アンネマリーのドキドキ休日デート(仮)④

 互いの名前を教え合い、まずはメロディから経緯を聞いたのだが、まさか先程の男達より自分の方が警戒されているとは……割とショックである。


 だが、仕方がない部分もある。を口走ったのだから。


「あの、アンナさんでしたか。あなたは私のことを知っているんですか?」


「え?」


「私がルトルバーグ伯爵家に仕えていることを知っていたんですよね? さっき、伯爵様は何を考えているのかって……」


「……あ」


 そう、アンナは自爆したのである。本人としてはゲームのセリフを口ずさんでしまった程度の感覚だが、何も知らないメロディからすれば、自分の素性を知ったうえでの行動だと思われても仕方のないことだった。


(……そ、そりゃあ、警戒されるわよね)


 ――一瞬の沈黙。アンナはその間に相手を納得させる説明を考えなければならなかった。


「えっと……そう! あなたはルトルバーグ伯爵家のメイド、メロディで間違いないのよね?」


「はい、そうですが……」


「あなたのことはアンネマリーお嬢様から聞いたのよ。私は、ヴィクティリウム侯爵家に仕えるメイドだから!」


「まあっ!」


 口元を手で押さえようとしたが、メロディは溢れ出す声を止められなかった。そして、その瞳がヒロインちゃん張りに驚愕の色に染まる。また、瞳の奥にはほのかな喜色が浮かんでいた。


「お嬢様が最近お友達になったルトルバーグ伯爵家のルシアナ様には、優秀なメイドが仕えているって聞いていたのよ。素敵な黒髪のメイドだって」


「そ、そんな、優秀だなんて……」


 両手をそっと頬に添えながら、メロディは顔を赤らめてもじもじしだした。突然褒められて嬉しいような恥ずかしいような、そんな表情を浮かべている。

 普通の女の子が現実でそんな態度を取れば十人中九人は『あざとい』と思うだろうが、アンナにはそんな評価は下せなかった。


(何この子、めっちゃ可愛い。めっちゃ可愛い!)


 ……大事なことなので、心の中で二回叫びました。そんな内心の歓喜を隠したまま、アンナは説明、もとい言い訳を続ける。


「私と同世代くらいの黒髪の子なんてそんなに多くもないし、それに後ろ姿からでも物腰がとても上品だったから、私と同じメイドなんじゃないかなって思ったの」


「う、後ろ姿だけでメイドと判別されてしまうだなんて、ど、どうしましょう……」


 さっき以上に動揺するメロディ。何とも名状しがたい表情をしているが、これは思わずにやけそうになるのをどうにか抑えた結果であった。


(オフの日でさえもメイドオーラが醸し出されているだなんて、まさか私のメイドスキルがレベルアップしたのかしら!?)


 ……言い訳が成功したか内心で不安なアンナとは対照的に、メロディは大変楽しそうである。


「えっと、だからね? お嬢様から聞いて知っていた子が男達に絡まれていると思ったら、つい手が出ちゃって……その……」


 メロディはハッと我に返った。そして一度コホンと咳ばらいをすると、アンナに向き直る。


「事情は把握しました。アンナさんはヴィクティリウム侯爵家に仕えるメイドだったんですね。そうとは知らず、失礼しました。助けてくださってありがとうございます」


 メロディがニコリと微笑むと、アンナもようやく安堵の息をつくことができた。何となく辻褄を合わせたその場しのぎの言い訳だったが、どうにか信じてもらうことができたようだ。


 だが、安心したのも束の間で――。


「それで、アンナさんはどこを担当されているメイドなんですか?」


「へ?」


 突然、頬を上気させた美少女の顔面が目の前に現れ、アンナは目を見開く。


「侯爵家ともなればお屋敷の規模も王国屈指。仕える使用人や仕事量は数知れず、きっと伯爵邸ではできないような素敵な仕事が待っているんでしょうね……素敵」


 恋する乙女のようにポッと顔を赤らめるメロディの何と可愛らしいこと……じゃなくて!


「あ、う……?」


「それで、そんな素敵な侯爵邸でアンナさんはどこの部署にお勤めなんですか?」


「……ハ、ハウス、メイドかな?」


「まあ、ハウスメイド! お掃除をしたり寝室を整えたりするお仕事ですね! では、アンネマリー様のお部屋を担当することもあるのですか?」


「も、もちろんよ……」


「ふふふ、私もルシアナお嬢様の寝室を預かっているんです。おんなじですね」


「そ、そうね……」


(何だか急に人が変わっちゃったんですけど、どうすればいいの!?)


