第34話 王太子クリストファー
「衛兵!」
国王が叫ぶ。会場にいた者達、そして騒ぎを聞きつけた外の者達が音を立てて会場へ駆け込んだ。襲撃者を捕縛、場合によっては殺害するために衛兵達が集まる。
だが、襲撃者ビューク・キッシェルはそれを許しはしなかった。
「……囲め、そして遮れ『
ビュークが剣を横薙ぎに一振りすると、彼とクリストファー達を取り囲むように黒みがかった半透明の半球が形成された。
魔法に優れた者達は瞬時に理解した――あれは結界だ。
クリストファーは周囲を見た。結界に取り込まれたのは自分とマクスウェルにアンネマリー。
そして彼は舌打ちする。悪いことに、ルシアナも結界の中に残っていたのだ。
外であれば、すぐにでも救護班に治療させるものを……。
最初に辿り着いた衛兵が先へ進もうとするが、やはり結界がそれを阻む。剣や槍を全力で振るうがびくともしない。続いて新たな衛兵が結界の前に来た。
「離れろ! 炎よ、焼き払え! 『
魔法を使える衛兵が半球に向かって火の玉を放った。彼の得意魔法だ。弱い魔物なら一撃で焼き払うほどの威力がある。剣や槍よりも余程殺傷力のある攻撃。
これなら――。
「くそっ! 全く効いていないだと!?」
何人かの衛兵が協力して魔法攻撃を放つが、それでも結界には全く影響がなかった。
その光景に、結界の外の者達は愕然としてしまう。あれだけの魔法を受けて傷一つつかない結界を張れる人間が襲ってきたのだ。この場の全員の心が恐怖に駆られた。
「なんということだ。ス、スヴェン!」
「承知しております、陛下」
即座に衛兵達に守られた国王だったが、この場を去るわけにはいかない。敵に囚われているのは自分の息子にして、この国の王太子なのだから。
絶対に助けなくてはならない。
国王はそばに控えていた筆頭魔法使い、スヴェン・シェイクロードを呼んだ。
彼は既に魔法を放つ準備に入っている。結界の前に飛び出し、呪文を唱えた。
「風の力よ! 凝縮し、一点を貫け!『
周囲から悲鳴が響く。スヴェンの魔法の余波が彼らの元まで届いたのだ。強風が吹いた。
スヴェンは結界を見た瞬間、並みの魔法では破壊できない強固なものであることがすぐに分かった。彼が選んだ魔法は『
魔力によって空気を圧縮し、圧縮し、圧縮し、小石ほどまで凝縮された空気を、指定した方向にのみ噴射することで圧倒的な貫通力を生み出す。点の破壊力に関しては彼の最高威力の魔法だ。
この魔法を使えばおそらく王城の端から端まで貫くこともそう難しくはないはず。
そのはずなのに……。
「……ば、バカな」
結界は健在だった。穴が開きそうな気配すらない。
それを見ていた襲撃者、ビューク・キッシェルの表情が綻ぶ。
「王国の、筆頭魔法使いで、この程度……なら、何の問題もない……な」
スヴェンの表情に怒りと焦りの色が浮かぶ。筆頭魔法使いとしてのプライドがガタガタだ。そして、自分の魔法で破壊できないということは、もはや誰にもあの結界を破ることはできないということ。
何か他に方法は……。
そう考えながらも、思考が絶望に染まっていく。
これだけの結界を張れる相手が弱いはずがない。
まして、舞踏会に出席していた王太子は丸腰。これでは勝ち目が――。
「スヴェン・シェイクロード! 衛兵とともに結界への攻撃を続けろ!」
ハッとするスヴェン。大声を上げて自分に指示を出したのは他でもない、王太子クリストファーであった。囚われの身であるにもかかわらず、彼の表情には一片の曇りもない。
「結界を常に攻撃し続けろ! 奴の注意力を少しでも逸らせ! 私が奴を倒すために!」
スヴェンは再び目を見開く。王太子はこのような状況でも一切諦めてはいない。
何か勝機があるのだろうか。スヴェンには思い浮かばなかった。
だが、命を狙われている王太子が諦めていないのに、自分が諦めるなど、そんなことあってはならない。
(私は王国最高の魔法使い。筆頭魔法使いなのだから!)
