年末年始特別閑話 クリスマスにやってくれればよかったのに。

 12月31日の夜。王都パルテシアに雪が降り始めた。

 大晦日にして今シーズンの初雪である。

 しんしんと降る雪が、ルトルバーグ伯爵家王都邸の小さな庭園を雪化粧で美しく彩る。


 ドレスの上から暖かそうなストールを巻いて、ルシアナは庭園の軒先に佇んでいた。

 鼻先が少し赤らみ、吐く息は白い。

 だが、胸元にグレイルを抱く彼女はあまり寒いとは感じていなかった。


 するとヒューと音を立てて軒先に向けて冷たい風が吹き込んだ。

 グレイルを抱くルシアナの腕に思わず力が入る。


「キュウン?」


 どうやらグレイルは苦しくはなかったらしい。どちらかというと寒そうに体を震わせたルシアナを心配するように見上げていた。


「ふふふ、心配してくれるの? 大丈夫よ、これくらい」


 ルシアナは再び庭園に目をやった。屋敷の明かりで仄かに照らされた庭園は、雪のせいもあって美しいと同時にどこか寂しい気持ちにさせる。


 この一年で色々なことがあった。

 メロディに出会い、春の舞踏会に出席して、王立学園など入学式の翌日から休校するはめになって……学園が再開されてからも平穏なんてどこにいったのかといわんばかりに色々な事件が起きたり、巻き込まれたり、自分で引き起こしたり……。


 数え上げればきりがない。といっても、今ではどれもこれもがいい思い出。

 終わりよければ全てよし。なんだかんだで全ては丸く収まっている。


(来年はどんな年になるのかしら?)


 庭園を眺めながら、ルシアナは希望と同時に少し不安になってしまう。


「こんなところにいらしたのですか、お嬢様?」


「……メロディ」


 やや早足のメロディが、ルシアナを迎えに来てくれたようだ。鼻先を赤くしているルシアナを見て、メロディは苦笑する。


「お嬢様、どれだけここにいらしたんですか? そろそろ夕飯のお時間ですよ」


「うん、初雪だから見てみたくなっちゃって」


「……どうかされました?」


 ルシアナは少し恥ずかしそうに微笑んだが、メロディはその中に憂いの色を見つけた。


「ううん。なんでもないのよ。ただ少し、夜に降る雪が少しだけ……物悲しく感じちゃって」


 現在、ルシアナに特別気に掛けなければならないような暗い案件はない。伯爵家の経済は順調に改善されていっているし、学園生活も充実している。

 ただ、たまたま立ち寄った庭園に降る雪が、そう感じさせただけのことだ。


 だからきっと、屋敷の中に戻ればすぐにいつもの彼女に戻るだろう。

 気にするほどのことではないが……主にそんな顔をされては、メイドは黙っていられない。


「お嬢様、ちょっとだけですよ」


「メロディ?」


 口元に指を立てながらメロディはクスリと笑った。

 そして庭園の中央に向かうと、右腕を天高く掲げ、呪文を唱えた。


「……王都を優しく照らせ『灯火ルーチェ』」


「――わあ」


 それはまるで、夜空の星が降り注いだような、美しい光景だった。


 天井から舞い散る雪と同じくらいの大きさの優しい灯火が、王都の空に降り注ぐ。

 仄かに温かい光の雪は、地上に舞い降りると弾けるように消え失せてしまう。


 気が付けばルシアナは庭園へと歩を進め、その手に光の雪を取った。

 指先に触れた光の雪は、やはり弾けて消える。


「……きれい」


 見上げた空は優しい光に満たされていた。

 光る雪と白い雪が庭園を幻想的に彩る。

 ルシアナはその光景に思わず見とれた。


 自然と笑顔が零れる。その表情に憂いは全く見受けられない。


 メロディは満足げに微笑んだ。


「さあ、食堂へ参りましょう、お嬢様」


「えー、もうちょっとだけ見させて。もう少しだけ!」


 光の雪はそれから一時間ほど降り注いだという。

 王都パルテシアに新たな怪事件が報告されたことは言うまでもない。


「来年もよろしくね、メロディ!」


「はい、お嬢様」


 来年も楽しい年になりそうだ。

 ルシアナは満面の笑顔で屋敷に戻っていった。

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