第9話 メイドとはこっそり主を助ける仕事ですよ?

 ルシアナが自室へ向かった後、メロディは玄関ホールへ向かった。

 今日中に屋敷内の全てを整備したかったメロディは、それを実現するための魔法を使う。


「我が身はひとつにあらず『分身(アルテレーゴ)』


 玄関ホールで右手を掲げるメロディ。右手から無数の光の玉が放たれ玄関ホールに散らばっていくと、それらは徐々に人の形を象り、総勢五十人の分身メロディが誕生した。

 もはやどの属性の魔法を使用しているのかというレベルではなく、あらゆる属性の魔法を無意識レベルで合成して作り上げた非常識魔法であった。

 ただし、彼女達はメロディの魔力の一部を分割して作られた存在であるため、メロディ級の魔法までは使えない。メロディ級の魔法使いを量産できるのであれば、最早メロディ一人でこの国を制圧できてしまうだろう。さすがにそこまで非常識ではない。


「「「それで、私達はどこを担当すればいい? 魔法はちょっとしか使えないよ?」」」


 ちなみに、メロディにとっての|ちょっと(・・・・)であることをお忘れなく……。


「基本的に屋敷の中の掃除と修繕、あとお嬢様の夕食の準備だから、大した魔法は必要ないよ」

「「「だよねぇ」」」


 メロディにとって|大したことない(・・・・・・・)魔法であることをお忘れなく……。


「よし、じゃあ始めましょうか!」

「「「了解! ピッカピカにするぞ!」」」


 こうしてメロディ達はそれぞれの仕事を開始した。




「と、いうわけなんです、お嬢様」

「そうだったんだ……いきなりメロディがたくさん現れたから頭がおかしくなったのかと思ったよ」

「申し訳ございません」

「ううん、気にしないで。私も魔法がここまで凄いなんて知らなかったの」


 ルシアナの中で、メロディを基準に魔法の概念が形作られていく……とても不安だ。

 自室のベッドで気がついたルシアナは、メロディから分身魔法の説明を受けた。驚愕と恐怖で気絶したものの、メロディから魔法で作った分身だと聞いたルシアナは、魔法に関して無知だったことが幸い(もしくは災い?)して『そういうものか』と納得してしまった。


「私も先に説明しておけばよかったです。お嬢様が魔法にはあまりお詳しくないことは聞いていたのに……申し訳ございません」

「もういいってば。それより私、お腹がすいちゃった。もう夕飯は食べられるかしら?」

「はい。既に準備完了です。こちらでお召し上がりになりますか?」

「大丈夫。食堂に行くわ」

「畏まりました、ではご案内いたします」




「わあ、凄い! とても美味しそう!」

「ありがとうございます」


 食卓にはメロディが作った全ての料理が並んでいた。本来なら貴族の食事はコース料理のように一品ずつ順番に運ばれるのだが、領地でも十分な使用人と料理がなかったルトルバーグ家では、食卓に全ての料理を並べることが普通だった。


「本日はこのようにお食事をご用意しましたが、明日からはマナーに則って食事もご用意させていただきます。これも淑女教育の一環ですから」

「うん、分かったわ! いただきます!」


 メロディは食事を始めたルシアナの後ろに控える。もちろん一緒に食べたりはしない。メイドと家人が一緒に食事を取るなどあってはならないことだ。

 そのあたりはルシアナも理解しているようで、一緒に食べようとは言ってこなかった。


「美味しい! どれもこれも今まで食べたことのない味だわ!」

「ありがとうございます」


 今回食卓に用意した料理は五品。前菜として生クリームに果物を乗せたカナッペ。サイコロカットされた肉入りのポタージュスープ。メインとしてチキンの香草焼き。あと、ミルクがあったので簡単に手作りできるカッテージチーズと、デザートとして生クリームを乗せたカップケーキを用意した。ちなみに、砂糖は高価なので生クリームには蜂蜜を加えている。


 この世界は中世ヨーロッパに準拠した異世界のようで、調味料の種類も現代日本と比べるとかなり少なかった。塩、酢、ハーブや果汁、あとはワインと、少々値が張るが胡椒くらいだろうか。

 甘味としては砂糖と蜂蜜があるが、砂糖は高価であるため貧乏貴族の予算では手に入れられず、今回は蜂蜜を利用した。


 この世界の牛乳はもちろん未加工なので生クリームやバターを作ることも可能だ。メロディは魔法で補助をしてそれらを楽ちんに作り出した。この世界にはまだバターや生クリームの文化はないようで、初めての味と触感にルシアナはご満悦だった。


