第14話 桃色の髪の少女

 年齢は十歳くらいだろうか。それほど長くない髪をツインテールにした少女は、幼いながらも真剣な眼差しをセレーナへ向けていた。


「まあ、あなた。今日も来たの?」


「お知り合いですか?」


 商業ギルドの受付の女性は少女のことを知っているようだ。


「ええ、孤児院の子です。ここ最近、よく雇い先がないか尋ねに来るんですよ」


「孤児院の子ですか。しかし、こんな小さな子を雇い入れてくれるところなんて……」


「そうなんですよねぇ」


 受付の女性は困ったように嘆息した。


 数年前であれば何かしら仕事があったかもしれない。だが、今の王都に十歳くらいの子供に任せられる仕事はほとんど存在していなかった。王太子発案の定期馬車便が軌道に乗って早数年。必要な成人の労働力は自然と集まってきているからである。家の手伝いならともかく、子供にできる程度の仕事は彼らが片手間で済ませてしまうのだ。


 子供に遊ぶ時間、勉強する時間が生まれるのだから、本来ならとても喜ばしいことなのだが、働き口を探している目の前の少女にとってはそうでもないらしい。


「何度も言うけど、あなたくらいの年齢で勧められるお仕事はないのよ」


「えっと、ですから、その……」


 少女は俯きがちにセレーナの方を見た。


「……うちで雇ってほしいと?」


「は、はい! 紹介状がいらないって今言っていたのを聞いて。お願いします!」


 少女は勢いよく頭を下げた。どうしたものかとセレーナは頬に手を添えて考える。


(とりあえず、どう見ても即戦力にはならないわ。まだ幼くて力も弱いから、任せられる仕事も少ないでしょうし、本当にどうしましょうか)


 まさかカウンターで受付をしている最中に求人の応募者が来るなんて想定外である。子供であることだし、この場で断るのも一つの手なのだが……問題は、彼女の申し出を断って以降、紹介状なしとはいえ応募者が現れるかということだ。


 ……正直、望み薄な気がしてならない。条件を緩和させれば確かに誰かしら来るかもしれないが、それが使用人に相応しい人物である可能性はどれほどあるだろうか。


(……逆に、子供には将来性がある。今が十歳くらいなら五年もすれば十分にメイドとして技能を養うことはできるでしょう。ルシアナお嬢様の在学期間が三年。旦那様が宰相府に勤めているのだから、おそらく王都のお屋敷には少なくともさらに数年は滞在することになるはず)


 セレーナは頭を下げつつもこちらの様子をチラチラと覗いている少女に目をやった。あくまで第一印象だが、孤児院の子供という割には身綺麗にしているし、何より表情が利発そうに見える。

 もしこの少女にメイドとしての適性があるのなら、彼女は案外拾い物かもしれない。セレーナはそう考え始めた。


 メロディがいない今、伯爵邸の管理を任されているのはセレーナだ。後から入って来た成人の使用人が、見た目年齢十七歳(実年齢0歳)の少女の指示に素直に従ってくれるだろうかといえば、考えるまでもなく答えは否である。


 働きやすさの観点からも意外と少女は『買い』なのではと、セレーナは思い始めた。


(それに何より、私の仕事はあくまで求人の代行であって決めるのは旦那様の役目……)


 子供だからとセレーナが勝手に断ってしまうのは、越権行為ではないだろうか。そういう結論に至った彼女の答えは既に決まっていたのかもしれない。


「仕事は貴族のお屋敷のメイドです。本当にやりたいですか?」


 一瞬、貴族と聞いてたじろぐ様子を見せる少女だったが、すぐに意を決したのかはっきり「はい!」と答えた。子供ゆえか意外と度胸は据わっているようでセレーナも一安心。


「ちなみに、一応尋ねますがメイドの経験はありますか?」


「ありません! でも、頑張ります!」


 やはり度胸があるというか、経験のない仕事でも怯む様子はない。であれば、セレーナに言える答えはひとつだけだった。


「……分かりました。とりあえず、孤児院の保護者と話をしてみましょうか」


「――っ! ありがとうございます!」


 少女は嬉しそうにパッと表情を綻ばせてもう一度深く頭を下げた。


「あの、そんなにあっさり決めてよろしかったんですか?」


 受付の女性が心配そうにセレーナに尋ねる。


「採用するかどうかは旦那様に決めていただくことにします。まだ掲示していないとはいえ、紹介状なしでも受け付けると決めたのは当家ですから」


「そちらが構わないのであれば、こちらとしても助かるのでお止めはしませんが……あ、そうするとこの求人票はどうされますか?」


「そちらはそのまま処理してください。もう一人くらいメイドがいてもいいですし、可能なら男性の使用人も必要ですから」


「承知しました。では、そのように処理させていただきます」


「よろしくお願いします」


 お互いに一礼し、セレーナは少女を連れて商業ギルドを後にした。


「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわ。名前は何というのですか」


「あ、はい。私の名前は――」




 ――マイカといいます。











 仕事の許可を得るために孤児院へ向かう中、少女マイカは内心でとても意気込んでいた。


(これで孤児院にお金を入れられる! シナリオ通りの苦境になんて立たせないんだから!)


