アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑥

 『ドキドキ! 初めてのお忍び休日デート』では、三つのデートスポットを回ることになる。さすがにデートコースにまで選択肢はないようで、ルートは決まっていた。

 アンナにエスコートされて一つ目の目的地に辿り着く。そこは貴族区画の近くにある、おしゃれな外観のカフェだった。それを目にしたメロディは目をパチクリさせながらポツリと呟く。


「……アイスクリーム屋さん?」


 店の看板には『アイスクリームカフェ・ドルチェッティオ』と書かれ、看板の中央にはコーンにのったアイスクリームのマークが描かれていた。


「そうよ。今、平民区画で大人気の氷菓カフェなの。冷たくて甘くて美味しいんだから」


 どこか自慢げに語るアンナ。その言葉通り、店は大変繁盛していた。店頭の販売所には行列が並び、店内のカフェスペースも満席という人気ぶりだ。


「普段はさすがにここまでじゃないんだけど、今日は開店百日記念の半額セールをしているのよ」


「はぁ、だからこんなにお客さんがいっぱいなんですね……」


 アンナが今日をデートイベントの日だと判断したのは、この記念セールがあったからである。ゲームで訪れた時も、この店は開店百日記念セールを実施していたのだ。

 そんな事情など露知らず、メロディはやや呆然とした様子で人だかりを見つめていた。アンナはこの光景に圧倒されているのだと判断したが、メロディの中では全く別の考えが浮かんでいた。


(……中世ヨーロッパ風異世界で、どうして普通にアイスクリームを売ってるの?)


 アイスクリームの歴史は古い。原始的なものなら紀元前の頃から存在したといわれているが、その作成工程の難しさから、地球では最近まで贅沢品として扱われていた。


 その困難な作業とはもちろん――冷凍である。


 この世界には、天然の氷室はあっても冷蔵庫などはまだ開発されていなかったはず。だというのに、目の前の店では毎日アイスクリームが販売されているという。

 だが、実際に店が存在している以上、冷凍庫に類する何かが開発されたのだろう。


(……改めてここが異世界なんだと思い知らされる光景ね)


 地球で冷凍庫の開発が進んだのは十七世紀、つまり近世の頃といわれている。そしてここは中世ヨーロッパ風異世界。技術開発の時代が噛み合わない。やはりあくまで『風』に過ぎないのだと実感するメロディだった。


「さあ、店に入りましょう」


「はい。でも、カフェは満席ですね」


「あら、デートでは待ち時間も楽しいものよ。そう思わなくて?」


 魅惑的な笑顔を浮かべてアンナがそう告げると、メロディは嬉しそうに頷いた。


「そうですね。待っている間、ゆっくり楽しくメイド談義ができますものね!」


「……そ、そうね」


 自ら墓穴を掘る少女・アンナの試練が今始まる!








「お客様、大変お待たせいたしました。お席までご案内いたします」


 席が空くのを待ち始めて三十分くらい経っただろうか。アンナにとっては二日、三日くらいは頑張ったのではと思うような苦行がようやく終わった瞬間だった。

 三十分間、止まることなく続いたメロディのメイド談義を、アンナはどうにか乗り切ることができた。



 例えばそう、こんな感じで……。



「――というわけで、メイドとは斯くあるべきだと思うのですけど、どう思います?」


「まあ、メロディもそう思っていたの? まさか同じ考えのメイドがいるなんて嬉しいわ」


「アンナさんも私と同じなんですか? 嬉しいです!」







「アンナさん、廊下の絨毯についた細かい埃や髪の毛の取り除き方についてなんですけど」


「……ごめんなさい、メロディ。教えてあげたいのはやまやまなんだけど、ヴィクティリウム侯爵家秘伝の『必殺掃除術』を部外者であるあなたに教えるわけにはいかないのよ」


「必殺掃除術!? まさか、名家にお仕えするメイドにはそんな高等技術が!? ル、ルトルバーグ伯爵家にはないのかしら、必殺掃除術……」








「アンナさん、メイド服のデザインについてですけど、私、絶対領域は邪道だと思うんです。メイドはロングスカート一択ですよ」


「……メロディ、絶対領域を甘く見てはいけないわ。いいでしょう。今度私がメロディに合う絶対領域メイド服を見繕ってあげます。覚悟なさい!」


「い、今までにないなんという気迫。アンナさんのメイドにかける情熱が伝わってくるようです。私だって負けませんから!」



 ……もう終盤とかノリノリである。どこが大変だったのかきちんと説明してほしい。


 執事風の男性従業員に案内されて、二人は二階の個室に辿り着いた。


「二階にこんな場所があったんですね」


「こっちの方がゆっくりできていいけど、頼んでもいないのになんで個室?」


 二人して首を傾げるが、当然答えなど出なかった……まさかあのうるっさいメイド談義が原因だなんて考えつきもしない二人であった。隔離である。

 多くの客がひしめき合って喧騒を奏でていた一階と違い、二階はとても静かで落ち着いた雰囲気となっていた。壁にはガラス窓が取り付けられ、二階から街の様子を展望することができる。

 この程度の高さではさすがに王都を一望するのは無理だが、それでも不思議と心が躍った。


(よく考えたらカフェでお茶だなんて、前世以来じゃない?)


 メイド大好きなメロディは、紅茶を淹れるだけでなくもちろん飲むのも好きである。前世では静かなカフェを訪れてよく紅茶の飲み比べをしたものだ。

 それを思い出したのか、メロディは自然と口元を綻ばせた。


「うふふ、どうやら気に入ってもらえたみたいね」


「はい。ありがとうございます、アンナさん。とても素敵なお店ですね」


「内装だけじゃなくて、アイスクリームの味も楽しんでちょうだい。早速注文しましょう」


 アンナにメニューを見せてもらうと、数種類のフレーバーが用意されているようだ。


「バニラ以外にもチョコミント、ストロベリー、紅茶味? いろいろあるんですね」


「貴族区画の方はもっとたくさんあるけどね」


「貴族区画にもこのお店が?」


「それはそうよ。珍しい氷菓が毎日食べられる店なんて、先に貴族区画に出さなかったらどんな文句が出るか分からないでしょう?」


 言われてみればそうである。アイスクリームなどという贅沢品を貴族が見逃すはずがない。アンナの説明によれば、貴族向けの同名店が貴族区画の中心部にあるとのこと。この店よりも早く、一年前から営業を始め、軌道に乗ったと判断されたため平民区画でも開業したらしい。


 アンナはチョコミントを、メロディは紅茶味のアイスを注文した。先に紅茶を淹れてもらい、アイスが届くのを待つ。その間、二人はメイド談義を再開させるのであった。


「では、各扉の種類別に鍵穴の掃除方法に関する考察と検証について……」


「……メロディ、もう少しメジャーな話題でお願いできないかしら?」


 メロディが代役でよかった。本物のヒロインでなくてよかった。果ての見えないメイド談義を聞きながら、アンナはそんな感想を抱くのであった……知らないって素敵。

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