アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑭
「きゃー!」
「いやー!」
「誰か助けてー!」
孤児院の広場に子供達の悲鳴が木霊する。きゃっきゃきゃっきゃという笑い声とともに。
「待ちなさーい!」
そして子供達を追い掛け回す暴漢の声……なんてことはなく、もちろんアンナである。彼女達は鬼ごっこをして遊んでいた。
「捕まえた!」
「くっそー!」
「てこずらせてくれたわね、覚悟なさい!」
「み、みんな、俺のしかばねを超えて逃げ切ってくれー!」
セリフだけ聞けばマジモンの暴漢であるが、まあ、その場の雰囲気に合わせただけである。少年を広場の隅の木陰に連行すると、アンナは再び子供達に向かって走り出した。
「さあ、次に私の餌食になるのは誰かしら?」
「「「逃げろー!」」」
そしてまた、広場に楽しそうな悲鳴が響き渡る。その光景に表情を綻ばせるも、アンナの心境は少々複雑だった。
(自分のやったことに後悔はないけど、完全にこれ、ゲームのシナリオを無視してるわよね……)
元気に遊びまわる子供達。だが、本来のデートイベントでは、孤児院はこのような状態ではないはずだった。元々、ここを助けるのはヒロインの役目だからだ。
最後のデートスポット、もとい視察先として選ばれた下層区の孤児院へ訪れる王太子クリストファーとヒロイン。そこで二人は孤児院の現実を知ることとなり、そこから孤児院への支援と救済、横領者の断罪のシナリオなどが始まるのだ。……が、アンナことアンネマリーはそれを自分で前倒しにしたのである。
(だってあんなの、放置できるはずないじゃない)
ゲーム設定で孤児院の現状は把握していたつもりだった。しかし、テキストで知っていたそれを実際に目にした時、ゲームのシナリオが動き出すのを待つことは、彼女にはできなかった。
アンナが孤児院を訪れたのは三年前。今日までここを放置していれば、目の前で笑う子供達のうち何人が生き残っていたことか。
だから、あの時孤児院を助けた自分を間違っていたとは思わない……のだが……。
(……私、マジでいろいろシナリオ無視してやらかしてるじゃないのよー!)
ちょっと前まで波及効果がどうのと悩んでいた自分が馬鹿らしくなるくらい、アンネマリーはゲームシナリオに干渉していたのであった。
「つっかまえた!」
「ぐわあっ!」
最後の一人を後ろから抱き着くように捕らえれば、ようやく鬼ごっこは終わりだ。独力で侯爵邸を抜け出せるアンナの体力ならそれほど大変な作業でもなかった。
「むう、もうちょっと粘れると思ったのに~」
「十歳児がお姉さんに勝てると思わないことね」
「ぐぬぬぬ……」
割と本気で悔しそうな少年だが、目的地で繰り広げられていた光景に目を見開くことになる。
「だーるーまーさーんーが……転んだ!」
「「「はっ!」」」
木の幹に向かって顔を伏せていた少年がバッと振り返ると、その視線の先にいた少年達が掛け声とともにピタリと動きを止めた。
先んじてアンナに捕まっていた少年達は、とっくに次の遊びを始めていたのだ。ちなみに、だるまさんが転んだはアンナが教えたものだったりする。
「あーら、私から逃げ回ってるうちにあなた、のけ者にされちゃったんじゃない?」
「ひでえ! おーい、俺もやる、やるから仲間に入れろー!」
アンナの拘束を逃れて、少年はだるまさんが転んだグループに交じっていった。既に自分などいなくても好き勝手に状況を楽しむ彼らの様子に、嬉しいような寂しいようなため息が零れる。
「アンナお姉ちゃーん」
木を挟んで少年達とは反対の木陰に腰を下ろしていた少女達がアンナに手を振った。手を振り返して、アンナは少女達に合流する。
「ほら、私が見つけたんだよ!」
嬉しそうに少女が差し出したのは四葉のクローバー。つまり、シロツメクサである。この世界は日本で作成されたゲームの世界だからか、異世界だというのに地球と同じ、もしくはよく似た植物が多く見られる。シロツメクサもそのひとつだった。
「よく見つけたわね。ふふふ、きっといいことがあるわよ」
「うん!」
「アンナお姉ちゃん、これ、できないよ~」
別の少女が差し出したのは束になったシロツメクサだ。花冠を作ろうとして失敗したらしい。
「それじゃあ、一緒に作りましょうか」
「私も~」
