第37話 クソゲー爆誕伝説
魔王の脳裏に先代聖女との激闘が蘇る――。
「ふははははは! お前達の悪あがきもここまでということだな!」
「くっ……」
満月の森の中。闇の奥から響く声は、目の前に倒れ伏す者達を嘲笑う。
遠い昔、世界を滅ぼすべく現れた魔王の前に立ちはだかったのは五人の男達と一人の少女。
だが残っているのは銀の髪のか弱き少女だけだった。その少女でさえ膝をつき、息も絶え絶えな様子で、人間達に勝ち目などありそうもない。
「ふん、聖女だなんだと褒め称えられてのこのこやってきておいてその程度の力しか持っていないとは、私をバカにするのもいい加減にしてほしいものだ……なっ!」
「ま、守りの壁よ!」
暗闇から強烈な魔力弾が飛び出した。少女が咄嗟に両手を突き出し、渾身の魔力で結界を展開する。だが、度重なる戦闘で少女の魔力も尽き欠けていた。
「きゃあああああああ!」
直撃こそ防いだものの結界は砕け散り、魔力弾が破裂する。
衝撃で少女も吹き飛ばされていく。
「……私は全力すらだしていないというのにこの体たらく。何が聖女だ、何が世界の平和だ! 世界中の負の感情の結晶たる私に、お前程度の浅はかな心で太刀打ちできるわけがないのだ!」
この世界の魔力は全ての生き物の『心』が反映されて作り出される。
例えば愛する者の幸せを願い、身を引いた男がいたとする。確かに彼のその行いは立派だったかもしれない。彼なりに折り合いをつけて次の未来へ向けて歩きだしたかもしれない。
だが、今まで彼が心に秘めていた欲望はどこへ行った? 愛した者のそばにいるのが自分でないことへの怒りと憤りは? 彼女の隣にいる男への妬み、恨みはどこへ向かう?
行き場のない負の感情は、男の魔力とともに大気に還元され、そして魔王のもとへ届く。
魔王とは人間を含んだ世界中の生物達が生きるうえで切り捨ててきた負の感情の集合体だった。
「私の力は既に世界を覆いつくすほどにまで膨れ上がった。それはつまり、世界は絶望と混沌を望んでいるということ! 人間ごときが抵抗したところで、この未来が変わることはないのだ!」
闇の奥から、森中に響きそうなほどけたたましい笑い声が響く。森が蠢く。
魔王の魔力の影響を受けた木々が不自然に生い茂り、人間達を照らしていた満月の光を覆い隠そうとした。
おそらく外からは森全体が激しく揺れ動く姿が目に入ったことだろう。それを見た者達はきっと恐怖に駆られたに違いない。
そしてこう思うのだ――もう、おしまいだ――と。
「たとえ……あなたの言う通り、この世界が、絶望を望んでいたのだとしても……」
先程倒したとばかり思っていた少女が、体を震わせながらも立ち上がろうとしていた。
「お前……」
「この世界の神様が、本当はこの世界をお見捨てになったのだとしても……私が、本当は、聖女なんて呼ばれるほど……高尚な存在なんかじゃ、なかったのだとしても……」
ふらつく足を気力でどうにか奮い立たせ、少女は再び二本の足で立ち上がる。
「……私は、誓ったの。世界中の人達に、ここにいる仲間達に……そして、私自身に……」
少女は既に満身創痍だ。体力も魔力も尽き、仲間の助けもない。絶望的状況で間違いない。
それなのに、顔を上げた彼女の瞳には――絶望の色など微塵も浮かんでいなかった。
いや、それどころか――少女の眼光に当てられた暗闇が、ぐにゃりと歪んだ。
(な、なんだこの迫力は!? なぜ絶望しない!? 勝てる要素などどこにもないはずなのに……なぜ私はこんなにも……この娘に恐怖を感じているのだ!?)
「……世界を平和にするって! またみんなと、笑って生きていくんだって! 誓ったのよ!」
『……自身のため、そして誰かのための誓い……全てが揃った。聖なる乙女に祝福を』
「「――っ!?」
それはあまりにも突然の出来事。魔王の前に立つ少女から魔力が溢れ出した。
「な、なんなのだこの異常な魔力は!?」
初めて見る、白銀の光を纏う魔力だった。
それはまるで、魔王の闇の魔力と対極の位置にあるような……。
だが、いつまでも驚いている場合ではない。少女の放つその魔力は膨大で、魔王にも匹敵しかねなかった。
あわてて魔力弾を撃ち込む魔王。しかし、溢れ出す銀の魔力はたやすく攻撃を弾いてみせる。
「馬鹿な!?」
それから何度も攻撃するが全てが弾き返される。
そして、銀の魔力の中で少女は踊っていた。
よく見れば、魔力の中を無数の糸が舞っている。少女の指に、腕に、足に、全身に絡まりながらまるで織物を編んでいくかのように形をなしていく。
やがてそれは、少女の軽やかな跳躍とともに――暗闇の中でも決して輝きを失わない、白銀のドレスへと変貌した。
ふわりと羽根のような軽さで大地に降り立つ少女の、なんと美しいことか。
銀の髪、銀のドレスを身に纏う姿は神々しく、その姿はまさに――。
理解できない状況に困惑する魔王。
だが、少女は全てを知っているかのように優しく微笑む。
少女は魔王に向かって軽く膝を曲げ、背筋を伸ばしたままそっと腰を下ろす。
それはこの世界で初めて『カーテシー』が行われた瞬間だった。
「改めてご挨拶申し上げます。私の名はこの森を治めていた者、テオラスの娘アリエル。全ての命から願いを託された者。『聖女』アリエルです!」
