アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑫

「なんでそうなるのよ!」


 すかさずツッコミを入れる少女、アンナ。ハリセンがあればスパンといっちゃう勢いである。


「まあ、とても仲がよさそうでしたから、てっきり結婚の報告にいらしたのかと」


「よく見て! 女同士!」


 自身とメロディを交互に指差しながら、アンナは当然の主張をした。だが、シスターアナベルはゆっくりと首を横に振ると、いつの間に箒を手放していたのか、胸の前でそっと両手を組んだ。


 そして、まるで聖母のような笑みを浮かべて――。


「いいえ、愛の前には些末なこと。世間が何と言おうとも、わたくしだけはそれを否定したりなどいたしません……神の前で心を偽る必要などないのですよ?」


 とても徳の高そうなお言葉を告げるのだった……が。


「だーかーらー、違うって言ってるでしょう!?」


 もちろんツッコミ対象である。……孤児院の玄関口で何をやっているのだろうか。内心でそんな疑問が明滅するアンナの隣から、突然クスクスとした笑い声が漏れ出した。


「メロディ……?」


「ふふふ、お二人は仲がよろしいんですね」


 向かい合う二人に向けてメロディがそう言うと、シスターアナベルが頬を上気させて微笑む。


「そう見えますか? ええ、わたくしとアンナちゃんは仲良しですのよ」


「まあ、そうなんですか……もしかして、お二人の関係は……ご夫婦?」


「メロディ!?」


 わざとらしくハッと気が付いたように尋ねるメロディに、アンナは思わず声を荒げた。まさかそのネタに乗っかっちゃうつもりなのかと。

 シスターアナベルは「まあ」と驚きの声を上げると、クスクスと笑い出した。


「とても素敵な誤解ですけれど、わたくし、年下の旦那様はちょっと……」


「だ、か、ら、私達は女同士だって言ってるでしょう! というか今度は私、シスターと結婚するの!? しかも私が旦那!? そのうえなんか振られてるし! そもそもそれ以前に、あなたはシスターなんだから結婚しないでしょうが! もう、ツッコミどころが多すぎるうううううう!」


 ……いや、本当に、孤児院の玄関口で何をやっているのだろうか。一気にまくし立てたアンナは、ゼエゼエと肩で息を弾ませながら、何がなんだかよく分からなくなっていた。


 そして、二人の口から「ぷすっ」と息が漏れたかと思うと、涼やかな笑い声が辺りに響き渡る。その様子にしばらく瞠目していたアンナだが、すぐに顔をしかめて二人にジト目を向けた。


「……メロディ」


「クスクス、ごめんなさい。だって、アンナさんってば物凄い勢いで否定するから……」


「そ、それは……!」


「ふふふ、どう考えてもシスターの冗談じゃないですか。それなのにアンナさんってば」


「うぅっ!」


 言われてみればそうである。あんな言葉、さらっと流していればこんな展開にはならなかったのに、なぜ自分はこんなにも全力否定してしまったのか。アンナの顔が真っ赤に染まる。


「も、もう! シスターが変なこと言うからでしょう!」


「うふふ、ごめんなさいね。少し冗談が過ぎたみたい。でも、仲良しだと思ったのは本当ですよ? いつも一人で来ていたアンナちゃんが誰かと一緒だと思ったら、お揃いのカバンを持って並んでいるんですもの。ふふふ、愛らしいこと」


「きゃああああ! そんなんじゃないんだから! これは差し入れ、差し入れなんだからね!」


「アンナさん、そこ、恥ずかしがるところじゃないですよ?」


 メロディの冷静なツッコミに、アンナはさらに顔を赤くして恥ずかしがるのであった。そんな二人の遣り取りをシスターアナベルは微笑ましそうに見つめる。そしてパンと両手を叩いた。


「さあ、いつまでもそんなところに突っ立っていないで中へ入ってくださいな、お嬢様方?」


「確かにそうね……て、全部シスターのせいでしょうが!」


「孤児院へようこそ、二人とも。歓迎いたしますわ」


 優しい笑みを浮かべながら、シスターアナベルは二人を招き入れた。










「わーい、アンナお姉ちゃんだ!」


「いらっしゃい、アンナお姉ちゃん!」


「アンナ姉ちゃん、一緒に遊ぼうぜ!」


「ちょ、ちょっと待って! 順番、順番にね、きゃっ! スカートは引っ張っちゃダメ!」


 孤児院に入ると二人は食堂へ案内された。差し入れの果物を預けて少し休もうかと思った矢先、アンナの来訪を聞きつけた子供達がやってきたのであった。瞳をキラキラさせた子供達の群れが容赦なくアンナに襲い掛か……ではなく、じゃれついてくる。


「あ、このお茶、美味しいですね。飲んだことのない味です」


「それね、最近うちで育て始めたハーブで作ったのよ。よかったらレシピをお教えしましょうか」


「はい、ぜひお願いします」


 子供達に囲まれたアンナとは対照的に、メロディとシスターアナベルの周りは静かなものである。アンナ達から少し距離を取った食堂の片隅で、二人はまったりティータイムを楽しんでいた。

 どうやら初めてやってきたメロディはまだ遠巻きにされているらしい。アンナが子供達と遊んでいる間は、シスターアナベルと談笑することにしたのであった。


「元気な子供達ですね」


「ふふふ、そうね。アンナちゃんに会うのは久しぶりだから、あの子達もはしゃいでいるみたい」


「きゃああああ! 髪を引っ張るのも禁止だって言ってるでしょう!」


 子供達に揉みくちゃにされるアンナを微笑ましそうに見つめるメロディとシスターアナベル。無邪気にアンナを慕う様子の子供達を見ていると、彼女の悲鳴など大したことではないように思えるから不思議だ。

