アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑮
「「「わーい!」」」
子供達が嬉しそうな声を上げて食堂へと走り出す。環境が改善されまともな生活ができるようになったとはいえ、贅沢ができるわけではないため、果物などのデザートを食べる機会がそうそうあるわけでもないのだ。
一人取り残されるアンナ。さっきまで一緒に遊んでとせがんでいたというのに現金なものだと苦笑しながら立ち上がると、柔和な笑みを浮かべたメロディが目の前に立っていた。
「さ、アンナさんも行きましょう」
「ええ、今行くわ」
ニコリと微笑み返し、二人は食堂へ向かった。この笑顔を曇らせたりしないと心に誓いながら。
「「「美味しい~」」」
「本当に美味しいわぁ。ありがとう、メロディさん」
「お口に合ったようでよかったです」
食堂にてカットされた果物を食べる一同。だが、メイド魂溢れるメロディが、ただ果物を切るだけで終わらせるはずがなかった。
「へぇ、このソース、甘酸っぱくて美味しいわね。これってピユーネから作ったの?」
「はい。砂糖がなくても果肉が十分甘かったので作ってみました」
ピユーネというのはアンナ達が差し入れした果物の名前である。オレンジのような柑橘系の果物で、メロディはそれを使ってソースを作っていた。綺麗に皮をむき、食べやすくカッティングされたピユーネにソースを垂らして、簡単なデザートの完成である。
「同じ果物で作ったソースだから、まとまりがよくて食べやすいわね」
「もっと時間があればもう少し凝ったデザートを作ったんですが」
「いいえ、十分ですわ、メロディさん。手持ちの材料で作れるうえに、果物を変えればアレンジも利きますから、レシピを教えてもらえてとても助かります」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
にこやかに微笑み合うメロディとシスターアナベル。わいわいと騒がしくデザートを食べる子供達を眺めていると、アンナは子供達が並ぶテーブルに空席があることに気が付いた。
「ねえ、シスター。あそこ、どうして席が空いているのかしら」
「ああ、あそこは新しく入った子の席よ。今、外出中なの」
「一人で? 大丈夫なの?」
軽く目を見張るアンナ。この辺りは治安がいいとはいえ、孤児院の子供が一人で出歩いて大丈夫なのだろうか。シスターアナベルは少々困ったような笑顔を浮かべた。
「まだ幼いのだけどとても賢い子で、自立心も強いみたいなの。今日もお仕事を探してくると言って外に飛び出してしまって」
「まだ九歳らしいですよ。私もデザートをひとつ取り置いてほしいと言われた時は驚きました」
「九歳なんて、まともな仕事はまだ無理だと思うけど……」
メロディの補足説明にさらに驚いてしまうアンナ。ここは中世ヨーロッパ風の世界であるが、やはり乙女ゲームの世界。少なくとも王都でそれくらいの年齢の子供が働くことはほとんど見られない。辺境伯領の小さな町出身のメロディでさえ、九歳の頃はまだ働いていなかった。
「もしかして、孤児院に馴染めてないの?」
「いいえ、子供達とも仲良くやっているわ。ただ、本人が言うには「早く自立して孤児院にお金を入れなくちゃ!」と張り切って、なかなか諦めてくれなくて」
気持ちは嬉しいのだけど困ったこと、とシスターアナベルは苦笑を浮かべるのだった。
「アンナお姉ちゃん、メロディお姉ちゃん、また来てね!」
「今度はお裁縫教えてね」
「次は絶対逃げ切ってやるからな!」
「またおやつ持ってきてね~」
最後の子は何とも欲望に忠実だが、二人はニコリと微笑んで了承する。
「今日は来てくれてありがとう、二人とも。とても楽しい一日でした」
「こちらこそとても楽しかったです。またお邪魔させてください」
「しばらく忙しくなるからすぐには無理かもしれないけど、また来るわね」
既に日は傾き始め、メロディとアンナは孤児院を去る時間となっていた。子供達とシスターアナベルに見送られ、二人は雑談を交えながら孤児院を後にした。
「アンナさん、しばらく忙しくなるんですか?」
「ええ。ほら、もうすぐ学園が再開されるでしょう。それ関係でちょっとね」
「もしかして、アンナさんもアンネマリーお嬢様と一緒に学園へ行くんですか? 私もなんです」
「え? あ、ああ、えっと、私は行かないわよ? でも、ほら、人員調整とか色々、ね?」
「ああ、そういうことですか。向こうでも会えるかと思ったんですが、残念です」
納得するがちょっとガッカリした様子のメロディ。アンナは苦笑しつつも上手く誤魔化せたと内心で安堵した。
「向こうでもってことは、メロディはルシアナお嬢様について学園へ?」
「はい。我が家には私しかメイドがいませんから」
「それだとお屋敷の方が大変なんじゃない?」
「実はひとつ、思いついた対策があるのでちょっと実行してみようかと」
「対策? どんな?」
「ふふふ、秘密です」
人差し指をそっと口元に寄せながら得意げに微笑むメロディの何と可愛らしいことか。メロディの可愛さにコロッと誤魔化されたアンナだったが、とある建物を目にして気持ちが切り替わる。
「あれは……」
それは、孤児院に隣接されている教会だった。そして、ひとつのイベントが脳裏に浮かぶ。
「……ねぇ、メロディ。帰る前にちょっと教会に寄っていかない?」
「教会ですか? 構いませんけど……」
不思議そうに首を傾げるメロディの手を引いて、アンナは教会へと足を踏み入れる。そして迷いなく建物の奥へと進んでいった。
「アンナさん、あの、こんなところまで入って大丈夫なんですか?」
「メロディ、静かに……入れるんだから大丈夫でしょ」
どこの泥棒の言い訳だと言いたくなるようなことを小声で囁きながら、二人が辿り着いたのは。
「さ、ここを昇りましょう」
「ここは……」
螺旋状の階段を上り終えると、そこは教会の鐘楼だった。
鐘楼から夕暮れに彩られた王都の街並みを見下ろすことができる。
「ご感想は?」
「……綺麗ですね」
こっそり忍び込んだことも忘れて、メロディは赤く染まった王都の姿に感嘆の息を漏らす。じっと外を眺めるメロディを、アンナは背後から見つめていた。
(本当は今日じゃないはずなんだけど、イベント的にはもう終わっているわけだし、いいよね?)