 荒れ狂うメイドタイフーンが路地裏に襲来。天気予報などございません。脈絡もなく唐突に発生するのでご注意ください……どうにか落ち着かせなければならなかった。話が進まない。


「ところで侯爵家では階段の手すりを磨くのにどんな道具をお使いで――」


「メロディ!」


 メロディの両肩を掴んで意気強く声を上げるアンナ。目をパチクリさせて、ようやくメロディのマシンガントークが一旦止まった。


「アンナさん?」


「……メロディ。メイドたる者、お仕えする家の内情をペラペラとしゃべっていいものかしら?」


「――っ!?」


 メロディは今日一番の驚愕の表情を浮かべた。そして、みるみるうちに青褪めてしまう。


「そんな……私ったら、なんてこと……」


 まるで取り返しのつかない過ちを犯した罪人のような顔つきで、メロディは後ずさった。


「も、申し訳ございません、アンナさん。私、メイド失格です……」


「……そ、そこまで悲観しなくてもいいのよ? 分かってさえくれれば」


 ちょっと正気に戻ってもらいたかっただけだったのだが、予想以上にメロディには効果のある言葉だったらしい。


「誰にだって間違いはあるわ。重要なのはそれを繰り返さないこと。そして、その失敗を糧に次なるステップアップを目指すことよ。アンネマリーお嬢様から優秀と評価されたあなたが、これくらいで落ち込んでどうするの。元気をだして、今より素敵なメイドを目指すのよ、メロディ!」


「アンナさん……はい! そうですよね。世界一素敵なメイドになりたかったら一度のミスで足を止めている場合じゃないですよね!」


 励ましの言葉は伝わったようで、メロディはどうにか元の明るさを取り戻すことができた。

 ……良くも悪くもメロディにメイドの話は禁句。アンナはひとつ大事なことを学んだ。








 ようやく落ち着いたメロディから話の続きを聞いたアンナは、少しずつ今の状況を把握することができた。特に気になったのは、ヒロインでもないメロディが、なぜゲームと同じ言動をしていたのかという点だ。


(ゲーム設定とは違うけど、彼女の言動にはちゃんとした理由があるのよね……)


 発する言葉は同じでも、ヒロインとメロディではその理由も、意味にも微妙な差異がある。だが、まるで誂えられたかのようにメロディと男達はシナリオ通りの振る舞いを見せていた。


 ここは現実だというのに、あまりにも都合がよすぎる。そして脳裏に浮かぶのは、これまでに起きたいくつかの出来事。今日のデートイベントに、先日の舞踏会襲撃事件。多少の齟齬こそあったもののイベント自体は発生し、だが、シナリオ通りの展開には至っていない。それに、本人が現れこそしなかったが、クリストファーはヒロインとの初めての出会いイベントの時、代わりに黒髪のメイドとぶつかって……黒髪?


「ねえ、メロディ。もしかして、王立学園の入学式の日、学園に来たかしら?」


「え? ええ。お嬢様の忘れ物を届けるために行きましたね」


「その時、誰かとぶつかったりした?」


「そういえばありましたね、そんなこと。廊下の角を曲がったところで黒髪の美しい男性にぶつかってしまったことがあります。あれ、誰だったんでしょう?」


 ――あんたかい! 不思議そうに首を傾げるメロディにそうツッコみたくなるのを必死にこらえて、アンナは再び思考に戻った。


(出会いイベントは起きたけど、ヒロインちゃんの代わりを務めたのはメロディってこと? そして舞踏会のヒロインちゃんの立ち位置にはルシアナちゃんが、今回はまたメロディ……これって)


 アンナの中に、最近捨てたはずの『強制力』という言葉がリフレインしだした。


(まさか、シナリオの強制力はやはり働いている? それも、不完全な形で……)


 自分達が転生したことによる影響か、ゲームのシナリオが始まってもヒロインは現れなかった。だが、ヒロイン不在でも世界の強制力がイベントだけは起きるように動いているのかもしれない。

 そう考えると、理解できるところもあるのだ。



 世界の強制力が、イベントを起こすために適当な代役を選んでいるのだとしたら――。



(……最悪だわ、それ)


 もし、アンナの仮説通りだとすれば、条件に合致した無関係な誰かが突然ヒロインの代役を強制されるかもしれないということだ。


(魔王に対抗する聖女の力を持つヒロインちゃんの代役を……)


 アンナはチラリとメロディに視線を向けた。今回はただのデートイベントだからまだいい。しかし、これが魔王やその手下との対決イベントだった場合、強制力によってイベントが発生できたとしても、魔法ひとつ使えないメロディが辿る結末など考える必要すらない。










 バッド……いや、デッドエンドである。

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