第7話 デキるメイドの憂鬱と掲示板

「それでは行ってらっしゃいませ」


「行ってきます!」


 学園五日目の朝。メロディに見送られて、ルシアナは軽い足取りで学園へ登校していった。ルシアナの姿が見えなくなると、メロディは部屋に戻り……小さなため息を一つ。


「……よし、仕事を始めますか」






 初日は抜き打ち試験、二日目はオリエンテーションとなった学園だが、三日目からは通常の授業が始まった。オリエンテーションの通り、午前中は共通科目、そして午後からは選択科目を仮受講する。一年生の本格的な授業は二学期からで、今開かれているのは前年度のものだ。あくまで授業の雰囲気を見るもので、受講というよりは見学に近い扱いといえるだろう。


 今日までにルシアナはルーナ以外にも二人の平民の生徒と仲良くなっていた。


 一人はルシアナの前の席の少女、ペリアン・ポルドル。父親が薬剤師をしており、彼女も同じ職業を目指しているらしい。少し引っ込み思案な性格で、癖のない綺麗なブラウンのロングヘアをしているが、瞳が隠れそうなほどに前髪を長くしている。


 そしてルシアナ曰く、隠れ巨乳なのだとか。私の目は誤魔化せないとかなんとか……。



 もう一人はルシアナの後ろの席の少年。一体どんなご都合主義なのか、名をルキフ・ゲルマンという。メロディが知り合った使用人の少年、ウォーレンのご主人様である。

 裕福な商家の出身で、細身でスラっとしたなかなかの美少年だ。艶のある緑色の髪は耳にかかる程度に切り揃えられているが、長ければもっと美しかったかもしれない。ウォーレンから使用人食堂での話を聞き、席が近かったこともあってすぐに仲良くなることができたようだ。



 今はこの四人で昼食を一緒にしているのだとか。……傍から見るとルキフ爆発しろである。



 この二日間でルシアナは四科目を受講した。ルーナと応用魔法学を、ペリアンと薬学を、ルキフと騎士道を、そして四人で一緒に礼儀作法(応用)を受講したとか。さすがに騎士道は本当に見学だけで済ませたそうだが、どれも興味深いと帰宅後にメロディへ報告している。

 オリヴィアに睨まれている点を除けば、今のところルシアナの学園生活はなかなか順風満帆のようである。



「お嬢様は順調そうで何よりです。……それに比べて私は」



 メロディは清掃を終えたルシアナの寝室を見回した。埃一つない完璧な出来栄え。元々新築なので十分綺麗だが、さっき荷物を運び入れたばかりですと説明されても納得してしまう清潔さ。


 他のメイドが見たらどれだけ頑張ったんだと言いたくなるような完成度を前に、メロディは大きなため息をつくのだった。



 時計を見る――時刻は午前十一時。



「……お仕事、終わっちゃった」








 学生寮に来て以来メロディは……とっても暇だった。











「なーに、その贅沢な悩みは?」


 地下の使用人食堂。メロディの向かいの席に座っていたサーシャが呆れた声でそう言った。

 ブリッシュは目をパチパチさせて驚いた表情を浮かべている。


「というか、一人で部屋の清掃に洗濯、道具の手入れに夕飯の下ごしらえ等々の各種仕事を完璧にこなしても午前中に時間が余っちゃうって、どんだけ仕事できるのメロディちゃん?」


 面白いことなど何も言っていないのにウォーレンは可笑しそうに笑った。


「ううう、結構真剣に悩んでいるのに……」


 唇を尖らせて不機嫌をアピールするメロディ。


「……それでも可憐だ」


 どんな表情でもメロディが可愛く見えてしまうブリッシュ。

 メロディに恋しているのだろうか? ……ルシアナに見つからないことを皆で祈りましょう。


「私はメロディの仕事風景を直接見たわけじゃないから何とも言えないけど、今の話が事実ならおったまげた技能よね。羨ましいくらいだけど」


「個人的にはもう少し張り合いがほしいです。お嬢様のお世話をするのに不満なんてないんですが、王都のお屋敷の方が部屋数も多かったし、奥様もいらしたので仕事はもっとたくさんあって楽しかったんですけど……」


「仕事が多い方が楽しいだなんて、メロディちゃんは変わってるなぁ」


「メイドのお仕事は楽しいことばかりですよ?」


 苦笑するウォーレンに、メロディはコテンと首を傾げた。使用人としてその考え方に感心していいのか呆れた方がいいのか……。やっぱりウォーレンは苦笑してしまう。


 たった一人で王都の伯爵邸を切り盛りしてきたメロディにとって、学生寮の部屋など片手間で片付けられてしまう程度の広さであった。洗濯物の数だって少ないし、調理する料理の量も少ない。

 酷い言い方をすれば学生寮は伯爵邸の下位互換であり、メロディからすると職場環境が悪くなった印象を受けるのであった。メロディ以外には理解できない意味不明な悩みである。


