第38話 たぶん終結。
黒剣から闇が取り払われ、白銀の刀身が露わになる。
その光景をビュークは呆然とした様子で見つめていた。傍らにいたクリストファーもまたその様子を窺うが、彼は剣を振り切った姿勢のまま動けないでいた。
魔法で動きを封じられたとかではなく、ただ、この後どうすればいいのか分からなかったのだ。
(よく考えたら魔王ってあの剣に封じられてるんだよな。……剣、ぶった切ってよかったのか? まさかと思うけど、これで封印が解けたなんてことは……)
アンネマリーへ視線を向けるが、彼女もまた困惑した様子でビュークを見つめるばかり。
おそらくゲームでは考えられない状況なのだろう。
ゲーム本来のシナリオでは、王太子に襲い掛かる魔王に立ちはだかったヒロインが、その心の強さを持って聖女の魔力に目覚め、魔王を追い払うことになっていた。
その際に魔王の剣が傷つくような話はなく、この剣が破損するシーン自体、ゲーム中には存在しない。
聖女の気配を察した魔王は、未だ封印が解かれていない身であることからビュークを連れて王城から逃げ去ってしまうのだ。
だが剣が折れてしまった今、どうなるのか全く予想できない。
剣が破損して魔王があまりにも狼狽していたので、クリストファーは好機とばかりについやってしまったのだ。これで剣から解き放たれて魔王が復活でもすれば目も当てられない。
キリリと真面目な表情でビュークを見つめながら、クリストファーは内心で慌てふためいた。
そして事態は動く。ビュークの剣の折れた断面から物凄い勢いで黒い靄が噴出したのだ。
「うわっ!? 何だこれは!?」
「魔王の瘴気だわ! 吸い込まないで!」
慌てて口を塞ぐクリストファー。ビュークに近かった彼の視界が一気に闇に包まれる。四方八方どこを向いても闇、闇、闇。
黒い靄は結界内をあっという間に覆いつくしてしまったようだ。
手を伸ばしてみるが、さっきまでそこにいたはずのビュークに触れられない。
奴はどこへ……?
これに慌てたのは結界の外にいた者達だ。
「一体何が……くそ! 早く結界を破壊せねば! お前達、もう一度だ!」
「「「はい!」」」
筆頭魔法使いスヴェンは、クリストファーの命令通りずっと結界を破壊すべく魔法を使い続けていた。全員で一点を集中攻撃していたが、残念ながら結界に綻びは未だ見られない。実際、結界内でビューク(魔王)は彼らの攻撃など歯牙にもかけていなかった。
「あ、あなた!?」
「なんだこの靄は!? ルシアナアアアアアア!」
突然結界の中が闇に覆われ、ルトルバーグ夫妻も困惑した。ルシアナの姿も見えなくなったことで余計に不安が掻き立てられる。
「ルシアナ! ルシアナ!」
「目を覚ましてくれ! ルシアナアアアアアア!」
二人はガンガンと何度も結界を両の手で叩きつけた。それが無駄なことだと分かっていても、愛する娘を前に、何もしないではいられない。彼らはひたすらに結界を殴り、蹴り、体当たりをしてどうにか、どうにかと、祈るような気持ちで結界にぶつかっていく。
「頼む! 頼むから、私達の娘を返してくれえええええええええええ!」
涙を流しながら振るわれた父ヒューズの渾身の一撃。
自分の腕のことなど無視するかのような全力の拳が結界を殴打する。
そして、彼の祈りは天へと届いた。
――バリン!
「へっ!?」
ガラスを砕くような音をともに、ヒューズの腕が結界を貫通したのだ。そこを起点に結界に亀裂が走り、破損が広がっていく。
自分自身、ただの悪あがきだと自覚していたヒューズは、目の前の光景に一時放心したが、すぐに我に返り慌てて結界から手を放す。
すると結界にできた穴から、逃げ道を見つけたかのように例の黒い靄が我先にと溢れ出した。穴が広がるにつれ、飛び出す靄の量もどんどん増えていく。
だが靄は会場に広がらず、生き物のように上空を目指した。まるで空中に急流の川でも生まれたかのような光景だ。黒い靄は舞踏会会場の上部の窓を割ると、全て外へと流れ出てしまった。
会場に残っていた者達はしばし呆気に取られる。
最初に我に返ったのはヒューズだ。
「――……は! ル、ルシアナ!」
気づけば結界は完全に消滅していた。だが今の彼には、意識を失ったままうつ伏せに倒れ伏している自身の娘しか目に入らない。
「ルシアナ、ルシアナ!」
急ぎ抱き起し、夫妻が声を掛ける。意識こそ戻らなかったが、ルシアナは両親の声にピクリと震えて反応した。それを見た夫妻は不安が払拭されたようにほっと安堵の息をつく。
そしてようやく周囲の状況に目を向ける余裕が生まれた。
結界内にいた王太子達は、靄の中にいたせいか一様に口元を押さえ咳き込んでいる。クリストファーのそばには、うつ伏せになって地面に倒れ込む襲撃者ビュークの姿があった。
その手に握られている砕けた剣は、美しい白銀の剣身へと姿を変えていた。
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