アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑩
メロディは、そっと指輪の方向を指差し――。
「この藍色の石の……」
(ああ、そのセリフを選んじゃうんだ。それだとデート相手の、つまり私の好感度が上がらないよ、メロディ!)
おそらく好感度はカンストしていると思われるのでこれ以上の上昇は必要ないのだが、それでも乙女ゲームジャンキーとしては思ってしまう。攻略の選択肢を選んでと。
「……瞳をつけた人形が可愛いなって」
「……ん? 人形?」
想定外の答えが返ってきた。指輪じゃなくて人形?
改めてメロディの指差す先を見る……その方向は微妙に指輪から逸れ、その奥に並んでいた人形に向かっていた。茶色の髪に藍色の瞳をした可愛い女の子の人形だ。布と綿で作られているのでぬいぐるみに近いかもしれない。瞳の部分にはあの指輪と同じ石が使われているようだ。
「あら、それを気に入ってくれたの? よくできているでしょう、自信作なのよ」
「まあ、あなたの手作りですか? デザインも可愛らしいし、縫製もとても綺麗で素敵だなって思ったんです」
「ふふふ、ありがとうございます。お気に召していただけたなら買っていただけると嬉しいわ」
「ええ、いただきます。おいくらですか?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうかしました、アンナさん?」
二人の会話に思わず口を挟んだアンナ。なぜかゲームの選択肢外の答えになったが、このまま彼女に購入させるわけにはいかない。一応イベントに沿った行動を取らなければ。
「その人形、私が買うわ」
「アンナさんも欲しかったんですか?」
「そうじゃなくて、あなたにプレゼントさせて、メロディ」
アンナの提案にメロディは目を見張った。
「そんな、悪いですよ、アンナさん。これくらい自分で買います」
「今日のデートの記念だと思ってプレゼントさせてちょうだい。ね?」
「でも……」
実のところ、今日のデートは終始アンナの奢りなのであった。デートだからと押し切られていたが、さすがに自分が欲しいだけのぬいぐるみまで買ってもらうのは違うのではないだろうか。
(とはいえ、断るのもそれはそれで角が立つというか……)
悩んでいると、店員の女性が解決策を提案してくれた。
「だったら、お二人で贈り合ってはいかがです?」
「「贈り合う?」」
「ほら、見てくださいな。お隣にも可愛い人形が」
藍色の瞳の人形の隣には、同じく藍色の瞳と銀色の髪をした女の子の人形がちょこんと座っていた。二つの人形は色違いのようで、まるで姉妹のように並んでいる。
「へえ、この人形も可愛いわね」
「ええ、とても。まるで親子のようです」
「親子? どちらかというと姉妹じゃない?」
メロディの言葉にアンナは首を傾げた。それに対しメロディも「そうですか?」と不思議そうに首を傾げる。まあ、どちらでも構わないのだが、店員の提案は考慮に値するものだった。これならば一応自分からメロディにプレゼントを贈ったことにできる。メロディは素直に欲しいものを告げたので好感度上昇イベントは期待できないが……。
「いいんじゃないかしら。メロディ、どう思う? 私に茶色の髪の女の子を贈らせてくれない?」
「でも、アンナさんはいいんですか? 別に人形なんていらないのでは?」
メロディがそう尋ねるので、アンナは悪戯っぽくクスリと微笑んだ。
「ふふふ、今とっても欲しくなったの。メロディとお揃いの人形が欲しいの、私」
「アンナさん……分かりました。この銀髪の子を、アンナさんに贈らせてください」
「嬉しいわ。ありがとう、メロディ」
「私もありがとうございます、アンナさん」
二人はお互いを見つめながらニコリと微笑み合った。そして、店員の女性も嬉しそうに笑う。
「お買い上げ、ありがとうございますぅ」
……思い返してみれば、なんとも商売上手な店員である。まあ、三人にとってウィンウィンウィンな結果に終わったので特に文句もないのだが。
それぞれが両手に人形を抱えて、二人は雑貨屋を後にした。人形を見つめながら、メロディは優しい笑みを浮かべる。
(綺麗な藍色の石……お母さんの瞳にそっくり)
メロディには、手前にあった指輪よりも母セレナと同じ髪と目の色をした人形の方が余程インパクトが強く、思わず即決で購入を決めてしまったのであった。最終的にプレゼントされたが。
メロディは自分の人形とアンナの人形を交互に見やると、クスリと微笑む。
(……まるで私とお母さんみたい)
奇しくも二つの人形はメロディ親子を模した姿を象っていた。その片割れが新たなメイド友達の手にあるというのは、何とも不思議な感覚である……だが、なんだか嬉しいとも感じていた。
「アンナさん、この人形、大事にしますね」
「私もよ、メロディ」
人形を抱えながら終始微笑み合う美少女二人の様子は、市場でも大変微笑ましい光景であったとかなかったとか。
ちなみに、この人形を見たアンナの感想は――。
(銀髪に藍色の瞳とかまるでヒロインちゃんみたいね。イベントのお店にこんなものがあるなんて……ゲーム内のパロディ的要素なのかしら?)
セレナの情報を持たない彼女がメロディの真意に気付くことは、まあ、できなくて当然である。
「そろそろ市場を出ましょうか」
「はい。次はどこへ行くんですか?」
市場でのイベントも終わり、どうやら次のデートスポットへ向かうようだ。
「えっとね、次は……あ、その前に食品売り場で買い物をしたいんだけどいいかしら?」
「構いませんが、何を買うんです?」
「うーん、何がいいかしら? 大勢の子が食べられるものがいいんだけど……」
「大勢の子? 同僚へのお土産ですか?」
「いいえ、これから向かう先への差し入れね」
「差し入れ? えーと、次はどこへ行くつもりなんですか?」
デート中に差し入れの購入とはこれ如何に。メロディの質問にアンナは一言答える。
「下層区の孤児院よ」
デートイベント『ドキドキ! 初めてのお忍び休日デート』は、クライマックスへ向けて動き出そうとしていた。
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