アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)⑤

 乙女ゲームとは、シミュレーションゲームだ。選択肢によって辿り着く結末にはハッピーエンドもあれば、バッドエンドも存在する。そしてプレイヤーには選択の自由があり、どんな未来に辿り着こうともゲームとしては何の問題もない。ハッピーエンドだろうとバッドエンドだろうと、そこに行きついた時点でゲームは終わる……ただなのだから。


 それを世界に当てはめた場合、あくまで重要なのはシナリオが動くことであって、それを担ってくれるなら、相手が『主人公(ヒロイン)』でなかったとしても別に構わないのでは……?


 そこまで考えて、アンナは内心で首を横に振った。さすがに憶測が過ぎる。何の確証もない妄想だ。しかし、疑念を拭い去ることもできない。否定する証拠もないからだ。

 現実としてヒロイン不在でもシナリオが動いたという事実が、アンナを不安にさせていた。


「アンナさん、どうかしました?」


「……え? あ、うん、大丈夫よ!」


 メロディの声でアンナはハッと我に返った。あまりに衝撃的な仮説が思い浮かんでしまったせいで、目の前の状況を忘れていたようだ。そして、直近の問題を思い出す。


 それはメロディの扱いについてだった。


(このまま解散ってわけには……いかないわよね?)


 『ドキドキ! 初めてのお忍び休日デート』にも、残念ながらバッドエンドが存在する。その結末に向かうかどうかは、今まさにこの瞬間に取るヒロインの行動によって決まるのだ。


「アンナさん。改めまして、助けてくださってありがとうございました」


 優雅に一礼しながら、メロディはアンナに礼を告げる。そして……。


「あとは私一人でも大丈夫ですので、今日のところはこれで失礼いたし――」


「ちょっと待って!」


 慌てて右手を前に突き出し、アンナはメロディの言葉を遮った。


「ア、アンナさん?」


(ちょっと予想できてたけど! 何となくこの子はこれを選ぶ気がしてたけど!)


 ――躊躇なくバッドエンドのセリフを選択するなんて……メロディ、恐ろしい子!


 ……もしもこの世界が二次元だったら、きっとアンナは白目をむき、その背後にはベタフラッシュが浮かんでいたことだろう。『なぜ?』とか聞いてはいけない。仕様である。


 このデートイベントにおけるバッドエンドとは、要するに『デートをしない』ことである。デートイベントを用意しておいてそれを拒否する選択肢があるとか、このゲームのシナリオライターは無駄に凝り過ぎではないだろうか?


(普通、こういう場面でヒロインが引いたら逆に迫ってくるもんじゃないの? 『押してダメなら引いてみろ』はどこ行ったのよ! クリストファーはゲームでもヘタレなんだから!)


 むしろゲームが先なので今のクリストファーには関係ないのだが、それこそアンナにとってはどうでもいいことだった。とりあえず、全部クリストファーが悪いのである……ひでぇ。


(このイベントで彼女をこのまま帰すわけにはいかない。だって、そうなったら――)


 王太子に助けられた後、彼を頼ることなく『あとは一人で大丈夫です』を選択して王太子と別れると、しばらくして背後から男に呼び掛けられるシーンへと切り替わるのだ。

 ヒロインが振り返ろうとした瞬間、画面が暗転し、男達のセリフだけが表示される。


『やっと見つけたぜ、お嬢ちゃん。優しくしてやれば付け上がりやがってよぉ』


『ははは、お前ジュースまみれだもんな。ウケる』


『うっせえ! 全部この女が悪いんだろうが! たっぷり教育してやるから覚悟しろよ!』


 このような言葉が続き、やがてセリフのウインドウも消えて、画面が完全に黒く染まると――。




 ……それ以降、彼女を見た者は誰もいなかった。【バッドエンド】




 と、表示されてゲームオーバーになるのだ。デッドエンドじゃないところが余計に不安を誘う。


(女子中高生向け乙女ゲームに使っていい結末じゃないわよね! 倫理規定どうなってるのよ!)


 そういうリアル志向(?)がウケていた面もあるので一概に文句も言えないのだが、これが現実だった場合はそうもいかない。

 だって、どう考えたってこの展開はアウトである。とても受け入れられない。

 だというのに、目の前の少女は鬱展開まっしぐらなのだから止めないわけにはいかなかった。


 そして取るべき選択肢などひとつしかない。


「メロディ、私とデートしましょう!」


 即ち、ヒロインにデートをさせるのである。そしてその相手はメロディを男達から救ったアンナの役割だ。よくよく考えてみると、今日のイベントの配役はカップル二人とも別人である。


(ヒロインも攻略対象もいないデートイベントって……性別も女同士だし。恐るべし、強制力!)


 ……アンナの認識と事実には若干の齟齬があるのだが、彼女に分かるわけもなかった。


「デート? 私とアンナさんが?」


「そ、そう! まあ、デートっていうか、一緒に遊びましょうってことよ。実は、私も今日は突然の休日で、何をしようか迷っていたところだったのよ」


「まあ、そうだったんですか」


 もちろん嘘である。この物語は少女達の嘘によって構成されております。ご了承ください。


「お互い今日は一人だし、せっかく知り合ったんですもの。一緒に王都を散策してみない?」


「……」


 頬にそっと手を添えて、メロディはしばし考える。

 特に断る理由はないのだが……自覚はなかったが、さっきは男達に絡まれていたという話だし、もしかして気を使ってくれているのだろうかと、メロディは考えた。

 誘うにしても随分と唐突で脈絡のない感じだった。無理をしているのではないだろうか?


(とすると、やはり遠慮した方がいいんじゃ……)


 あんなにアグレッシブなメイドジャンキーのくせに、こんなところで遠慮しいな日本人っぽい発想をするメロディ……バッドエンドへ突き進む強制力でも働いているのだろうか。

 これに慌てたのはアンナだ。メロディの表情を見て『あ、これ断る顔だ』とピンときた。


(まずいわ。このままじゃメロディが男達にあんな目やこんな目に遭わされちゃう。何か彼女の気を引ける話題は……)



 もちろんそんなものは一つしかない。



「アンナさん、お気持ちは嬉しいんですけどやっ――」


「メロディ、一緒に王都を散策しましょう……楽しくメイド談義でもしながら」


「――ぱりお断りするなんて失礼ですものね。今日はよろしくお願いしますね、アンナさん!」


 それは、清流のように美しい、流れるような快諾だったという。


 こうして、アンナはメロディとデートをすることになった。


「それじゃあ、行きましょうか、メロディ」


「はい、アンナさん」


 アンナにエスコートされて、メロディは再び大通りへと歩を進めた。頬を上気させてうっとりとした表情でアンナを見つめるメロディは、まるで恋する乙女のようだったと誰かが言ったとか言わなかったとか……。


「ふふふ、どんなメイドのお話が聞けるのか楽しみです」


「そ、そうね。な、何の話をしようかしら……?」


 どうにか誘うことはできたものの、メイドのことなんてそんなに詳しくないよと内心で慌てふためきながら、アンナはゲームのデートコースに向けて歩き出した。

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