「仄かに甘くてとても気に入ったわ。 それに、肉料理なんて久しぶり! こんなに美味しいチキンどうしたの? 肉なんて、正直うちの予算じゃ買えなかったと思うんだけど?」

「お嬢様、口にお肉を入れたまま喋ってはいけません」

「……んぐ、ごめんなさい」


 マナー違反だということは分かっていたが、食事も質問も止められなかった。だって美味しいし、気になるのだから。ここまで美味しい鶏肉はこの前誕生日に両親が奮発して用意してくれたもの以来かもしれない。


「それは王都の近くにあった森で見つけた鳥の肉なんです。狩ってきちゃいました」

「狩ってきた!? 買ったじゃなくて!? メロディが!? もしかして、魔法を使って?」

「はい。お嬢様の仰る通り、予算内では十分な食材が用意できそうになかったので、王都の近くにあった森で鳥を狩ったんです。チキンの香草や、付け合せの野草、スープの野菜なんかもその森で見つけたものなんですよ? とても豊かな森でびっくりしました」


「へえ、やっぱり魔法って凄いね。それに、そんな森があるなんて知らなかった。この辺だと私は魔障の地『ヴァナルガンド大森林』くらいしか知らなかったな。いい森があってよかったね」

「そんな場所があるんですか?」

「そうよ。とっても危険な森だから入っちゃダメだからね?」

「気をつけます。でも、私が入った森は大丈夫ですよ? 大して危険じゃありませんでしたし」

「魔障の地じゃなくても森は危ないから気をつけてね?」

「はい」

「ふぅ、ごちそうさま。とても美味しかったわ、メロディ。今日は本当にありがとう」

「いいえ、勿体無いお言葉です。今、お茶をご用意しますね」

「ええ、お願い」


 メロディは深々と礼をすると厨房へ向かった。




 ルシアナが食事をする数時間前、メロディは王都の東にある森に来ていた。

 分身達に屋敷内の仕事を任せたメロディは夕飯の買い出しのために市場を訪れたのだが、想像以上に物価が高く十分な食材を揃えることができなかった。

 このままではルシアナに美味しい料理を用意できないと困ったメロディが閃いたのが『買えないなら、狩ればいいじゃない!』であった。


「我が身を隠せ『透明化(トラスパレンザ)』 我に飛翔の翼を『天翼(アーリダンジェロ)』」


 魔法で姿を消し、空を飛んだメロディはすぐに見つけた緑豊かな森を狩場に決めて、森の中心付近へ舞い降りた。

 森の入口を国の兵士達が封鎖していることなど全く気が付くことなく……。


「あ、野草見っけ! あ、あっちにはハーブがある! やっぱりこの森にしてよかった!」


 メロディの予想通り、この森は実り豊かな森であった。森の中心付近を選んだもおそらくよかったのだろう。人の手が入った様子はなく、野草や果物などが取り放題であった。


「あとはお肉ね。どこかに獣はいないかしら? ウサギか鹿か、はたまた……」

「クエエ、クエエエエ!」

「あ、鳥だ!」


 獣を探していたメロディの上空で一羽の鳥がグルグルと旋回していた。


「なんてグッドタイミング! では早速……え? きゃああああああ!」


 上空の鳥に狙いを定めようとしたメロディの視界が一瞬真っ白になった。それと同時に足元から爆弾のような衝撃が走り、メロディは吹き飛ばされてしまった。

 上空を旋回していた鳥は、自分の鳴き声でメロディを引きつけ、こちらに気を取られた隙を狙って雷属性魔法を放ったのだ。その威力はまさに落雷といって過言ではなかった。

 地面を爆発するほどの衝撃と電撃がメロディを襲ったのだ。いくらメロディが世界最大級の魔法使いだとしても、肉体の強さは普通の人間と何も変わらない。あの一撃を受けたメロディは……。


「いったーい! もう、何なのあの鳥!」


 ……ピンピンしていた。有り体に言えば無傷である。


「うう、ちょっとピリピリする。もう絶対に狩ってやるんだから!」


 そういえば、メイド服を作った時にメロディは言っていた。


『これ、見た目だけじゃなくて強度にもこだわったんですよ? 防刃、防弾、耐火に耐水、魔法も防ぐし、絶縁性も付与したので感電の心配も低減です! あと、防汚効果と消臭効果もつけちゃいました』


