメロディは余暇を使って図書館を見て回っているのである。
完全にレクトの忖度である。
何せ好きな娘が図書館と聞いて胸をときめかせていたのであるからして。
図書館で好きにしていいと言うだけで株が上がるのだから使わない手はない。
……もちろんレクト自身はメロディが喜んでくれるなら、という考えであって、これでメロディの好感度を上げてやろうなどという下心があるわけではない……少ししか。
「あ、これ。お嬢様にいいかも」
手に取った本を開き、中身を確かめる。魔法基礎の手引書だ。内容も子供向けにかなり分かりやすくまとめられていて、魔法初心者のルシアナにはちょうどよいかもしれない。
六月に自身の魔力を感知できるようになったルシアナだが、いまだに魔法を使うことはできないでいた。どうも魔力を魔法に変換する過程が理解できないらしい。
メロディもやり方を教えようと努力するのだが、彼女の場合天才肌過ぎてほとんど参考にならないというのが現状だ。
何せ感覚だけで世界最大級の圧倒的魔力を御せるほどの制御能力なので。
書籍の内容を確かめ終えると、メロディはそれを本棚に差し戻した。一応委任状があるので本を借りることはできるが、あくまでこれはレクトの代行としての物である。図書館を楽しんでいるメロディであっても、さすがにその辺りの公私の区別はしっかりしていた。
時間になったメロディは、集めた資料を抱えてレクトのもとへと戻るのであった。
そしてその日の夜。メロディはルシアナの魔法訓練に付き合っていた。
「むむむむむ……優しく照らせ『
人差し指を立てながら唸りを上げるルシアナ。しかし、呪文を唱えても光は現れない。
ルシアナはガクリと項垂れた。
「お嬢様、諦めちゃダメです。自分を信じてください。お嬢様ならきっとできます!」
「う、うん。よーし、もう一回!」
メロディに励まされ、再び挑戦するルシアナ。意識を集中し、体内の魔力の流れを読み解く。魔力が指先に集中し、頭の中で優しい光が灯る光景を思い浮かべて……。
「優しく照らせ『灯火』!」
……光は、灯らなかった。
「もうダメー! なんでーっ!?」
ルシアナは声を上げてベッドに飛び込んだ。
「魔力はちゃんと指先に集まってる感じはするのに、なんで魔法が発動しないのよー!」
図書館で読んだ手引書の内容を活用して、改めて指導した結果が今である。
着実に成長はしているのだが、望んだ成果は得られていないようだ。
「こんな初歩中の初歩の魔法すらまともに使えないなんて。私って本当に才能ないのね」
ベッドに顔を埋めながらルシアナは愚痴を零す。
メロディも不思議そうに考えを巡らせる。
(何となく魔法はもう発動しそうな感じはするんだけど……)
「とりあえず、少し休憩にしましょうか。今紅茶を淹れて……あら、ポットの中が空っぽ。申し訳ございません、淹れ直してきますね」
ティーセットを持って寝室を後にするメロディを、ルシアナはベッドに転がりながら見送る。
(はぁ、どうしてダメなんだろう。メロディが言うには私の魔力なら『灯火』は十分できるはずだし、多少なら水を出したりもできるだろうって話なのに、最初の一歩で躓いちゃうなんて)
寝転がりながら指先を前に突き出す。
そう、魔法が使えればこうやってメロディみたいに――。
「……清き水よ今ここに『
何気なく唱えた瞬間、ルシアナは今まで体験したことのない感覚に囚われた。
指先に込めたルシアナの魔力が今――解き放たれる。
パシャリ。
突然の水音にメロディは振り返った。見ると、ベッド脇のカーペットが濡れている。そして、ルシアナは指を突き出した姿勢のままポカンとそれを見つめていた。
「お、お嬢様、今……」
「き、清き水よ今ここに……ふぁ、『水気生成』!」
パシャリと、ルシアナの指先から小さな水球が生まれ、すぐに浮力を失って床に零れ落ちた。
驚き立ち尽くすメロディ。
ルシアナは指先を見つめながらわなわなと震えだし、そして――。
「や、や、やったああああああああああああ!」
ルシアナは喜びの声とともにベッドの上を飛び跳ねた。
「『水気生成』!」
パシャリ!
「『水気生成』!」
パシャリッ!!
「『水気生成』!」
パッシャリ♪
「ファーレディア……はふぅ」
「お嬢様っ!?」
楽しそうに何度も水を生み出していると、ルシアナは突然力尽きたようにベッドの上に倒れ込んだ。それでようやく我に返ったメロディがルシアナのもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか、お嬢様!?」
「う、うん、だいじょーぶぅ。たぶん、魔力の使い過ぎで力が抜けただけぇ」
「ほ、本当に大丈夫ですか? 何だかとても眠そうですけど」
「うん。今わたし、すっごくねむいのぉ」
初めての魔力行使で一気に疲労感が出たらしい。幸い、ベッドに水はかからなかったので、メロディは素早くルシアナを着替えさせるとベッドに寝かしつけた。
「ふふふ、メロディ、見たでしょ? わたし、魔法が使えたわ」
「ええ、見ました。お嬢様は水の魔法への適性が高いのかもしれませんね。一番簡単だからと『灯火』ばかり練習させていたのが逆に失敗でした。申し訳ございません」
「いいのよ、そんなこと。でも、ふふふ、とうとう魔法が使えたんだわ、わたし……あした、さっそくルーナにも見せてあげて、一緒に練習し……て、二学期からは二人で応用魔法学の授業を……」
ルシアナは全てを言い終える前に眠ってしまう。その様子をメロディは微笑ましそうに見守るのであった。
「……お嬢様、よかったですね」
翌日、ルシアナは早速ルーナにこのことを伝えたのだとか。魔法を披露すると大層驚き、一緒に練習しようと告げると嬉しそうに了承してくれたそうだ。
ルーナは自分の魔力を把握するところまではできているので、今後はルシアナが昼休みや放課後を利用して一緒に魔法の訓練をするのだと張り切っていた。
「メロディの指導を思い出して私も頑張るわ! 『灯火』もできるようになりたいしね」
「頑張ってください、お嬢様」
色々な苦難はあるもののルシアナの学園生活は順調だ。メイドとしてメロディも嬉しく思った。
あとは自分の『世界一素敵なメイド』になる目標への足掛かりでも見つかってくれれば。
そんなことを考えていたメロディだったが、学園の平穏は容易く揺るがされてしまう。
嫉妬の魔女による『机荒らし事件』が発生したのだ。
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