今までの窮地など微塵も感じさせない毅然とした態度に魔王はしばし呆気に取られたが、心の底から浮かび上がる怒りの感情に思わず怒鳴り声を上げた。
「な、な、何が願いを託されただ! 何が聖女だ! 何があったか知らんが、何をもう勝った気でいるのだ! お前は絶望していればいいのだああああああ!」
魔王は感情に任せて渾身の魔力弾を放った。手加減なし、森全体を破壊してもおかしくないほどの威力。だが、アリエルは慌てる様子もなくそっと右腕を前に突き出しただけで……。
「あなたがたくさんの絶望を集めたように、今の私には……世界中の祈りが集まっているの!」
アリエルは魔王の魔力弾を容易く受け止めた。
「あ、ありえない! 一体どうやって……な、なんだそれは!?」
防げるはずのない攻撃が簡単に止められたことに愕然とする魔王。だが、驚くべきはそれだけでは済まない。
アリエルが受け止めた漆黒の魔力弾が徐々に白銀の魔力弾へと姿を変えていく。そして人間がすっぽり入りそうな巨大な魔力弾はアリエルの手の平に収まるほどに圧縮されていった。
「……絶望を優しく照らす、白銀の光……祈りの、輝きよ!」
聖女は、圧縮された魔力弾を一気に解き放った。
「があああああああああああああ!?」
爆弾を放り投げるように魔力弾を撃った魔王に対し、聖女は凝集された魔力を一点に向けて放出する。
いわば『ビーム』である。
予想外の事態に魔王の対処は遅れ、攻撃が直撃した。感じたことのない激痛に絶叫を上げる。
魔王にとって渾身の一撃を跳ね返されたのだ。それも威力を凝縮させて。だが、激痛に苛まれながらも、魔王には不思議な違和感があった。
(なんだこの威力は!? 跳ね返されたとはいえ、常時展開させていた障壁を根こそぎ貫通するのはさすがにおかしい!)
その答えは聖女が教えてくれた。スカートを摘まみ、ふわりと靡かせる。
「私はもう、あなたに負けたりしない! この服はあなたを倒すために私の誓いと世界中のみんなの祈りが齎した奇跡の力。その名も『銀聖結界』! 魔王の力を浄化する力を持っているの……分かるでしょう。世界はまだ、絶望に染まることを望んではいないのよ!」
◆◆◆
対魔王聖女最終奥義『銀聖結界』。
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』においてその能力は、いわば『無敵モード』である。
発動と同時にあらゆるパラメーターがカンストし、聖女は全回復する。
発動中はどんな攻撃も無効化し、魔法は反射される。
特に魔王の闇の魔力は聖女の銀の魔力によって浄化され、倍返しで跳ね返されるという……RPGゲームであれば、今までの冒険はなんだったんだと言わんばかりのとんだクソゲー仕様だった。
だが『銀の聖女と五つの誓い』は乙女ゲーム。あくまでメインは恋物語。
最後は大どんでん返しのハッピーエンドで全く問題なかった。
先代聖女との闘いを思い出し、魔王は眼前の光景に恐怖した。言ってみれば、魔王の目の前には三人の聖女が最終形態で立ちはだかっているようなものなのだ。
……一人の時ですら封印されてしまったというのに。
一人は気絶、残り二人は結界の外にいるが『銀聖結界』を纏っている以上、正直大した問題ではない。
だって『無敵モード』だもの。触れたらドカンである。
魔王は気づいていないのだが……ルシアナのドレスは、実は『銀聖結界』ではない。
あえていうなら廉価版、または量産型『銀聖結界』だ。
ルシアナのドレスは、彼女のドレスを元にメロディが魔法を込めながら編み上げたものだが、本来の『銀聖結界』は聖女の魔力を実体化して作り上げられる逸品だ。
根本的に別物なのである。
といっても、ルシアナが無傷なことや魔王の剣に聖女の魔力が反撃をしている点から、『銀聖結界』の能力の一部が疑似的に再現されていることは間違いない。
つまり、実質的には魔王の認識は間違ってはいないということになる……哀れ魔王。
ちなみに、乙女ゲージャンキーのアンネマリーも当然『銀聖結界』のことは知っていたが、逆に熟知していたがゆえに、ルシアナのドレスと『銀聖結界』の関連性が結びつかなかった。
誰が予想できるだろうか。ゲーム終盤で奇跡的に発動するはずの聖女の最終奥義が、序盤で量産されて登場するなど……完全にバグゲーム、大幅修正アップデート必須のクソゲーの誕生である。
この状況に、ビュークの足がガクガクと震えてしまうのは仕方のないことだった。
だがそれは同時に、クリストファー達にとって最大の好機であった。
魔王、隙だらけである。
バキイイイイイイイイイン!
「――……ぇ?」
ビューク(魔王)がそれに気づいたのは、カランカランという音が地面に鳴り響いた時だった。音の方へ視線を向ける――黒い刀身の剣先が……転がっていた。
ふと気が付くと、ビュークの隣に横一閃に剣を振り切った体勢のクリストファーがいた。
嫌な予感しまくりである。
恐る恐る、ビュークは自分の持つ剣へ視線を動かすと……。
「……ありえない」
黒剣の刀身……の上半分が、なくなっていた……剣を切り壊されてしまった。
いつの間にか黒剣を覆っていた魔王の魔力は、完全に消失していた……。
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