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 何周か往復したところで、二人はいったん休憩を取ることにした。次はゴンドラに乗って一気に山頂まで登り、別のコースまで降りる予定だ。

 レストハウス二階の食堂に上がり、康太はカレーを頼む。ゲレンデ付属のレストランにありがちなことだが、せいぜいカレーくらいしか食べるものがない。真紀のほうもカツカレーだった。二人して黙々とスプーンを進める。

「……スノボ、ずっと続けてたんだな」

「まぁねー。東京勤めてる康太と違って、スキー場も近いし」

「羨ましい限りで」康太はカレーを掬いながら、ノースリーブ姿の真紀をチラと見る。露になっている細腕は、目の周りを除いてこげ茶に焼けた顔とは反対に真っ白だった。「前から思うんだけど寒くないの、そのインナー」

「んー、ちょうどいい」腕をさすりながら、彼女が答える。「滑ってるうちにあったまってくるし、今日晴れてるしさ」

 確かに真紀の素肌には鳥肌ひとつない。こんな恰好でこれまで風邪ひとつひいた試しがないのだから、不思議である。

「仕事、大変なんだってね」

「それなりに、な。給料悪くないから頑張ってられるけど、日々に余裕があるとは言えない感じ」

 康太は少しだけ、見栄を張った。本当は仕事量に見合った給料とは言えない待遇で、どうにか暮らしていると表現する方が正しい。憧れを抱いて地元の大学から東京の製造会社に就職して三年、昇進の機会にも恵まれず、変わり映えのない業務に追われるばかり。都会への憧れはとっくに潰え、楽しみを見つけようと足掻く気にもならなくなってきている。

「大丈夫? なんか目が死んでるけど」

「東京戻ったらまたすぐ出張があるんだ」

「ふぅん、忙しそ」

 気楽な調子で聞き流す真紀に、そっちはどうなんだ、と返すのは躊躇われた。その雪焼け顔を見れば、しばしばスキーに行っていられるくらいの余裕があることは窺える。堅実に地元の零細企業にでも就職してれば、今頃は一緒になって雪焼けを作っていたりしたのだろうか。

「なんかごめん」

「え?」

「東京の話、したくなかったっぽいから。せっかく帰省したんだし息抜きしてけば? 愚痴なら訊くよ」

 つい、変な失笑が漏れた。僻みっぽく思ってしまったのが申し訳なくなるほど、彼女の反応は純朴だった。本当に、大学時代から変わらない。こっちがあてられそうになるほど。

 ふと見ると真紀はカレーをほとんど食べきり、皿をスプーンで丹念にこそぎ始めていた。すっかり手が止まっていたことに気づき、康太もスプーンを動かす手を速める。もしかするとそのせいで彼女を気遣わせてしまったのかも知れない。


「そういやさ、東京でカノジョとかできた?」

 ゴンドラに向かうリフトの上。

「えっと……そんな機会もない、です」突然問われ、一瞬、言葉に窮した。「そういう真紀はどうなんだよ」

「ぜんっぜんだよ。職場はおっさんしかいないし、たまーに合コンとか誘われてもつまんない人ばっかだし」

 ため息交じりに答えられる。だが大して危機感のある様子でもない。実際のところ、真紀にその気がないだけだろう。

「まぁ真紀は合コン行っても難しいかもな、日焼けすごいし」

「あっ何それセクハラ!」

「うわっやめろ落ちる落ちる!」

 肩をバシバシ叩かれ、康太はリフトの上でよろけてしまう。その拍子でリフトが傾き、緊急停止した。

「ほらー康太のせいで止まったー」

「いや、そっちが叩くから……」

「そっちがセクハラ言うからでしょー」

「気にしてんなら日焼け止め使えよ……」

 強い揺れが発生したため、リフトを一時停止する、とアナウンスが流れる。停まった宙吊り椅子の上で、真紀と二人、時間まで止まったような感覚がして、康太は早く動き出すのを願った。独りで空中に放り出される方がよほどマシだ。

 その中途半端に気まずい空白が、康太に大学時代の記憶を思い出させる。あの頃は、真紀がチェアリフトに座ってはしゃぐのを、ひとつ後ろのシートから眺めてばかりだった。彼女はずっと、もう一人のスキー仲間の隣にいて、康太にはその間に割って入る隙間はなかった。

 裕揮ゆうきというその男の影に、彼は社会人となった今となっても縛られ続けている。

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