「アタシもやりたーい」
少女達は全員でシロツメクサの花冠を作ることとなった。四葉のクローバーの少女など、器用に四葉も一緒に編み込んでなかなかの出来栄えだ。
「「「できた!」」」
完成した花冠を少女達が思い思いに頭に飾り付ける。ある者は普通に真上から、ある者は斜めに置いてみたり、またある者は冠なのに腕輪にしてみたり、それぞれが自由に楽しそうだ。
広場に響く無邪気な笑い声を聞いて、やはり自分の選択は間違っていなかったと考えるアンナ。
……でも。
(ヒロインが現れない理由。もしかすると、私がこうやって彼女の役目を奪ったせいかもしれない。ヒロインの活躍の場を私が先んじたから、彼女が登場する運命もまたなくなって……)
ただの憶測に過ぎないが、何となくそんな気がした。
世界の運命は、おおまかにゲームのシナリオ通りに進んでいる。それでも齟齬が生じる一番の問題はやはり、ヒロインが不在な点だ。いまだにはっきりとした原因は分からない……が、王城でルシアナの話を聞いて気が付いたことは概ね正解だろうと、アンナは思う。
(個人の小さな行動の差異には、きっと大した影響はない。でも、定期馬車便のように王国全域に渡ってシナリオにない行動を起こした影響は間違いなく出ているはず。それに何より、私……『アンネマリー・ヴィクティリウム』をちゃんと演じられていない。クリストファーの方がまだ『彼』として振舞っていた……)
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における悪役令嬢『アンネマリー・ヴィクティリウム』とは、傲慢で臆病で単純でおバカな、まさに当て馬のようなライバルキャラという位置づけだった。
だが、ここにいる彼女は周囲から『傾国の美姫』や『完璧な淑女』などと呼ばれており、ゲームの『彼女』からは程遠い人物像を形作っている……ゲームの重要人物である自分と定期馬車便、どちらがシナリオに大きく影響したのかなど考えるまでもないだろう。
(結局、私ってばゲームのシナリオを気にしている振りばっかりで、実際には自分に都合のいいように行動しているだけなのよね……覚醒して九年、気が付くのにこんなに時間がかかるなんて)
子供達の世話をしながら、アンナは小さく息をつく。
「どうしたの、アンナお姉ちゃん?」
少女の一人が目ざとくアンナの変化に気が付いた。サッと笑顔を取り繕い、アンナは答える。
「何でもないわ。この前ちょっと失敗しちゃったことを思い出しただけよ」
「ふーん? でも大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「うん! だって、アンナお姉ちゃんの物語は絶対にハッピーエンドになるんだから!」
「……ハッピーエンド?」
「うん! ね、みんな」
「私達がハッピーエンドになったんだから、アンナお姉ちゃんも幸せになるに決まってるよ」
「そうそう。そうじゃないとあとあじ? が悪いもんね!」
「「「うん、ハッピーエンド!」」」
「そう……そうね」
アンナの心がほっこりと温まる。彼女の言葉と齎された幸運が、少女達に未来を信じる心を与えていた。その事実が、揺れていたアンナの心を大きく支えてくれる。
(そうよ、そうだわ。私は確かにシナリオの一部を壊してしまった。だけど、それが必ずしもバッドエンドに繋がっているわけじゃない)
実際、ゲームのシナリオから外れつつある現状だが、これまでに特段不幸な出来事は起きてはいない。死ぬはずだったルシアナの運命は回避され、孤児院の子供達は元気だ。
(シナリオ通りに進まなくても、ハッピーエンドを目指すことはできるはず……私が、ゲームの『彼女』でなくても、『私』としてきちんと未来を選択すれば……)
アンナの中で何か大切な光が灯った気がした。
「みなさーん、果物を切りましたからおやつにしましょう。食堂へ来てくださーい」
そして、おそらくこの世界で最もシナリオをガン無視している少女の声が広場に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
明日(3/26)はお休みします。よろしくお願いいたします。
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