 ルシアナに魔法禁止を言い渡されてよかったくらいだ。魔法など使った日には一瞬で終わってしまいかねない。


「だったら他の使用人達との関係改善策を重点的に……と言ってもすぐにできることでもないか」


「なかなか難しいですね。そもそも、思った以上に他の方々と話をする機会に恵まれなくて」


 メロディが想像していた以上に、学生寮の使用人同士が知己を得られる場面が少なかった。他の学生寮だと洗濯場がその最たる場所なのだが、残念ながら上位貴族寮ではそれも叶わない。


 普通に考えれば、彼らは自身の主の部屋を整えるのに忙しいので他の使用人とペチャクチャおしゃべりしているような時間的余裕は基本的にないのである。


 洗濯場以外の社交場となるのがこの使用人食堂のはずなのだが、今のところ結果は芳しくないようで、この五日間、メロディの食事相手はサーシャ達だけであった。


 実はこの使用人食堂にはルシアナの幼馴染二人の使用人達も足を運んでいるので、知り合える可能性は十分にあるのだが、お互いに全く面識がないせいもあって未だにその機会は訪れていない。


「皆はどう? 使用人の知り合いとか増えました?」


「まだそこまで気にしてないってのが正直なところね。私は元々パーラーメイドだけど、今はハウスメイドの仕事もしなくちゃいけないから割と忙しいのよ」


「なんて羨ましい」


 慣れない仕事のせいかサーシャは疲れたようなため息を吐いた。ブリッシュは道具の手入れや重い荷物の運搬などをしているらしい。


「俺はメロディちゃんと同じく一人だけど、平民寮なんてそっちと比べたら随分狭いからね。一人でもそれなりに頑張ればどうにか終われるんだよね」


「なんて羨ましくない」


「普通は羨まれると思うんだけどなぁ」


 基本的に生徒だけが暮らす前提の平民寮だが、一部の生徒の中には使用人を連れたい者もいるため、各階層のいくつかの部屋には使用人部屋がついている部屋が用意されていた。


「メイドとして、お嬢様のお世話をするのにこんな不平不満を感じるなんて自分でもどうかとは思うんですけど、なかなかどうして抑えられなくて」


 はぁ、と大きなため息が零れる。アンニュイな表情のメロディも可憐だとか考えているブリッシュの隣で、サーシャがふと思いついたことを口にした。


「ねぇ、メロディ。使用人食堂の掲示板って見た?」


「掲示板ですか? そんなのありましたっけ?」


「あるわよ。ほら、あそこ」


 サーシャの指差した先。使用人食堂の出入り口の隣に大きな掲示板が設置されていた。そこには何枚かの掲示物が張り付けられている。


「……全然気が付きませんでした」


「メロディってメイド技能はともかく、そういうところは疎いわよね。気を付けた方がいいわよ」


「は、はい。えっと、それで、あの掲示板がどうかしたんですか?」


「あそこの掲示物の一枚に使用人の臨時募集があったのよ。確か、午後の選択科目の臨時講師に付ける助手業務ね。年齢性別不問とあったから、本当に暇なら受けてみたら?」


「え? そんな募集、生徒の使用人が受けてもいいんですか?」


「使用人食堂の掲示板に貼ってあるんだから大丈夫なんじゃない? 急募って書いてあったし、雇用期間も一学期のみらしいから本当に急いでるんだと思うわよ。多分、家によっては使用人が余っているところがあるかもしれないって話なんでしょうね」


 昼食を終えたメロディは掲示板へ足を運んだ。確かにそこには急募と書かれた用紙があった。


 内容は、選択科目『騎士道』の臨時講師のための助手業務。雇用期間は一学期間。午後の選択授業の準備と、授業中の補助。年齢性別不問。主の許可必須。待遇については云々……。


(本当に募集してる。年齢性別不問ということは、特別力仕事ということでもないのかな。確かに、これを受けられれば午後の時間は潰せるけど……)


 それでいいのだろうか、と内心で考えてしまう。だが、興味はあった。


 選択科目の臨時講師に付くということは、少なからず校舎へも足を運べるはず。活動範囲を広げられるし、新たなメイド業務に出会えるかもしれない。



 そう、とても興味があった…………でも、不思議と躊躇してしまう。……なぜ?



 頭の中で疑問を抱きつつも、その日の夜、メロディはルシアナに頼んでみた。



「午後の選択科目の臨時助手? 構わないわよ。行ってきたら」


「いいんですか?」


「だって暇なんでしょ? どうせ一学期中は選択科目を仮受講するつもりだし、その間メロディが別の仕事をする分には問題ないわよ。多少遅れたってどうとでもできるしね。私は構わないわよ」


「えっと、はい。ありがとうございます」







 どうやらメロディの環境について薄々気付いていたらしい。快く送り出してもらうことができた……が、嬉しさ半分、不思議なもやもや半分というか、なぜかスッキリしないメロディだった。



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