アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑦
しばらくして、アイスが運ばれてきた。それほど時間は経っていないはずだが、ニッチでコアなメイド談義をやりたがるメロディに付き合わされて、アンナは内心で既にヘトヘトである。だからアイスが届いたことをアンナは殊の外喜んだ……脳の糖分的な意味で。
「お待たせいたしました」
執事風の従業員が二人の前にアイスを並べる。準備が整うと個室は二人だけとなった。
「わぁ、これがアイスクリーム」
この世界では初めて見たという意味を込めて、メロディはそう言った。アンナには、アイスクリームを初めて目にしたこの世界の住人の言葉として捉えられただろう。
底の浅いパフェグラスに丸いアイスクリームが一個と二枚のウエハースというシンプルな盛り付けだ。メロディが頼んだ紅茶味は、バニラアイスに細かく砕いた茶葉を混ぜ込んでいるようで、淡く紅茶色に染まったアイスに茶葉の破片が散見できる。そっと顔を寄せると、漂う冷気からほんのりと紅茶の香りがした。
――と、メロディの鼻腔に爽やかな空気が入り込む。アンナのチョコミントアイスだ。
「メロディの紅茶味、美味しそうね」
「アンナさんのチョコミントも美味しそうですよ」
おそらく本物のミントを刻んで混ぜてあるのだろう。自然な色合いの緑色のアイスにはたくさんのチョコチップがまぶしてあった。地球で食べたものより香りをはっきり感じられる。
想像以上の出来栄えに、否が応でもアイスへの期待感が高まる……のだが?
「アンナさん、貴族区画で出されるアイスも同じ盛り付けなんですか?」
平民が食べる分には十分に贅沢なお菓子だが、貴族の前に出すには少々盛り付けがシンプル過ぎないかと、メロディは思った。これでは日本の喫茶店で出されるアイスの方が余程豪華である。
「メロディって根っからのメイドなのね。素直にアイスを楽しめばいいのに」
せっかくのデートでそんなことを気にするメロディに、アンナは苦笑するしかない。
「メロディの言う通り、貴族にふるまうにはこの盛り付けじゃちょっと物足りないわね。アイスは高価なお菓子だけど、体面を考えるならもう少し派手さがないと。そういうところが面倒なのよね、貴族って」
大仰にため息をつくアンナを前に、メロディはクスリと笑った。
「ではやはり、貴族区画のアイスにはほかにもトッピングが?」
「ええ、もっと大きい器に季節のフルーツやチョコレート、生クリームなんかを添えて華やかな盛り付けがされているわよ。平民区画でそれをやっちゃうと値段が高くなりすぎるから、こっちではこの盛り付けなのよ」
「勉強になります」
ニコリと微笑むメロディの脳内で、伯爵家に出すお菓子関連の情報が更新されていく。今度、その貴族区画のお店にもお邪魔した方がいいかもしれない、などの思考が駆け巡っていた。
「それじゃあ、食べましょうか」
「はい。いただきます」
スプーンを手に取り、二人はアイスをひとくちパクリ。至福の味が口内に広がっていく。
「「美味しい♪」」
二人だけの空間に、姦しい声が木霊する。メロディは久々のアイスを楽しむのだった。
ニコニコ顔でアイスを食べるメロディを見つめながら、アンナはどうしたものかと思案する。
(個室ってイレギュラーは発生したけど、デートイベントは順調に進行中。そしてメロディが選んだアイスは紅茶味で私がチョコミント……ということは、あれが起きるのかしら?)
このデートイベントでカフェに行くと、ヒロインにはメニューの選択肢が与えられる。ちなみにゲームでの王太子はアンナ同様にチョコミントを選ぶことが決まっていた。そして、ヒロインがどのアイスを選ぶかによって、この先でとあるシーンが起きるかどうかが決まるのだ。
すなわち――。
「アンナさん、こっちをじっと見てどうしたんですか?」
メロディが不思議そうに首を傾げた。そしてアンナは「来た!」と思った。
「な、何でもないわ。ただ、メロディのアイスも美味しそうだなって思って……」
「私のアイスですか?」
メロディは自分のアイスとアンナのアイスを何度か見比べると、仕方なさそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「仕方ないですね。どうぞ、私のをひとくちあげます」
自身のスプーンでアイスを掬うと、メロディはそれをアンナの前に突き出した。
(きゃああああああああああああああああああ! ゲームでは見ることのできなかった、ヒロインちゃんの『あーん』スチル(メロディバージョン)、ごちそうさまです!)
これこそが、カフェデートにおける最大イベント『アイスを食べさせ合うバカップル』である。
ヒロインが王太子と同じチョコミント以外を選択した場合に発生するイベントだ。
四月の入学以来、何度か顔を合わせてきた少女。特に印象的だったのが舞踏会襲撃事件で、その時自分を助けてくれた彼女の凛とした表情は、今でも王太子の心に深く刻まれている。だが、今日の彼女はどうだろうか? どこか儚げで、寂しそうで……とても危うい。
そんなことを考えながら、アイスを食べるヒロインを見つめていた王太子。それに気付いたヒロインがどうしたのかと尋ねると、王太子は慌てて誤魔化すようにヒロインのアイスが美味しそうだったと告げるのである。
そして、いまだ恋など知らない乙女なヒロインは、平然と自分が口にしたスプーンにアイスを掬うと、それを王太子の前に突き出すのだ。カップルを装っている以上、断ることも不自然であったため、王太子は顔を赤くして恥ずかしそうにヒロインのアイスを口に入れるのである。
(私が代役だから王太子のスチルをゲットできないのは残ね……て、クリストファーの赤面顔なんていらないわね)
メロディに「あーん」してもらったアンナは、満面の笑みを浮かべながら紅茶味のアイスを咀嚼していた。そして、このシーンはまだ終わっていない。
「アンナさん、私の分をあげたんですから、私にもひとくちくださいな。あーん」
そっと目を閉じると、メロディは薄桃色の唇を丸く開いて顔を突き出した。
(きゃああああああああああああああああああ! ゲームでは見ることのできなかった、ヒロインちゃんの『あーん』を要求するスチル(メロディバージョン)、ごちそうさまです!)
このイベントでは、ヒロインが王太子に『あーん』をさせて、『あーん』を要求するヒロインに自分が使ったスプーンでアイスを食べさせるまでがセットなのである。
別名『王太子の羞恥プレイ』とも呼ばれるこのイベントは、終始顔を赤らめて対応する王太子のスチルが好評の人気イベントだった。
メロディがメイドジャンキーなら、前世・朝倉安奈の記憶を持つアンネマリーは、呆れるほどの乙女ゲームジャンキーだった……もうこの二人、本当にくっついちゃえばいいので……いやいや、ダメである。
「チョコミント味も美味しいですね」
「……ホント、美味しい絵面だわ」
代役だろうと関係ない。今のアンナはゲームをバーチャル体験している気分に浸っていた。
そして、ニコリと微笑みながら告げられたアンナの一言は、残念ながらメロディの耳に届くことはなかったそうな。
お互いにカフェを楽しんだ二人は、次なるデートスポットへと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
明日はお休みするかもしれません。12時に更新なければ一回休みと思ってください。よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます