アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑪
「結局買っちゃいましたね、籐製のカバン」
「まあ、あれよ。このまま孤児院に寄贈しちゃえばいいのよ、うん」
二人の手には、先程工芸品エリアで見かけた籐製のカバンがあった。メロディのカバンには二人の人形が、アンナのカバンには孤児院へ差し入れるための果物が入っている。
「アンナさん、やはり半分こにしませんか? さすがに重いでしょう?」
孤児院にはたくさんの子供がいるということで、カバンの中の果物の数は多い。だが、メロディの提案をアンナは固辞した。
「いいのよ。差し入れを買いたいと言ったのは私だし、同じカバンに人形を一緒に入れたら匂いが移っちゃうわ。それに、ハウスメイドなだけあって私、結構力持ちなのよ?」
そう言って片腕でカバンを持ち上げるアンナの腕は、小刻みに震えていた。何を言っても無駄と理解したメロディは、仕方なさそうに苦笑する。
「もう、しょうがないですね。本当につらくなったら言ってください。交代しますから」
「ええ、分かったわ。ありがとう、メロディ」
ゲームにて、王太子クリストファーが最後に選んだデートスポットは下層区の孤児院だった。
デートに孤児院とはこれ如何にとなるところだが、今回はあくまでカップルを装った王都の視察が目的なので、王太子はヒロインを説得して下層区の孤児院へと向かうのだ。自分の知らない、王都の現実をこの目で確かめるために……。
だが、王太子でもなければ視察も行っていないアンナは別の理由をでっちあげた。
「ごめんね、急に孤児院に行きたいだなんて言い出して」
「いいえ、気にしないでください」
孤児院へ向かう道すがら、アンナは改めてメロディに謝罪した。対するメロディは特に気にした様子もなく笑顔で応える。
「確か、孤児院にお知り合いがいるんですよね」
「そうなの。そこのシスターとちょっとね。最近行ってなかったから気になっちゃって」
さもデート中にふと思い出したかのように語るアンナ。もちろん嘘っぱちである。デート中ずっと孤児院へ向かう正当な理由はないかと考えた結果がこれだった。
だが、全くの嘘というわけでもない。実際、彼女は孤児院を訪れたことがあった。アンナとして。
孤児院は今回のイベント以外にもゲームの舞台となる場所だったので、シナリオが始まる前に現場の下見をしたのである。シスターとはその時に知り合っていた。
だから正直、孤児院を視察する必要は皆無だ。大体の現状は把握済みなので……ただただ、ゲームイベントに合わせるためだけの行動であった。
とはいえ、最近ご無沙汰だったのも事実だ。学園への入学準備や舞踏会襲撃事件の後始末に追われた結果、もう何ヶ月も訪ねられなかったのである。だから、久しぶりに行きたいという気持ちに嘘はなかった。
二人は中層区を抜け、東側の下層区に入った。歩くにつれ、立ち並ぶ家々の雰囲気が雑多な印象に変わっていく。造りは違うが、日本の下町を思い起こさせる風景だ。
「……下層区にはスラムがあると聞いていたのですが、そんな感じはしませんね」
下層区は初めてなのだろう。メロディは物珍しそうに周囲を見回していた。
「ここはスラムじゃないしね。普通の下層区の治安はそんなに悪くないわよ。特に東側は」
「東側には何かあるんですか?」
「王都の東側にはヴァナルガンド大森林があるでしょう。あそこを監視するためにこの辺を巡回する兵士が多いから治安がいいのよ。だから子供を預かる孤児院は東側に多いの。そして反対に、スラムは西側に多いってわけ」
「そうなんですか」
アンナの説明を素直に聞き入れるメロディ。だが、ふと何かが脳裏に過った。
(王都の東側? ……東の大森林? それって……)
「さあ、着いたわよ!」
メロディはハッと我に返ると、アンナの方を振り返った。何か大切なことに気が付いたような気がしたが、パッと思い浮かばなかったのなら大したことではないのかもしれない。
「ここが孤児院……」
見た目の印象は、小さな学校といったところだろうか。それも古き良き(?)木造校舎の。アンティーク風の鉄製の塀に囲まれた敷地の中には建物と一緒にグラウンドのような広場も隣接しており、孤児院の裏手には教会の姿が見えた。いや、これは逆かもしれない。教会の裏手に孤児院が立っているのだ。
「孤児院は教会の施設なんですか?」
「そうよ。あ、でも、王国からもちゃんと補助金は出ているからね」
「へぇ、詳しいんですね、アンナさん」
「そ、そうね! シ、シスターから聞いたのよ。ほほほ……」
アンナの博識ぶりに感心するメロディ。隣の少女がしゃべり過ぎたと内心で冷や汗をかいていることには気付かない。
なんて遣り取りを交わしていると、正面玄関の扉が開いた。そこから箒を持った修道服姿の綺麗な女性が姿を現す……修道服風の恰好と言った方が正確かもしれない。何やら地球で見られるものより体のラインがはっきりしているというか、いかにもアニメチックなデザインだったので。
メロディは内心で首を傾げつつも「まあ、異世界だし」と納得するに務めた。
「あ、シスター!」
「あら、アンナちゃん? お久しぶりね。また来てくれたの、嬉しいわ。隣の方はどなた?」
頭巾から亜麻色の髪を揺らしながら、シスターはコテリと首を傾げる。
「紹介するわ、この子はメロディ」
「メロディ・ウェーブと申します。よろしくお願いします」
「まあまあ、ご丁寧にありがとう存じます。わたくし、この孤児院の管理人をしております、アナベルと申します。こちらこそよろしくお願いしますね」
シスターアナベルはとても修道女らしい柔和な笑みを浮かべた。そして、右手をそっと頬に添えるとポツリと尋ねる。
「ところで、お二人の関係は……ご夫婦?」
……二人の少女はギャグマンガのようにズッコケそうになった。
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