第10話 美少女マネージャーがやってきた
休日を終えたメロディとルシアナは再び学園へ向かった。
登校するルシアナを見送ると、メロディは急ぎ仕事に取り掛かる。
屋敷から直接の登校となったため、普段ならルシアナが目覚める前に済ませておく早朝の業務が今日は滞っているからだ。
まあ、それでも午前中のうちに十分間に合ってしまうわけなのだが……。
そして午後。
早速今日から選択授業『騎士道』の授業が始まる。
「というわけで、本日よりよろしくお願いいたします、旦那様」
「……すまない、メロディ。二人きりの時はいつも通りで頼む。……とても持たない」
「レクトさんが望むのでしたら構いませんが……持たない?」
「それでは仕事内容の詳細について説明しようか!」
レクトの授業は週の一日目と四日目――日本でいうところの月曜日と木曜日――の二限目に行われるらしい。他にも数名の講師がおり、六日間を通して誰かしらが授業を行っているんだとか。
「早速今日から授業なんですね。私は何をすれば?」
「まずはこちらの資料を各生徒用にそれぞれまとめておいてくれ。騎士道における基本的な訓戒が書かれている。俺は一学期限りの臨時講師だからな、二学期から本格的に始まる授業に向けての基礎的な底上げを行うことになっているんだ」
騎士道の授業を拡張するということは、受講生が増えるということ。しかし、これまで騎士道、武術と言い換えてもよいが、そういったものに関わってこなかった者も参加することになる。
そのため臨時講師のレクトには短期的な目標として、騎士道の授業を受けるための下地作りをしてほしいと頼まれているのだ。
「ということは、生徒の多くは武術初心者ということですか?」
「そうだな。武術に興味がある未経験者のための初心者講習といったところか」
「分かりました。では、授業中はどうしていればいいですか?」
「生徒達の様子を見てやってほしい。生徒によっては体を動かすことすら慣れていない者もいるかもしれない。必要な人間に水分を取らせたり、タオルを渡したり、怪我人がいたら応急手当をしてやったり。メイドの君ならそういった気配りは得意だろう?」
俺は苦手でな、と頭をかきながら語るレクトを尻目にメロディは思った。
(……それ、メイドというより、マネージャーよね?)
「分かりました、レクトさん。私、レモンのはちみつ漬けを作ってきますね!」
「ふむ? 何がどうなってそういう結論に至ったんだ。まあ、構わないが……」
(マネージャー。それは、メイドじゃないけど奉仕の心溢れる素敵なお仕事。これもまた『世界一素敵なメイド』になるための新たなステップになるかも!)
前向きなのはよいことだが、たぶんおそらく迷走していると思われる。
「それじゃあ、こちらで用意してある備品について説明するからついてきてくれ」
「はい、分かりました。あ、ところでレクトさん。マネージャーをするなら私、紙は三つ編みにしてセーラー服に着替えた方がいいでしょうか。眼鏡とやかんもほしいのかしら?」
「……何を言っているのかよく分からないが、必要ないと思うぞ」
形から入る
「よく集まってくれた、諸君。それでは騎士道の授業を開始する!」
「よろしくお願いします!」
闘技場内に生徒達の声が響き渡る。騎士道の授業が始まったのだ。
初回で集まった生徒数は一年生十一名、二年生六名、三年生二名の合計十九名。上級生の中にも初心者はいるので少なからず参加者はいるが、やはり一年生が一番多い。多くは貴族の男子だが、数名平民も含まれているようだ。
講師としての実績のないレクトの初回授業としては、十分集まったといえよう。
「さて、この授業を選択した諸君は理解しているだろうが、私の騎士道の授業は初心者向けの基礎講習となっている。だからまずは、騎士道とは何たるかを簡単に説明することにしよう。……メロディ、彼らに資料を渡してくれ」
「畏まりました、レクト様」
結局、授業中も旦那様呼びはレクトの希望でなしになった。色々持たないので。