 メイド服は落雷も静電気程度にまで低減させる優れものだった。ついでに防刃、防弾効果は衝撃にも対応してくれるらしい。最早その辺の鎧よりもよっぽど強力な防具だった。


「当たれ! 必中の弾丸『誘導弾(ミシレグィダート)』」

「クエ? グパアアアア!?」


 プンプン怒ったメロディは鳥に向かって魔法の弾を打ち込んだ。単純に凝集しただけの魔力の弾丸で、これにメロディオリジナルの追尾機能が搭載されている。本来は真っ直ぐ進むだけなのだが、メロディの魔力弾は確実に奴の急所を狙い、貫いて絶命させた。


「やった! ……て、きゃあああああああ!」


 ズドンッ! と大きな音を立てて上空から鳥が墜落した。それもそのはず、鳥はメロディの想像よりも遥かに巨大だった。翼開長三メートル以上はありそうな大きな鳥だったのだ。


「ああ、びっくりした。異世界にはこんなに大きな鳥がいるのね。気が付かなかったわ。でも、これでお肉も手に入ったことだし、早くお屋敷に戻らなくっちゃ! 次は夕飯作りね!」


 喜ぶメロディの傍らで、巨大な鳥は自動的に解体されていった。もちろんメロディが魔法で解体をしているのだが、刃物もなく、切る人間もいないというのに解体されていく鶏肉の姿は第三者が見ればなんともシュールだった。ちなみにメロディはその間木の実取りに勤しんでいた。


「解体完了! 開け、時の狭間の保管庫『完全冷蔵庫(コンプレットフリゴリフェーロ)』」


 時間属性魔法と空間属性魔法を合成して作った収納魔法によって、解体された鶏肉は全て保管された。ブラックホールのような黒い穴が出現し、全てを飲み込んでいったのである。時間経過もなく、ほぼ無限に近い容量を持つこの魔法の利用価値は計り知れない。


 だが、メロディはこの魔法を必要以上に使うつもりはない。なぜなら、バスケットを両手に持って歩いたほうがメイドっぽいから……メロディは形から入る子なのである。


「よし、じゃあ帰ろっと!」


 必要な食材を全て手に入れることができたメロディは、スキップしながら屋敷へと帰った。




 その日の夜、王城にある国王の執務室ではとんでもない騒ぎが起きていた。


「ヴァナルガンド大森林に侵入者だと!? まことか、スヴェン!」

「左様です、陛下。森に張った私の感知結界が外からの侵入者を捉えました」


 テオラス王国国王、ガーナード・フォン・テオラスは、王の執務室を訪ねた男の報告に驚きを隠せないでいた。男の名前はスヴェン・シェイクロード。テオラス王国の筆頭魔法使いだ。


 この世界には魔障の地と呼ばれる、魔物の生息する危険地帯が大陸中に点在していた。魔障といっても、ただ魔物が好んで生息地に選んだだけの普通の土地だが。

 しかし、魔力による攻撃しかダメージを与えられない魔物に対し一般人は無力。基本的に魔障の地には近寄らないことがこの世界の一般常識だった。下手に刺激して魔障の地から出て来られでもしたら災害になりかねない。

 その中でも王都の東に隣接する、世界最大級の魔障の地『ヴァナルガンド大森林』など絶対に手を出してはいけない不可侵領域だというのに。

 森の入り口は兵が封鎖しているはずなのに、一体どうやって、何者が侵入したのだろうか?


「そいつはまだ森の中にいるのか?」

「おそらくは……。私の感知結界は一度通過した者の魔力を記憶します。侵入者はまだ外へ出た形跡はありません。森で一体何をしているのか……」

「分かった。とにかく兵士を増員しよう。森周辺を探って異変がないか調べなくては。スヴェンは侵入者の動向をしっかり感知結界で確認してくれ。見落としのないようにな」

「畏まりました」

「侵入者とは一体、何者なんだ……?」


 まさか、食材を求めてやってきたメイドだとは、国王も筆頭魔法使いも終ぞ分かりはしなかった。



 ちなみに、再び空を飛んで屋敷に帰ろうとしていたメロディだったが……。


「そういえば、ここにはこれからもお世話になりそうだし『扉』を作っておいた方が楽かも。使用人食堂と繋げばいいかな? メイドはこっそり動くべし『通用口(オヴンクエポータ)』」


 メロディが呪文を唱えると彼女の目の前になんとも簡素な扉が出現した。しかし、その扉を開けた先にはルトルバーグ王都邸の使用人食堂が広がっていた。


「基本メイドは裏方。誰にも見られずにいつの間にか仕事を終えるのが理想よね。ただいま」


 こうして、筆頭魔法使いの結界に触れることなくメロディは屋敷に帰ってしまった。人騒がせなメイドはこれからもこの森に侵入する気満々であった。

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