アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑬

 常識的に考えて、貴族令嬢が何の先触れもなく孤児院へ慰問に来るなんてありえない。どのみち無理な話ではあったが、貴族を迎え入れる準備が本来なら必要だからだ。

 だが、アンネマリー・ヴィクティリウムは本当に唐突に、しかし、さも当然のように孤児院を訪問したのだそうだ。


「……驚いたでしょう」


「ええ、もちろん驚きました。これまで何の繋がりもなかった侯爵家のご令嬢が来たのですもの。初めてお会いした時は驚きよりも先に呆然としてしまったものだわ」


 当時を思い出してか、シスターアナベルは可笑しそうにクスクスと笑う。


「……でも、一番驚いたのは、彼女が大量の物資を寄贈してくださったことね」


 シスターアナベルの説明によれば、アンネマリーは慰問の印として食料や衣類など、たくさんの生活用品を寄付してくれたのだという。


「まるでこちらで不足している物を全て把握していたかのような手際でしたわ」


 慰問にいらしたのに、まさか大工まで引き連れて孤児院の応急補修をしていくだなんて、聞いたこともありませんもの――と、シスターアナベルは苦笑しながら教えてくれた。

 その後、アンネマリーは一通り孤児院を見て回るとすぐに次の慰問に行かなくてはと告げて、足早に孤児院を去っていったそうだ。


「え、じゃあ、この辺りの孤児院全部を慰問していかれたんですか?」


「そのようです。そして、それから孤児院の環境は劇的に改善されていったのです」


 アンネマリーの慰問から数日後、王国から使者がやってきた。それは孤児院の補助金に関する話で、なんと驚くべきことに王国からの補助金が横領されていたというのだ。数年前に赴任した担当者が補助金の一部を着服していたらしい。


 その者は罪に問われ、彼の財産から着服された分の補助金が孤児院へ渡されることとなった。

 また、今後の補助金も現在の経済状況に合わせて再計算してもらえるとか。

 シスターアナベルは、日を追うごとにコロコロと変わっていく現状についていくのも大変だったと、当時の苦労を語ってくれた。


 一通りシスターアナベルの話を聞いたメロディは、チラリと食堂に目をやった。豪華には程遠いが、孤児院の食堂は数年前まで困窮していたとは思えない雰囲気だ。特に補修を必要としている箇所もなく、多少古くはあるものの生活するには十分な佇まいをしている。


(……アンナさんがアンネマリーお嬢様に現状を報告したってことなのよね? ……多分)


 そうとしか考えられない。慰問をするにしても、侯爵令嬢ともあろう者が通常の手順を踏まずに行動するなんて、かなり異例なことだ。おそらく緊急の案件として伝わったのだろう。


 とはいえ、アンナが来訪して翌日には物資と人員を引き連れて慰問をするなんて……メロディはアンネマリーの行動力に驚きを隠せない。貴族令嬢とは思えない即断即決ぶりであった。


(もしかして、アンナさんはアンネマリーお嬢様のご命令で孤児院へ行ったのかしら?)


 それだったらアンネマリーの行動も理解できる。前々から孤児院の現状を知っていて、アンナに確認に行かせたのだ。支援準備は既に整っていたからこその迅速な対応だったのかもしれない。


 こうなってくると、補助金の件も彼女が関わったのではないかと勘繰ってしまう。アンネマリーは王太子クリストファーの婚約者候補であり、王国の中枢とも太いパイプを持っている。孤児院の補助金担当者を調べるくらい造作もないことだろう。


(でもこれ、さすがにアンナさんに聞いていい話ではないかな……)


 メイドたる者、主家の事情をペラペラとしゃべってはいけないのだから。メイドの矜持に反することがメロディにできるはずもなかった。



 だが、そこでふと疑問が生まれた。



「あの、シスター。どうしてアンナさんが『幸運の女神』なんですか? 今のお話だと、慰問と称していろいろ支援してくださったアンネマリー様の方が相応しいと思うんですけど」


 確かにアンナは困窮していた孤児院へいち早い支援をしてくれた存在ではあるが、その度合いでいえばアンネマリーの方が圧倒的に上だ。なのに、なぜアンナが幸運の女神なのだろうか?

 シスターアナベルは、不思議そうに首を傾げるメロディへ向けて柔和な笑みを浮かべた。


「……だからこそ、彼女が幸運の女神なのですよ、メロディさん」


「えっと、それってどういう……」


 理解が追いつかない顔のメロディを見て、シスターアナベルは小さく苦笑する。そして食堂の窓へと視線を移し、その先の青空を見つめながら思い出すように語った。


「差し入れに来た日、アンナちゃんはみんなにこう言ったのよ」




 ――私、物語はハッピーエンドが好きなの。そうじゃないと、後味が悪くて嫌だもの。だから、私が読む孤児院の物語もきっと、ハッピーエンドになるはずだわ。




「……彼女はそう言って孤児院を去っていったの。つらい毎日の中で、彼女の言葉は想像以上に子供達の心に残ってしまったのね。そして、その翌日にはアンネマリー姫の慰問、補助金の改善と話が進み、まるでアンナちゃんが言ったように孤児院に幸運が訪れ始めた。子供達にとって、全ての始まりはアンナちゃんの言葉だったのよ」


「だからアンナさんは幸運の女神なんですね」


 全ては彼女の訪問から始まった。子供達の中ではアンナが孤児院へ幸運を運んでくれたという認識なのだろう。メロディは納得してうんうんと頷く。だが、その表情を見たシスターアナベルはなぜか苦笑を深めるのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る