このイベント、デートだけなら当日で終わるが、イベントとして完了するにはそれなりに時間がかかる。何せ横領犯の洗い出しやその裁定、孤児院の立て直しなどやることは多いので、数日で終わるはずもないのだ。他のイベントをこなしながら、忘れた頃に事件が解決するのである。
そして、孤児院の事件が全て片付いた時、この鐘楼のイベントが発生するのだ。
平民のカップルを装って孤児院を視察した王太子とヒロイン。帰る時間もちょうどこのくらいで、今のアンナとメロディのように帰路に就くところだった。
そんな中、孤児院が助かったというのに王太子の隣を歩くヒロインの表情はどこか浮かない。
この時、彼女は寂寥感に苛まれていた。最近では護衛騎士ともある程度仲良くなり、学園でも友人ができるなど、最初に比べればとても過ごしやすい環境になったといえる。
だが、いまだに実の父との意思疎通は上手くいっておらず、伯爵家では居心地の悪い思いをする毎日。そして今日目にした孤児院のシスターと子供達……まるで本当の家族のように仲睦まじい光景と、自分が失った在りし日の思い出が重なって、言いようのない寂しさを感じていた。
だからなのか、王太子は先程のアンナのようにヒロインをこっそりと鐘楼へと誘うのだ。そしてヒロインもまた、今のメロディのように夕暮れに染まった街並みに感嘆の息を漏らすのである。
メロディの口から、ゲームと同じセリフが紡がれる。
『あ、孤児院が見えますよ、殿下』
「あ、孤児院が見えますよ、アンナさん」
アンナもゲームに合わせた返答をする。
『そうだな』
「そうね」
孤児院へ目を向ける。三年前はボロボロだった建物は、今では補修もされて古めかしくも美しい姿へと変わっていた。広場には、先程まで自分達とあれだけ遊んだにもかかわらず、まだ数人の子供達が元気よく遊び回っている光景を見ることができた。
それをメロディは、ヒロイン同様無言で見つめ続ける。鐘楼に夕日が差し込み、アンナの目にメロディの後ろ姿がシルエットとなって映し出された。
それは、とても見覚えのあるものだった……。
「……ヒロインちゃん?」
アンナはこれと全く同じ光景をゲームのスチルで見たことがあった。なんの偶然か、今日メロディが着ている服は、デザインこそ違うもののシルエットはゲームに酷似していた。風に靡く髪の動きまでゲーム通りに再現されているようにも見え、目の前にいるのが本物のヒロインなのではないかと錯覚してしまいそうになる。
アンナは思わず前に出た。それは奇しくも、その儚い後ろ姿に嫌な予感がして飛び出した王太子と同じ行動であった。
『セ、セシリア?』
「メ、メロディ?」
そっとメロディの顔を覗き込むアンナ。この時、ヒロインならば「こんな素敵なところへ連れてきてくれてありがとうございます、殿下」と言いながら愁いを帯びた寂しそうな笑顔を浮かべ、王太子をドキリとさせてしまう。そして、条件が揃っていれば亡き母の話で王太子との親密度が増すイベントとなるのだが……。
メロディはアンナの方へ振り向くと、こう告げた。
「こんな素敵なところへ連れてきてくれてありがとうございます、アンナさん」
愁いなど一切感じさせない、満面の笑みを浮かべて――。
「……違う」
「え?」
「あ、ううん! 何でもないの。気に入ってもらえて嬉しいわ。また来ましょうね!」
「ふふふ、今度はきちんと許可を取って昇りましょうね」
無言でコクコクと頷くアンナに、メロディはクスクスと笑って返した。
再びこっそり鐘楼を下りながら、アンナは思う。
(……私ったら、不覚にもメロディとヒロインちゃんを混同しちゃうなんて、ゲームファンとしてはまだまだね。だけど、本当によく似てたなぁ)
シルエットだけなら間違いなくヒロインそのものだった。そう考えながらアンナは教会を後にするのだが……思い込みとは恐ろしいものである。自分が髪を染めているというのに、目の前の少女が同じことをしているとはこれっぽっちも考え付かないアンナ。いや、案外人間なんてそんなものなのかもしれない。
こうしてまた、アンナは絶好の機会を自ら逃すのであった。
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