第2話 王立学園の新たな出会い

 王都の中心に聳え立つテオラス王国の象徴的建築物、王城。


 その王城の隣をどどんと陣取る位置に、乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』の舞台『王立パルテシア高等教育学園』――通称『王立学園』があった。


 平民を含めた不特定多数の者達が出入りする施設が王城に隣接しているだなんて、警備的にこの立地はどうなんだとか、そんなことは言ってはいけない。全ては乙女ゲームの世界だからで軽く流してしまうのが精神衛生上よいだろう。歴史考証とか地政学とか気にしてはいけないのである。


 誰に対してか不明な言い訳はともかく、これからルシアナ達が暮らすことになる学生寮も王立学園の敷地内に新たに建てられたものだ。学園内にあった庭園の一部を大胆に切り崩し、たった二ヶ月で全生徒が住むことのできる巨大生活空間を作り上げたのである。


 正直、日本だったら設計の段階で二ヶ月を使い切ってしまうのではないだろうか。魔法がある世界だからこそできる偉業といえよう。とはいえ、国王による勅命で国中の魔法使いや建築家達がノンストップフル稼働で頑張った結果であることは言うまでもない。ホントにお疲れ様である……。


 学生寮は男女別にされたうえで身分によってさらに三棟に区分され、合計六棟が建てられた。

 王立学園は、在学中の生徒間の身分を重視しない校風ではあるが、身分によって生活スタイルが異なる以上、学生寮もそれに合わせた区別が必要であった。


 まずは『平民寮』。名前の通り平民の生徒達はここで生活することとなる。家賃は無料。併設されている食堂で朝食と夕食が食べられる。もちろんそちらも無料である。また、簡易キッチンも部屋に備え付けられているので自炊も可能だ。至れり尽くせりである。

 ちなみに寮は三階建てで、一年生は一階というふうに居住階層は学年に対応している。


 続いて『下位貴族寮』。騎士爵・準男爵・男爵・子爵といった貴族の中でも比較的階級の低い者達がこの寮で暮らすこととなる。平民寮同様に三階建てで、身分が高いほど上層階に部屋を宛がわれるように配慮されている。


 最後は『上位貴族寮』。下位貴族を除いた伯爵・侯爵・公爵・王族がここに住まうこととなり、三棟の中で最も豪華な仕様だ。こちらは五階建てで、最上階は王族専用階層となっている。


 貴族寮にも食堂、というかレストランが併設されているが、平民寮よりもしっかりしたキッチンが部屋に設置されているため、自室で食事をとる生徒もそれなりにいるものと思われる。


 そして上位貴族に分類される伯爵家の娘、ルシアナ・ルトルバーグに割り当てられたのは『上位貴族寮』の二階だった。経済力こそないものの領地持ち伯爵家であるルトルバーグの家格はそれなりで、伯爵家の中では結構上位だったりする。



「うわぁ、私の部屋より断然ひろーい……」


 ルシアナは口をポカンと開けながら自分の部屋を見渡すのだった。


「お嬢様、人前でないとはいえはしたないですよ」


 メロディがルシアナを窘めるが、それもまた仕方のないこと。王都邸にてルシアナの部屋は勉強部屋兼寝室の一室だけだったのに対し、学生寮の部屋の間取りは驚きの3LDKなのだから。


 勉強部屋と寝室、そして応接間の三部屋に加えて、リビングと広めのキッチンを完備。もちろんバス・トイレは別で――て、マンション案内ではないのである。


 ちなみに、これに加えて部屋続きで使用人部屋が設けられており、彼ら用に小さいながらもバス・トイレを完備。もちろんこちらもしっかり別々で……何度も言うがマンション案内ではない!


 驚きのとは言ったものの、実のところ領地持ちの伯爵令嬢の私室としてはそれほど豪華というわけでもない。結局のところ『貧乏貴族』ルトルバーグ家の王都邸が小さいだけだったりする。


「ですが、王都のお屋敷はともかくご実家の自室はもう少し広いのではないですか?」


 『貧乏貴族』とはいえ、ルトルバーグ家は何代も続く家柄だ。先々代がやらかすまでは真っ当な貴族として過ごしていたはずであり、手入れの良し悪しを無視すればこれくらいの部屋はあったのではないかと、メロディは考えていた……のだが。


「あぁ、うん、それね……」


 何やらルシアナは決まりが悪そうな表情を浮かべた。メロディははてと首を傾げる。


「お嬢様?」


「メロディにも言ったと思うけど、うちは曽お爺様の失策で大借金を抱えちゃったでしょ。それで領地の大部分を手放さざるを得なくなったわけなんだけど……」


「ええ、その話は初めてお会いした日に伺って……もしかして」


「う、うん。そうなのよ。その時に元々の我が家があった領地も手放しちゃったのよね、はは」


 一般的に、領主の住まいがあるのは領内で最も栄えている街であることが多い。つまり、最も売却益の高い土地だったのである。そして残念ながら、どえらい借金を抱えてしまったルトルバーグ家に選択肢は残されておらず、彼らは先祖代々の屋敷がある領地を手放したのであった。