レクトの少し後ろに控えていたメロディが、生徒達一人一人に資料を渡していく。無駄に時間を取られないよう速やかに、それでいて無礼にならないよう丁寧に。生徒達は誰も気が付かなかったが、メロディなりに仕事には本気で取り組んでいた。
そのおかげか、目の前に可憐な美少女メイドが現れたにもかかわらず、誰一人としてその事実に気が付く者はいなかったとか……凄いんだか凄くないんだか分からない技能である。
レクトが騎士道の何たるかを簡略的に説明するなか、メロディは次の準備に入る。授業スケジュールはあらかじめ教えられているので、レクトの指示がなくてもメロディは自発的に動いていく。
「よし、説明は以上だ。それでは次は実技に……と言いたいところだが、初心者の君達にはまだ早いだろう。まずは君達の能力を把握しておきたい。というわけで最初は闘技場を走ってもらう」
日本の学校のように「え~!」などという非難の声は聞こえない。できた少年達である。
「それでは一旦資料をお預かりします」
レクトに命じられる前に、メロディが生徒達から資料を受け取る。今から走るので資料が邪魔になるからだ。こちらもまた可能な限り早く、それでいて優雅に仕事をこなしていくメロディ。
全ての資料が生徒達の手を離れると、レクトを含めた闘技場の男性陣全員が走り出した。
「私がいいと言うまで走り続けるように! すぐにバテないようにペース配分には気を付けろ!」
「「「はいっ!」」」
「行ってらっしゃいませ、皆様」
走り出した彼らをメロディは見送った。そして闘技場の端まで移動すると次の準備に入った。
それから数十分後。闘技場の一角に仰向けになって地面に転がる生徒達の姿があった。
元々身体を動かすことに慣れていないからだろう。レクトは平然としているが、生徒達は疲労困憊で立ち上がるのもつらそうである。
メロディはコップを載せたトレイを持って生徒達へと水を配っていく。
「お疲れ様です。さあ、お水をどうぞ」
「ふへぇ? ……ああ、水。ありがとう……」
疲れすぎて会話もままならない様子の生徒へ、メロディはコップを差し出した。どうにか起き上がり、少年は水を飲み干す。そして「ぷはあっ!」と大きく息を吐いた。
「はぁ、生き返るぅ」
「レモンのはちみつ漬けもあります。疲労回復効果があるので一枚つまんでみてください」
「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、いただきま――」
輪切りにされたレモンを一枚摘まんだ少年は、しばし固まった。
大変可憐な笑顔を浮かべる美少女が、彼のすぐ目の前にいたのである。
いつの時代、どこの異世界だろうと、美少女マネージャーから手作りの差し入れをもらうシチュエーションというのは、純情男子の心を鷲掴みにしてしまうものなのだ。
今の今まで何とも思っていなかっただけに、そのギャップが与える影響は大きかった。何せメロディは、化粧をしていたとはいえ春の舞踏会で『天使』と称された程の美少女なので。
だが、無敵の鈍感力を有するメイド少女は、少年達の純情になどこれっぽっちも気付くことなく職務に励むのであった。
(やっぱりこれ、メイドじゃなくてマネージャーよね。まあ、でも、何が『世界一素敵なメイド』へ繋がるのか分からないんだし、この仕事も全力で取り組もうっと!)
その後もレクトの指導は初心者にはなかなか手厳しいものとなったが、三日後に行われた二回目の授業にも誰一人欠けることなく十九名全員が参加したのだとか。
「皆さん、とても熱心なんですね。よかったですね、レクトさん」
「ああ、うん……男なんてこんなもんだよなぁ」
自分もその一人だけに、何とも言えない心地になるレクト。
(とりあえず、彼女は俺が守ってやらないと……)
シチュエーションこそ異なるが、ゲームでの彼もヒロインに同様の想いを抱いていたことをレクトはもちろん、メロディだって知る由もなかった。
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