 この光景を見ることができただけで、孤児院へ来てよかったと思うメロディであった。


「ううう、しょうがない! 全員広場へ行くわよ! ついてきなさい!」


「「「はーい!」」」


「メロディ、一緒に行きましょう!」


「私はもう少しシスターとお話してから行きますね」


「なんで!?」


「子供達はアンナさんと遊びたいんですよ。ねえ、みんな?」


「「「うん!」」」


 元気よく何度も首を縦に振る子供達。その勢いにアンナは唖然としてしまうが、メロディはその様子もまた微笑ましいと感じていた。


「心配しなくても私も後でそちらへ行きます。そうしたら私も仲間に入れてね、みんな」


「「「いーよ!」」


「ううう、それじゃあ、待ってるからね。しょうがない、みんな、外へ行くわよ。ゴー!」


「「「ごー!」」」


「転ばないように気を付けるんですよ」


 ドタドタと勢いよく食堂を走り去っていくアンナ達に向けてシスターアナベルが注意を促すが、おそらく足音に負けて声は届いていなかっただろう。だが、彼女は特に気にした様子もなく、皆が出て行った食堂の入り口へ柔らかい視線を向けるだけであった。


「アンナさん、大人気ですね」


 孤児院に顔を出しているとは聞いていたが、まさかここまで子供達から慕われているとはメロディも考えていなかった。初めてその光景を見た時はさすがに面食らったものである。


「……アンナちゃんはね、この孤児院の幸運の女神なのよ」


「幸運の女神ですか?」


 シスターアナベルの話によると、ここ数年の間に年々、王国からの補助金が削減されていたらしく、そのせいで孤児院は経営難に陥っていたのだとか。


「どうにかやり繰りして耐えてきたのだけど、この数年で少しずつ物価が上がってきたでしょう? とうとう補助金では賄いきれなくなってしまったの」


 メロディは瞬時に理解した。物価が上昇したとはつまり、王都の景気がよくなったのだろう。メロディが知っているだけで、王太子クリストファーは定期馬車便や商業ギルドの改革などを行っており、おそらくそれらが経済効果を生んだのだ。道路を整備し、人や物の流通を増やし、仕事を斡旋して失業者を減らせば、当然のように経済は回り始める。それはよいことなのだが、孤児院にとっては都合の悪い結果となってしまったようだ。


 なぜなら、補助金で生計を立てていた孤児院は、経済活動の枠組みに含まれていなかったからである。

 物価が上昇する過程を単純に説明すると『①物が売れて収入が増える』『②物を買う人が増える』『③値段が高くても買いたい人が増える(需要が供給を超える)』『④物価が上昇する』となる。


 だが、孤児院には『①物が売れて収入が増える』の段階が存在しない。それどころか年々景気がよくなっていくのに反比例するように補助金を削減されたせいで、名目上の数字よりも加速度的に収入は激減していったのである。


「この数年は本当に苦しい生活だったわ。こういう時期に限ってなぜか孤児が増えて、さらに生活が圧迫されて。だからといって子供達を見捨てるなんてできるはずもないし……」


(……経済格差が広がったのね)


 どんな光の裏にも影ができるように、経済が上向いたからといって全ての人が幸せになれるわけではない。おそらく、孤児院のように収入を増やせなかった人達が上昇する物価についていけなくなり、孤児が増える結果に繋がったとメロディは考えた。


「どんなに切り詰めても一日一回の食事すら厳しくなってきて、王国へ陳情しても反応がなくて、教会からもこれ以上の支援はできないと突っぱねられて……本当に途方にくれたわ」


 テーブルの上で組んでいた手を、メロディはぎゅっと強く握った。胸の詰まる話だ。自分の知らないところで、目の前のシスターを含めた多くの人が苦しんでいたなんて……。


 そんなメロディの心の機微を感じ取ったのか、シスターアナベルは眉尻を下げて微笑んだ。


「……そんな時よ。彼女が、アンナちゃんが孤児院へやってきたのは。もう三年くらい前かしら」


「三年前にアンナさんが?」


「ええ、今日みたいに突然現れたと思ったら、やっぱり今日みたいに唐突に「差し入れよ!」と言って食べ物を持ってきてくれたの」


「……なんだかアンナさんらしいですね」


「ふふふ、本当にね」


 シスターアナベルは当時を思い出し、メロディはアンナを想像してクスリと笑ってしまう。そしてシスターアナベルはそっと視線を下げた。


「……誰かが言っていたわ。その場限りの支援に何の意味があるのか、根本的な問題を解決することが一番大事なんだって……でもね、私達にとってはそのたった一回の支援が本当にありがたかったの。その一回分の食事を手に入れることさえ難しかったから」


「……本当に大変な時に助けてくれた人だから、子供達はアンナさんを慕うんですね」


「ええ、そう。そして、彼女が孤児院の幸運の女神でもあるからよ」


「あの、その幸運の女神というのは?」


「実はね、アンナちゃんがやってきた翌日、孤児院にとある貴族のお嬢様が慰問にいらしたの」


「貴族のご令嬢が? 一体誰が……」


 メロディはハッとした。まさかそれって――。



「王国の名門貴族、ヴィクティリウム侯爵家のアンネマリー姫が突然いらっしゃったのよ」

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