アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑨
メロディとアンナが初めて出会った平民区画の大通り。あそこは上層区に位置し、人で賑わっていたものの、平民の中でも裕福な人達が利用していたこともあって、割と統制が取れていた。
だったらメロディに絡んできた男達は何なのかという話だが、世の中には常に例外は存在するということである。別にどんな人間がやって来ようとも法律上は問題ないので。
だが、今二人が訪れている市場は、いわゆる一般庶民が利用する場所であり、上品さよりも商売っ気が優先されていた。
「さあさあ、うちの野菜は新鮮で安いよ!」
「ちょっとお嬢さん、うちの果物買っていってちょうだいな」
「奥さん、今日も美人だね! よし、奮発してこれもおまけしちゃおう!」
そこかしこから聞こえる呼び込みの声。一昔前の日本の商店街を思わせるような活気がそこかしこに溢れていた。見た目の雰囲気は東南アジアの露天市場といったところだろうか。高く積み上げられた野菜や果物。肉屋には堂々と丸々一匹の鶏肉が並べられ、日本では馴染みのなさそうな小動物の肉も見受けられる。そして残念ながら魚屋はないらしい。テオラス王国は内陸国なので、魚介類はなかなか手に入らないのである。
「きゃっ!」
「大丈夫、メロディ?」
隣を歩いていたメロディが急によろめき、アンナは慌てて彼女の肩を抱いた。どうやら近くの人とぶつかってしまったらしい。
「はい。凄い人ですね」
「ここは中層区でも特に大きな市場らしいから、人が多いんでしょうね」
そう言いつつもアンナは内心で首を傾げた。確かにゲームでも市場は盛況だったが、ヒロインにこのようなアクシデントはなかったはず。デートイベントならいかにもありそうな出来事なのに。
「アンナさん、あの、申し訳ないんですけど、手を繋いでもらってもいいですか? このままだとはぐれてしまいそうで心配で……」
「もちろんよ」
(こんな素敵イベントがあったら絶対に忘れないもの! 代役ヒロインの影響なのかしら?)
何度も言うが、アンナの目の前にいるのは正真正銘マジモンのヒロインである。
ちなみにこの現状は、アンナとクリストファーのせいだったりする。定期馬車便を始めとした経済政策によって、王都の人口がゲーム時代と比べて増加しているのだ。また、経済政策が成功したということは、要するに国民の収入が増えたということであり、それは消費拡大に繋がる。
結果として、アンナが知るゲームよりも盛況な市場が誕生したのであった……のだが、アンナ本人はその事実に全く気付くことなく、美少女とのおてて繋いだ市場デートを堪能するばかりであった。
広い市場を巡りながら、目についた屋台で買い食いをして昼食を済ませる。屋台の集まる辺りにはフードコートのような飲食スペースが確保されており、そこで休むことができた。
そしてさらに奥へ進むと、雑貨や工芸品などを販売しているエリアに辿り着く。
「ようやく人通りが落ち着きましたね」
「本当ね。やっとゆっくり見て回れそうだわ」
食料品売り場と比べれば、こちらの方が圧倒的に人口密度が低い。それと同時に手繋ぎデート終了のお知らせである。ちょっと残念に思うアンナだった。
「ここで何かお土産でも買っていったら?」
「そうですね、お嬢様には何がいいでしょう?」
「私はメロディ自身のお土産の話をしたんだけどな」
お土産と聞いて最初に思い浮かぶのがルシアナであるあたり、やはりメロディは生粋のメイドジャンキーだと、アンナは苦笑してしまう。
「まあ、いいわ。見ていれば何か気になるものもあるでしょう。行きましょう」
「はい」
二人で並んでいくつかの店を見て回る。木彫りの置物や見事な編み込みの籐製のカバン、何に使うのか不明な謎の星形陶器など、いろいろな商品が売られている。
「なんていうか、いかにも土産物屋さんって感じよね。うちに帰ったら飾って終わりっていうか」
「籐製のカバンは使えるんじゃないですか?」
「メロディなら使う?」
「いえ、自分のカバンはもう持っていますし」
「そんな感じで、最初はちょっと使ってみるけど、元々のカバンの方が結局使い勝手がよくて、最終的には部屋のオブジェになったりするのよ」
「なんだか、とても実感がこもっていますね」
「お土産ってその場の雰囲気に流されて買っちゃうと大抵失敗するのよね」
思い出されるは、日本の学生時代の修学旅行。友人達に止められつつも意気揚々と買って帰ったお土産の数々と、呆れた表情を浮かべる両親。そして旅行の熱が冷めてから思うのだ。
――なんでこんなの買っちゃったんだろう?
修学旅行の思い出の品は、きっと今でも前世の我が家で箪笥の肥やしになっているに違いない。アンナは何となく虚空を見つめるのだった。
……いつか振り返れば、それもいい思い出になっていたのかもしれない。だが、現役女子高生のままアンネマリーに転生してしまった彼女にとっては、現在進行形で黒歴史扱いだった。
そんなどうでもいいことを考えながらぼうっとしていると、メロディがとある店の前で足を止めた。装飾品を中心とした雑貨屋のようだ。そして、アンナのゲーム脳が呼び覚まされる。
「いらっしゃいませ。ゆっくり見ていってちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
メロディへとにこやかに対応する店員は、おっとりした風貌の若い女性だった。
(おっとりした雰囲気の女性が営む装飾品のお店……ここでのシナリオが動き出した?)
ゲームでも、市場デートの最中にヒロインが今のような店の前で立ち止まるシーンがある。
アンナの視線を店員からメロディへ。彼女はある方をじっと見つめていた。そこは売り場の奥の方、背もたれには手製のぬいぐるみや人形が並び、その手前には――あった。
(……藍色の石の指輪)
ゲームでは、この指輪を見たヒロインがしばらく釘付けになってしまうのだ。最初は自分の瞳と同じ色の石に気を取られたのかと思ったが、どうやら亡くなった母親を思い出していたらしい。
指輪の石の色合いが驚くほど母親の瞳とよく似ていたため、思わず見とれていたのだという。
(この時のヒロインちゃんは、急に母親を失ったと思ったら父親だと名乗る人物に突然引き取られて、今までとは全く違う生活を強いられることになった現状にかなり困惑していたんだっけ……)
元を辿ればこのデートイベントもヒロインが屋敷を飛び出したことから始まっているのだ。当時のヒロインの苦しみは幾何だったのだろうと、アンナは考えた……のだが、今ここにいるのはヒロイン本人ではなく代役のメロディである。
(メロディがどうしてあの指輪を……いや、その前にやることをやらなくちゃ)
「……メロディ、何か気になるものでもあった?」
これはゲームでのクリストファーのセリフだ。急に立ち止まったヒロインを不思議に思った王太子がこう尋ねると、ヒロインに『いいえ、特に何も』『この藍色の石の指輪が……』『この赤い石の指輪が……』『この黄色の石の指輪が……』の四種類の選択肢が表示される。
王太子攻略を望むなら、正解の選択肢は『いいえ、何も』となる。しおらしくそっと首を横に振ったヒロインは、最後にチラリと藍色の指輪を見ながら店を後にする。それに気付いた王太子がヒロインに隠れて指輪を購入し、あとでプレゼントしてくれるのだ。
そしてヒロインから亡き母の話を聞かされ、ぐっと好感度が上昇するのである。
他の選択肢を選ぶとその場でその指輪を購入してくれるが、母親の事情を聞くシーンがないため王太子の好感度に変化は生じない。
(彼女はどの選択肢を選ぶのかしら?)
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