 元日本人の転生者メロディが作りし魔法の人形メイドセレーナと、なぜ転生したのかよく分かっていない元日本人で元おばあちゃんな少女マイカこと栗田舞花はこうして出会ったのである。


 気が付けば自分は自分でなくなり、全く知らない土地にいた……。


 病院でふと眠気が差したと思って目覚めたらこんな状態になっていたマイカこと栗田舞花が、ここが乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』の世界であると気付いたのは、孤児院に引き取られてから数日が経った頃のことだった。


 自分を拾ってくれたシスターの顔を『どこかで見た気がするんだけど』と訝しみながら過ごしていたある日、彼女からこんな話題を振られたのである。


「そういえば、先日王城で舞踏会が開かれた時、襲撃事件が起きたんですって。怖いわねぇ」


 昼食の後片付けを手伝っていたら、シスターアナベルがそんなことを言いだしたのだ。


「舞踏会に襲撃者ですか?」


(王城ってことは、王様もいたんだよね? そんな場所に襲撃者って、この世界怖いなぁ)


 ここがどこだか知らないが、日本でないことは間違いない。そもそも喋っている言葉だって日本語でも英語でもないのだ。地球かどうかも怪しいというか、絶対地球じゃない。なぜなら……。


「水よ来たれ『水気生成(ファーレディアッカ)』


 食器を洗うためにシスターアナベルは指先から水を生み出した。そう、魔法である。


(いやもう、状況的に完璧に異世界転生よね。子供の頃結構流行ったジャンルだけど……私、死んだ覚えないんですけど!!? え? 何? あの時眠ってる間に死んじゃったってこと?)


 納得できないが、そうとしか思えない現状に嘆きたくなる。


「どうかしたかしら、マイカちゃん?」


「あ、いいえ。何でもないです。それで、その襲撃事件がどうかしたんですか?」


「まあ、わたくし達には直接関係ないことなのだけど、その影響で王立学園がしばらくお休みになるんですって、という単なる世間話なのよ」


「へぇ、それは大変そうですね」


「噂では王城はとても慌ただしかったそうよ。何せ襲撃犯が狙ったのは王太子クリストファー様らしいんですもの。ヴィクティリウム侯爵家のお嬢様も一緒にいたというし、無事だったそうだけど心配だわ……大丈夫なのかしら、あの子」


 シスターアナベルは不安げにどこか遠くを見やった。マイカは首を傾げる。


「あの子って、シスターはその侯爵令嬢と親しいんですか?」


「ふふふ、少し馴れ馴れしかったわね。一度だけお会いしたことがあるのよ」


「へぇ、そうなんですか。きっと高飛車で高慢ちきで頭の悪い子だったんでしょ……ん?」


「高慢ちき? いいえ、とても高貴で心根の優しい……マイカちゃん?」


 言葉の途中でマイカは停止してしまった。頭の中で何かが巡り始める。


(ヴィクティリウム侯爵……あれ? どこかで聞いたことなかったっけ? それに王太子クリストファーも……どこ? どこで聞いたんだっけ? えっと……)


「どうしたの、マイカちゃん。体調でも悪いの?」


「え、あ、いいえ。何でもありませんよ、シスター。……シスター……シスター、アナベル?」


「? ええ、そうよ。本当に大丈夫? 風邪でも引いて熱があるとか……」


「シ、シ、シシシスターアナベル! 孤児院の管理人の!?」


「どうしたの、マイカちゃん? 最初に会った時にそう説明したでしょう?」


 突然クワッと目を見開いて当然のことを叫び出したマイカに、シスターアナベルは驚きを隠せない。だが、マイカの奇行は止まらない。何せ、とうとう思い出してしまったのだから。




「シスターアナベル。孤児院。それに王太子クリストファーと悪役令嬢アンネマリー・ヴィクティリウム! じゃ、じゃあ、ここってもしかして……テオラス王国の王都パルテシア!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る