「魔法が使える衛兵は私に続け! 援護せよ! 結界を破壊するぞ!」
スヴェンの命令で、魔法を使える衛兵達が彼の元へ集まる。
「残りの衛兵は会場の者達を退避させよ!」
そう大声を張り上げたのはマクスウェルの父、宰相ジオラック・リクレントスだ。
彼の声に、舞踏会の参加者達も恐怖に固まっていた体がほぐれ、身動きができるようになってきた。
結界の外で絶望に囚われていた者達に活力が戻っていく。王太子の声一つで。
そんな様子を、ビュークは面白くなさそうに眺めていた。
目の前のクリストファー達を放って。
(こっちは完全に無視か。まあ、いきなり襲われても今のままじゃな)
ビュークを警戒しつつ、クリストファーは背後に視線を向けた。
膝をつきながらビュークを警戒するマクスウェル。そして、倒れ伏すルシアナを呆然とした様子で見つめながら座り込んでしまったアンネマリー。
再度、クリストファーが舌打ちする。
この場で最もゲームについて、魔王について詳しいのは彼女だ。だが、一番覚悟ができていると思われたアンネマリーが、直面した現実に一番対応できていなかった。
「アンネマリー! いつまで呆けているつもりだ! ここで死にたいのか!」
「――はっ! え? クリス? え? あ? え……」
クリストファーに怒鳴られ、彼女はようやく我に返った。周囲を見渡し、クリストファーの前に立つビュークを見て、ようやく現状を理解する。
アンネマリーは即座に立ち上がった。
「……茶番は、終わったか?」
コテンと首を傾げるビューク。内心でクリストファーは舌打ちした。
(くそ、余裕じゃないか)
「マクスウェル、お前は私の援護を頼む。丸腰ではどんな攻撃魔法もおそらく奴には効かない。私の支援と補助に徹してくれ」
「ああ、分かった。だが、丸腰は君も一緒だ。あんなのを相手にどうするというんだい?」
マクスウェルも立ち上がり、クリストファーのそばによると防御の魔法を施した。
「……武器ならある。だが……」
(……隙が無い。屈んでブーツから武器を取り出す余裕はなさそうだ。ちっ、しょうがないか。まだ隠しておきたかったが、一応こういう時のための魔法だからな)
クリストファーはアンネマリーをチラリと見た。彼女も同意しているのか浅く頷く。
「得物なんて……あったところで、どうせ意味はない。無駄な、ことだ……」
「ああ、そうですか。だがな……王太子を舐めるな!」
クリストファーとアンネマリーは胸元に手を寄せると呪文を唱えた。
「「我が手に来たれ『
その瞬間、クリストファーの手元に銀の短剣が、アンネマリーの手に銀の短杖が突然現れた。
ビュークが大きく目を見開く。それは結界の外で状況を見ていた全ての者達にも言えることだった。短剣を手にしたクリストファーが切っ先をビュークに向けた。
「……なんだ、その、魔法は? ……初めて、見る」
「教えるわけがないだろう」
これこそが、前世の記憶を思い出してからの九年間で彼らが編み出した魔法の一つ。
転移魔法だ。といっても、まだまだ開発段階の未完成品である。
対象は非生物に限る。転移条件は対象との接触。転移距離もまだ極端に短く、今のところできるのはせいぜい自身が身に着けている物を手元に引き寄せることくらい。
……どこぞのメイドは行ったことさえあればどこにでも『通用口』を開くことができるのだが、彼女と彼らを比べてはいけない。比べるのは少々酷というものである。
「……王家の秘法か、何か、か? 面白いな。殺すのが少々、惜しい……ほどだ」
「だったら殺さないでほしいのだが?」
「それは、できない。契約は……守らねば、ならない。テオラスの血は……消えよ」
「まあ、そう言うだろうとは思っていたがな」
「どのみち……そんな、短い剣で、これを受けられ……ると、本気で思って、いるの……か?」
ビュークが剣を突き出す。クリストファーが手にしているのはブーツに入る程度の短剣だ。ロングソードほどの長さのあるビュークの剣に対抗するには確かに心もとない。
ビュークがニヤリと笑った。そして、クリストファーの額に青筋が立つ。
「だから、王太子を……舐めるなと言っているんだ!」
張り上げた声の強さに、ビュークを含めた周りの者達の体が一瞬震える。
クリストファーが短剣を天に突き立てた。
「私が何のためにこんな重たい銀の装飾をたくさん身に着けていると思っているんだ! 万物は我に従うべし!『
クリストファーの全身が光を灯した。輝いているのは銀の装飾品達。それらは次第に液体のように形を失い、掲げられた銀の短剣に向けて伸び始めた。液状の銀が短剣の元に集まっていく。
やがてそれは、立派な銀の剣へと変貌した。
ビュークの視線が銀の剣へ集中する。これまでにないほどに目が見開かれている。
「……それは、何だ? そんな魔法、見たことがない。なんだ、それは?」
「敵に教えるわけがないだろう。さあ、お前の相手は私だ! アンネマリー、君はルシアナ嬢の治療を急げ!」
「はい!」
「マクスウェル、援護を任せたぞ」
「君は、本当にいつも私を驚かせるね。ああ、任せてくれ」
「……おもしろい。お前を殺して、あとでゆっくり……調べることに、する」
王太子クリストファーと、魔王に憑りつかれた男ビュークの戦いが始まろうとしていた。
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