第27話 噴水の奇行

 レクトがやってくる少し前、メロディはルシアナに連れられて庭園の奥に来ていた。

 おそらく中央にある噴水がここの目玉なのだろう。そこを囲うように聳える四本の明かりの柱のおかげで、月明かりが隠れている夜空だというのに、お互いの顔を認識するには十分な光量を得られた。


 噴水の縁に腰掛け、メロディはこれまでの経緯を説明した。


「……と、いうわけなんです」


 申し訳なさそうな口調のメロディ。

 全てを聞き終えたルシアナの眉間に深い溝が生まれた。


「つまり、メロディはあのレクティアス・フロードとかいう騎士爵の男に騙されて、断るに断れない状況に追いやられて仕方なく舞踏会に来る羽目になったということね」


「お嬢様、私そこまで被虐的な説明はしてないんですけど……」


 ありのまま客観的に説明したはずなのに、ルシアナの反応がどこかおかしい。


「あのドレスも彼の見立てなんでしょう? あんな、天使のように美しく着飾らせて……可愛かったけど。そのうえ変装と称してメロディの髪や目の色を自分の色に合わせさせるなんて……あれも悪くはなかったけど。でも、なんて、なんて独占欲……それに、破廉恥極まりないわ!」


「お嬢様、髪と目は私が自分で変えたんですよ?」


「たかが騎士爵のくせに、身分を笠に着て私のメイドに手を出すなんて許せない!」


「お嬢様!? 何かおかしな方向に思考が飛んでますよ!?」


「どうして私、ここにハリセンを持ってこなかったのかしら。持っていたらあの場で百叩きにしてやったのに! いえ、今からでも取りに帰れば!」


「お嬢様!? 落ち着いてください!」


 叫びながら頭を掻きむしり、バッと立ち上がったルシアナにメロディがしがみつく。


「止めないでメロディ! 大丈夫、あなたのことは私が守ってみせるわ!」


「きゃあっ! 本当に止まってくださいお嬢様!」


 抱き着いて止めたはずだったが、ルシアナは確固たる意志を持って歩き始めた。

 魔法に頼らなければ、身体能力ではルシアナの方がやや上らしい。領地での労働のおかげだろうか。


「お願いします、やめてくださいお嬢様! お嬢様にそんなことさせられません!」


「メロディ、まさかあなた、あいつのこと……あの男、絶対に許さない!」


「きゃあっ!? 止まらない、お嬢様が止まらないいいいいいい!」


 貴族の令嬢が殿方に暴力を振るうなんて真似、絶対にさせるわけにはいかない!

 そう思ってのメロディの言動は、どう捉えられたのかルシアナに怒りという名の活力を与えた。

 魔法で止めれば簡単だが、そんな魔法を主であるルシアナに使ってよいものだろうか。突然のルシアナの行動に驚いたこともあって、今の彼女にその選択肢は思い浮かばなかった。


 だが、メロディの次のひと言でルシアナは正気に戻る。


「お願いしますお嬢様! レクトさんはなんです! ですからどうか――」


「……?」


「人前で暴力を振るうのはやめ……あれ? 止まっ、きゃっ!」


「きゃあっ!?」


 唐突に停止したルシアナ。進む彼女を止めようと必死に抱き着いていたメロディは止まることができなかった。車が急に止まれないように、人間も急には止まれないのである。

 ルシアナはメロディに引き寄せられ、重なり合うように二人は地面に転がった。


「ごめんなさい、メロディ! 大丈夫!?」


「いてて。は、はい」


 幸いそこは芝生であったため二人とも怪我をせずに済んだ。

 ルシアナの魔法ドレスならともかく、メロディが着ているのはレクトが用意したものだ。

 石畳の上でなくて本当によかった。

 だが、立ち上がったメロディの姿に、ルシアナの表情が歪んだ。


「本当にごめんなさい、メロディ。ドレスが……」


 メロディのドレスは芝生の草や土の跡がついて汚れてしまっていた。純白のドレスということもあり、些細な汚れでも随分と際立って見える。せっかくの天使姿が台無しであった。


「これくらい大丈夫ですよ。……どんな時も慌てず騒がず清潔に『緊急洗濯ラヴァンエマジェンザ』」


 手のひらに淡い光が灯ると、メロディは何かを放り投げるように両手を上げた。

 両の手の光が粉のように舞い散り、メロディの全身に降り注がれる。粉が地面に落ち切る前に、メロディはドレスをはためかせながらクルリ、クルリとターンを繰り返した。


 光の粉がドレスの汚れに触れると、一瞬弾けるような輝きが生まれ、純白を取り戻していく。

 これは出先などで主の衣服が予期せず汚れてしまった時の応急処置として考え出した魔法だ。応急処置というか、専門業者の洗濯よりも余程綺麗に洗浄できてしまう点が、ある意味難点だった。


「これで問題ありませんね」


 ルシアナの前で天使の如く一回転してみせるメロディ。ルシアナも思わず見惚れてしまう。


「……そうね。本当に、綺麗」


「ありがとうございます」


 ルシアナの瞳に、嬉しそうに微笑みメロディの相貌が映り込む。

 それは毎日見てきた彼女の普段と変わらぬ笑顔だった。


(……私、さっきから何やってたのかしら?)


 それはルシアナが冷静さを取り戻した瞬間だった。


 初めての舞踏会で、ルシアナは緊張していた。そこに起きた今回の事件。

 友人との集まりに参加しているはずのメロディが、美男に手を取られて王城に現れたのだ。

 まさに青天の霹靂。そして、自分にも正体を隠している様子のメロディの態度は、ルシアナが思っている以上に彼女自身の心を傷つけていた。


 仲良くなったと思ってたのに――そんな想いがダンスをしていた時もどこかにあったのだろう。

 緊張し、裏切られたと悲しみ、でもメロディとのダンスは楽しくて、話を聞けば相手の男に怒りが湧いて……そしてさっきの行動である。何してんの、私!?


「お嬢様、大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ? まさか熱でも!?」


「ち、違うの。何でも、何でもないから!」


「え? あ、待ってくださいお嬢様!」


 ルシアナは走った。羞恥心でいっぱいの顔をメロディに見せないために。そして――。


「きゃあっ! お嬢様、何してるんですか!? お化粧が、じゃなくて危ないですよ!?」


「がぼぼぼぼぼぼぼぼ……」


 頭を冷やさなくては! という思考回路の下、ルシアナは噴水の中に顔を突っ込んだ。

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