「で、うちは残った領地に改めて小さい屋敷を建て直したってわけ。だから大きさ的には王都邸とそんなに変わらないのよね」


「そ、そうだったんですか……」


 もう何と返していいのか言葉に困ってしまう。本当に、先々代はやらかしてくれたものである。

 ちょっと暗い雰囲気になってしまったが、いつまでも呆けてはいられない。二人は気を取り直して部屋を整え始めた。正確にいうとメロディが整えて、ルシアナはティータイム(強制)である。


「メロディ、私も手伝うよ?」


「いいえ、これは私の仕事ですからどうぞお嬢様はリビングでゆっくりお寛ぎくださいませ」


 楽しそうに微笑むメロディに、ルシアナは苦笑するしかない。仕方なくお茶を口にした。


 メロディが部屋の整理を終えた頃、ドアベルが鳴った。


 玄関に向かうとメイド姿の少女が立っていた。背筋をピンと伸ばし、メイドは優雅に一礼する。


「お隣の部屋のインヴィディア家の者でございます。お嬢様がご挨拶申し上げたいとのことで、先触れに参りました。ご都合などはいかがでしょうか」


「ただいま主人に伺って参ります。少々お待ちくださいませ」


 一旦扉を閉めてルシアナのもとへ戻ると、メロディは要件を告げる。


「お隣の部屋のインヴィディア家の方がお嬢様へご挨拶されたいそうです。どういたしますか?」


「お隣さんが? だったら、今からでもいいわよ」


「こういった件は余裕を持って最低でも二、三日は空けるのが一般的なのですが……」


「でも、明日以降だと予定が立てられなくない? 授業でこれから忙しくなると思うんだけど」


「かしこまりました、今からで大丈夫か聞いてまいります」


「よろしくね」


 というわけでメロディが尋ねると、隣室のメイドはすぐに令嬢を連れて戻ってきた。


「初めまして、ルシアナ・ルトルバーグ様。インヴィディア伯爵家の長女、ルーナと申します。以後、お見知りおきくださいませ」


 ルーナはルシアナへニコリと微笑んだ。髪色はルシアナに比べると少しくすんだ金髪で、長い髪の左側をワンサイドアップにしている。少し儚げな印象の可愛らしい少女であった。


「ルシアナ・ルトルバーグです。こちらこそよろしくお願いいたします、インヴィディア様」


 ルーナを応接間へ通し、二人だけの軽いお茶会が始まった。ティーセットの準備を終えると、メロディはルーナのメイドと壁際に並んでお茶会を見守る。


「急な申し出をお受けくださりありがとうございます。ルトルバーグ様」


「とんでもございません。寮に入った初日でとても緊張していたのです。声をかけていただいてとても嬉しく思いますわ。どうぞルシアナとお呼びくださいませ、インヴィディア様」


「そう言っていただけると私も嬉しいです、ルト……ルシアナ様。どうぞ私のこともルーナと」


「ではルーナ様と。お優しい方が隣室で安堵いたしました。これからよろしくお願いします」


「私も同じですわ。お隣がルシアナ様で本当によかった。こちらこそよろしくお願いします」


 優雅にふふふと微笑みながら繰り広げられるプチお茶会。初対面ということもあって『淑女ルシアナ』モードでお送りしております。

 終始和やかな雰囲気のまま、滞りなくお茶会は終了し、ルーナは自室へ帰っていった。





 メロディ達だけとなり、ルシアナはソファの上で大きく息を吐きながら脱力する。人前で晒していい姿勢ではないが、メロディはティーセットを片付けながら仕方なさそうに微笑むだけだ。


「ふぅ、緊張した~」


「ふふふ、女家庭教師ガヴァネスとしては『大変よくできました』と申し上げておきますね」


「そう? よかった。……でもこんな堅苦しい話し方、学園でずっとやらなくちゃダメなのかしら? 正直、勉強よりもそっちの方がきついかもしれないわ」


「多分大丈夫だと思いますよ? 今日は初対面だからお互いに畏まっただけかと。きっと学園生活を過ごしていく間に打ち解けられますよ」


 ルシアナの脳裏に、柔らかい笑みを浮かべていたルーナの姿が思い浮かび、口元が綻んだ。


「……そうかな、そうだといいな」


 窓から差し込む夕日を眺めながら、ルシアナは明日からの学園生活に期待を膨らませていた。

 そしてメロディも……。


(ご令嬢と一緒に来てたメイドの子、凛として素敵だったなぁ。仲良くなってメイド談義とかできないかな、できたらいいなぁ)




 愛おしそうに夕日を見つめながら、そんなことを考えていた。見た目だけならとても絵になる立ち姿だったと、のちにルシアナが語ったとか語らなかったとか。




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