第36話 魔王のファイナルアンサー

(――好機!)


 剣を凝視しているビュークはあまりにも隙だらけだった。クリストファーが一気に距離を詰めて銀の剣を突き立てる。


「――っ!?」


 一瞬遅れてビュークがそれに気づく。魔王の感覚が一旦剣に戻ったことで、今はビュークとしての自我が強くなっていた。

 彼は咄嗟に黒剣で刺突を受け止める。当然、魔王にとっては悪手だ。


 バキキキッ!


 黒剣の亀裂がさらに増した。


(ぎゃあああああ!? 聖女の魔力の影響で剣を覆っていた私の力が失われていく! おかげであの程度の銀の剣の攻撃ですら刀身が耐えきれずに自壊して……まずい、まずいぞ! 封印が解けていない状態で剣を破壊されては……今の剣は私の依り代、体のようなもの。破壊されてしまっては封印を解くのがさらに困難になってしまう! 攻撃を剣で受けてはならない!)


 魔王の意識に従い距離を取ろうとするビューク。だが、クリストファーがそれをさせまいと勢いよく一歩前に出る。

 そしてまた、ビュークは剣で攻撃を受けた。受けざるを得なかった。


 黒剣にさらに亀裂が入る。ビュークの目が見開かれた。


(――こいつ!)


 ビュークは魔法使いであるが、剣の心得もある。八年間、魔障の地で奴隷として酷使されながらも生き抜いてきたのだ。魔法以外の戦い方も当然学んだ……自己流で。


 だがクリストファーは幼い頃から王国の優れた騎士達から正統派の剣術を習ってきた。そこにはもちろん対人戦も含まれる。

 剣を使って対象を殺すことはできても、拮抗する相手と渡り合うための技術が、ビュークにはなかった。まして現在彼が相手をしているのは、才能と努力のもとで鍛え上げられた筆頭攻略対象者、王太子クリストファー・フォン・テオラスである。


 本来魔法使いである彼が、接近戦で敵う相手ではないのだ。


(……魔法を、使う隙が……それに、あいつらも……)


 ビュークの視線が一瞬だけクリストファーの後方へ向く。マクスウェルとアンネマリーだ。

 彼らはクリストファーの後ろに待機し、こちらの隙を伺っていた。おそらく、ビュークが魔法を使おうとすれば魔法で対抗するつもりなのだろう。魔法に優れたビュークといえど、発動する前に対処されては十分な威力を発揮できない。


 クリストファーの攻撃を掻い潜りつつ、彼らの抵抗を凌駕するほどの魔法を展開するというのは、ビュークといえども簡単なことではないのだ。


(このままでは……まずい!)


 それはビュークの、そして魔王の思いだった。クリストファーと戦いながら、魔王の意識は剣に残ったままだった。

 なぜなら魔王は戦いどころではなかったからだ。


 聖女の魔力が剣にこびりついていることは分かった。だが、この場に聖女がいないのならその力を自身の魔力で排除してしまえば済む話だ……そう、思っていたのに!


(ありえない、ありえない! これだけ私の力を振るっているのに、なぜ消し飛ばせない!?)


 どれほど力を込めても、黒剣から聖女の魔力が消えないのだ。そのせいで、魔王はビュークの戦闘に加勢らしい加勢ができないでいる。こちらで手一杯だからだ。


(聖女はこの場にいないはずなのに、剣にこびりつく魔力が強すぎる! それはつまり、魔力に込められた思いが殊の外強いということ。一体どんな思いが込められているというのだ!?)


 聖女の魔力を破壊するには、その思いの根源を打ち破らなければとても実現できそうもない。魔王は剣を覆いつくす聖女の魔力に精神を研ぎ澄ませた。


 やがて……魔力に込められた思いが言の葉を紡ぐ――。



『メイドたる者、ご主人様を守るのはメイドの嗜み……というか、当然の義務ですね♪』



「……な、な、なんじゃそりゃあああああああああああ!」


「な、なんだ!?」


 突然のビュークの絶叫にクリストファーの足が止まる。ビューク自身も剣を両手で強く握り、ひび割れた刀身を凝視しながら喚き散らした。


「軽くて浅い! 何この想い! でも重い! なんだこの確固たる意志は!?」


「……何を言っているんだ」


 ビュークの奇行に三人が戸惑う。結界の外から様子を窺っていた者達も同様だ。


 魔王は叫ばずにはいられない。あれほどの大いなる意思を纏った聖女の魔力なのに……言ってることは超浅いのだ。軽いノリで決めました! そんな感じだ。


 だが、その意思があまりに強い。


(信じられない! こんな軽い言葉の意思が、先代聖女の魔力に既に匹敵しているだと!? 一体、一体どこでこんなおかしな魔力が剣に付着したのだ!?)


 ビュークに剣を取らせ、王城に忍び込んだ時は間違いなく聖女の魔力に侵されてなどいなかった。おかしいことに気が付いたのは襲撃をしてから。


 だが、この剣が触れたのは……アンネマリーの魔法を受ける前に刀身が触れた物と言えば――。


 ビュークの視線が、結界の端で倒れ伏すルシアナに向き――。


 黒剣が、かつてないほどに震えた。


(な、な、なななな……あ、あれは……)


 黒剣を通して魔王の感覚が答えを見つけた。

 それは、今の魔王にとって最悪の結論だった。


 銀の魔力を発していたのは、ルシアナのドレス。それが何であるのか魔王は知っていた。



(……ば、バカな。バカなバカなバカな! た、対魔王聖女最終武装『銀聖結界』を、どうしてあんな小娘が纏っているのだ!? ……いや、纏っているのは……そんなバカな!)



 対魔王聖女最終武装『銀製結界』。


 それは魔王の攻撃のほぼ全てを無効化し、そのうえ反撃能力さえも有するという、乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』においてヒロインが最終奥義として習得するはずの、ヒロインだけの必殺技。



 言うなれば、少女アニメの魔法少女が最後の敵を倒すために発動させる奇跡の最終フォーム。



 それを身に着けている人間が……結界の中に一人、そして外に二人。合計三人もいた。


「なんでだああああああああああああああああ!」



 それは誰の声だったのか。

 まあ、ビューク(魔王)であるが……会場に絶叫が響いた。

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