第8話 再会の騎士と揺らぐメイド魂
翌日、午前中のうちに手続きを行うと、その日の午後に面接をしてもらえることとなった。
意外なことにあれだけ使用人がいたにもかかわらず、募集に応じたのはメロディだけだったらしい。実際、彼らは主家に仕えるためにいるわけで、人数も限られている中、ポンと使用人を差し出してくれる者など、どこかの『妖精姫』くらいしかいなかったようである。
そして面接を受けるべくメロディは特別に許可をもらって学園へ入ることが叶った。
騎士道とは、有り体にいえば剣術指南の授業である。もちろん騎士道精神に関する授業や、隊列を組んでの行進訓練なども行われるが、メインはやはり戦う力を養うことであった。
そのため、騎士道の授業は基本的に学園内に建てられた闘技場で行われる。講師に任じられるのは現役、もしくは退役した騎士経験者であり、学園側から指導者に値する実力を有すると認められた者だけがその座に就くことができる。大変な仕事の割になかなかの狭き門であった。
メロディの面接は、その講師に与えられた執務室で行われたのである。
だが、部屋に入ったメロディ、そして講師の男は互いに目を丸くすることとなった。
短い赤い髪をした青年の金色の瞳が大きく見開かれる。
「え? レクトさん?」
執務室にいたのは、騎士爵レクティアス・フロードであった。
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における第三攻略対象者にして、現在進行形で密かにメロディに恋する二十一歳。メロディがレギンバース伯爵の娘であることに唯一気が付いている存在でもある。
とりあえず席に着く二人。ルシアナの学園準備が忙しく、二人は二週間ほど会っていなかった。何よりこんな再会の仕方をするなんて想定外過ぎて、互いにしばし挙動不審になってしまう。
「ま、まさか君が来るとは思っていなかった」
「そ、そうですね。でも、私としてはむしろレクトさんがここにいることの方が予想外なんですが……あ、ここは学園ですし言葉遣いを改めないといけませんね」
「いや、二人きりの時なら今のままで構わない……ふ、二人きり」
最後の言葉は小さすぎて聞き取れなかったが、とりあえず従来通りに話せばよいらしい。
「分かりました。とりあえず今はこのまま話を進めますね。ところで、本当にレクトさんがどうしてここに? 確か、レギンバース伯爵様付きの騎士をされていたのですよね?」
「あ、ああ。まあ、結論を言えば閣下の命令だな」
「伯爵様の?」
レクトの説明によると次の通りである。
きっかけは春の舞踏会に起きた謎の人物による襲撃事件。それが起きた時、ルシアナを含めた数名の貴族子女が襲撃者の魔法の結界に閉じ込められることとなった。その中には王太子クリストファーも含まれており、王国はあわや次期国王を失うかもしれない危機に直面したのである。
幸い王太子自身の活躍もあって撃退に成功したが、その場に居合わせた者達はこう思った。
――貴族はもっと強くあらねばならない、と。
「そのために、王立学園での騎士道の授業枠が拡張されることとなったわけだが、あまりに急なことだったので適当な追加の講師が見つからなかったそうだ」
「それにレクトさんが選ばれたんですか?」
「正式な講師が見つかるまでの繋ぎとしてだな。一応、一学期中のみの契約となっている。あまりに人が見つからないから伯爵閣下が私に行ってこいと命じられたというわけだ」
「……暇だったんですか?」
「ぐぅッ!」
何気なく聞いてしまったが図星であった。
伯爵の命令でメロディの母セレナの捜索をしていた彼は、王都に戻ってからというもの専任の職務を与えられていなかったのである。もちろんレギンバース伯爵の補佐や護衛を務めたりもしているが専任者は他におり、最悪いなくても問題がないという中途半端な立ち位置だった。
何せゲームでは本来、メロディことヒロイン『セシリア・レギンバース』の護衛騎士を務めるはずだった男だ。伯爵も娘が見つかったらそのつもりでいたせいもあって、彼の立場は大変宙ぶらりんとなっていたのである。
つまり、半分はメロディのせいであった。もちろん本人はそんなこと知る由もないが。
「と、ともかく、急に臨時講師を務めることになったのはいいのだが、補佐がいないとやはり少々不便でな。かといって我が家の使用人は……」
「ポーラしかいないうえに、彼女は学園向きではありませんものね」
レクトの屋敷に務めるオールワークスメイドのポーラはとても勝気な少女だ。レクト相手にも物怖じしない性格で重宝しているが、貴族子女の集まる王立学園では不和のもとになりかねない。何より彼女を学園へ引き抜いてしまってはレクトの屋敷を管理する者がいなくなってしまう。
「普通は自分の使用人から供を選ぶのだが俺には難しい。閣下にお願いしてもよかったが、あくまで俺が受け持つのは午後の騎士道の授業だけで屋敷からの通いになる。毎日メイドをお借りするというのも、その、なんだ……」
「気が引けちゃったんですね。だから学園で生徒に仕える使用人から臨時助手の募集を?」
「その通りだ」
「でも……そっちの方が気が引けませんか?」
「……ああ、ここに君が来て、ようやくその考えに思い至ったよ」
大変ばつが悪い表情を浮かべるレクト。そして彼の脳裏に浮かぶのは、ギロリとこちらを睨んでくる金髪の少女の怒れる相貌。
(この状況を彼女に知られたら、俺は八つ裂きにでもされるんじゃないだろうか……?)
……勘のよろしいことで。レクトの騎士の直感は大変優れていることが証明された。
「レクトさん。具体的な職務内容をお聞きしてもよろしいですか?」
「基本的には授業の準備の手伝いと授業中の補助だな。力仕事が必要な場合は別途学園の用務員を呼ぶから問題ないが、書類の整理や座学のための資料の準備などを中心に手伝ってほしいと考えている。図書館から必要な資料を集めてもらうなんてこともやってもらうかもしれないな」
「図書館で? それは素敵なお仕事ですね」
メロディの瞳がキラキラと輝く。振り返ってみれば分かることだが、メロディ、実はこの世界の書物をあまり読んだことがない。中世ヨーロッパにおいて本が高価であったことと同様に、この世界においても本とは貴重なものだった。
平民の生まれで、小さな町出身のメロディが読める本の数などたかが知れており、王都にやってきて務めることとなったルトルバーグ伯爵家王都邸に蔵書などそう残っているはずもなく。
メロディの知識の源泉はあくまで地球で読み漁った本と、ルシアナの家庭教師をするために熟読した学園の教科書くらいなのであった。
だからこそ、図書館を訪れることができるこの仕事には大変な魅力を感じるメロディだった。
「承知しました。では、いつから勤めればよいでしょうか」
「ん? う、受けてもらえるのか? だが、しかし……」
恋する男としては、その相手と二人きりで仕事をするなど気が引けるなんてものではない。ましてや鬼の形相がちらついている今、多少面倒でもメロディを受け入れるのは悪手で――。
「あの、私では、お役に立てないでしょうか?」
「――――――――っ!?」
ここでうるうる上目遣い攻撃を仕掛けてくるとは、実はメロディはレクトの気持ちに気付いていながら知らない振りでもしているのではないだろうか。そんな疑問が脳裏に浮かぶものの、恋する男がその魅力に抗えるはずもなく――。
「……来週からよろしく頼む」
「畏まりました、レクトさん! あ、いえ、助手をしている間は旦那様ですね」
「だ、旦那様……」
天然で鈍感って恐ろしい……その日のレクトは使い物にならなかったという。
こうしてメロディは、騎士道臨時講師レクトの臨時助手を務めることが決まった。
互いの予定の擦り合わせを行い、メロディのメイド業務を妨げない範囲で助手業務をすることとなった。午後の選択科目は二時限まであり、レクトの騎士道は二時限目の予定だ。そのため、お昼休みを済ませてから執務室へ向かっても十分に間に合う。
「ふむ、こんなところかな。後は実際に勤務してもらって調整することにしよう」
「はい、それでお願いします」
メロディはニコニコ笑顔で頷いた。
「……随分と嬉しそうだな。その、うちの助手をするのがそんなに楽しみなのだろうか?」
レクトの心に仄かな期待の火が灯る。自分と一緒に仕事ができてそんなに嬉しいのか、と。
まあ、それが妄想の類であることなど本人が一番分かっていることなのだが……。
「はい。図書館が楽しみです!」
「ああ、うん。図書館な」
分かっていたことではあるのだが、もう少しオブラートに包んでほしいと思ってしまう。二十一歳にして初恋を迎えた青年の心はガラス細工のように繊細なので。
そう思いつつも、メロディが図書館へ行く機会を作ってあげなきゃなと考えるレクトだった。
「それに正直助かりました。ここに来てから午後は暇で暇で。おかげで来週からは安心です」
「そうか。まあ、こんな仕事でもメロディの役に立つならよかったよ。……しかし、暇なのか?」
「ええ、お屋敷よりも仕事量が減ってしまって時間が空いてしまったんです。どうかしました?」
レクトは不思議そうな表情を浮かべていた。メロディも不思議そうに首を傾げる。
そして、レクトが告げた次の言葉は、メロディの心を大きく揺さぶった。
「メロディは以前、母親に誓って『世界一素敵なメイド』になると意気込んでいたから、それに夢中で暇なんて感じたりしないのかと思っていたんだ。だが、時間が空けば暇に感じて当然か」
レクトは納得したように頷いているが、メロディは大きく目を見開いていた。
その後、いくらかレクトと話をしたはずだが、どんな話をしたのかメロディは思い出せなかった。ただ、先程のレクトの言葉が頭の中で反芻されるばかりで……。
(……あれ? 私が目指してる『世界一素敵なメイド』って、何だっけ?)
少なくとも、仕事が早く終わって暇を感じているメイドのことではない。
メロディの中で何かがグラついた音が聞こえた気がした。
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