義眼士 vs 警察

ちびまるフォイ

水の流れる映像をえんえんと…

今では目を取り外したり置いたりするのが普通になっていた。


「ごめん、今日の授業出れそうにないわ。

 悪いんだけど、俺の目を持って行ってくれない?」


「わかった。早く風邪直せよ」


教室に目を持っていって、男は義眼を目に入れる。

義眼から入る映像は教室に持って行った目玉が見ている景色。


まぶたを下ろそうが、映像は変わらない。

誰もが気軽に目を携帯する時代だった。


※ ※ ※


「いらっしゃいませ」


義眼士の店にまた新しい客がやってきた。


「新しい義眼が欲しいんだが」


「わかりました、採寸しますのでこちらへ」


目を携帯するようになって始めた義眼ビジネスは大成功だった。

抜いた後にぽっかり目が空くわけにもいかないので、義眼を誰もが入れる。

最近ではカラー義眼なども初めて若い子にカラコン感覚で大人気だ。


「採寸終わりました。今日はどういった義眼を?」


「見た目はどうでもいい。ネットにつながるのはあるか?」


「ええ、ありますけど」


義眼士は変わった客だな、と思った。

普通、義眼を買いに来る客は服を選ぶように見た目を気にするのに。


「こちらの義眼はネットにも接続できるので、現実の風景とネットの画面を見ることができます」


「ではもらおう」


けして安くない買い物のはずなのに男はキャッシュで義眼を買っていった。

買った義眼を試すどころかそのまま持って店を去っていった。


「ありがとうございました」


義眼士は不思議に思いながらも丁寧に見送った。




それからしばらくすると、目玉による盗視被害が報道された。


『先日に引き続き、女性宅に忍び込み、目を隠す盗視被害が相次いでいます。

 監視カメラと違って自由に眼球を動かせるため、自分の見たい角度に調節できてしまいます』


「大変な世の中になったなぁ……」


義眼士はニュースを見ながらカウンターで頬杖をついていた。

静かな昼下がりと思った矢先、ドスドスと荒い足音で警察がやってきた。


「警察だ!! 義眼士、犯罪ほう助で逮捕する!!」


「ほう助……? 私が犯罪を手助けしたってことですか? どうして!?」


「お前の売っている義眼は盗視犯罪を増やす手助けになっているんだよ!」


「そんな……!」


警察の言ってることはむちゃくちゃだった。

犯罪者が車で人をひき殺したから車を作っている奴が悪い、というような。


「さぁ、観念しろ。ここにある義眼はすべて警察が押収する」


義眼士は警察の言葉に違和感を感じた。

自分だけが犯罪者ならさっさと連行すればいいものをどうして義眼のことを……。


なにか裏があるに違いない。

ここで捕まるわけにはいかない。


義眼士は外においている8個の義眼の映像を見て抜け道を探す。

そして、警察の見ている映像をも確認して自分を見てない瞬間を狙って飛び出す。


「いまだ!!」


「おい、待て!!」


完全に視界の外からの逃走に警察はふいをつかれた。

義眼士は店を出て警察の包囲網をくぐりぬけたところで――。


「っと、ここまでだ!!」


警察の別動隊に捕まってしまった。


「さすがは義眼士。相手の視界を見て逃げることもできるんだな」


「ど、どういうこと……だ」


「我々が欲しいのはまさにその力なんだよ」


男の顔には見覚えがあった。

前に店でネット接続つきの義眼を買いに来た客だった。まさか警察だったとは。


「今やスマホよりも義眼の普及率が高い。もし、義眼の視界を警察が見れたらどうなる?

 犯罪者も協力者もすっぱ抜けるし、泥棒の手口だって筒抜けだ」


「そんなこと……人のプライベートがなくなるのと同じじゃないか」


「市民のプライベートなんて犯罪防止に比べれば安いものさ」


警察がどうしてネットつきの義眼を買ったのかふに落ちた。

ネットワークを使って、ほかの義眼をリンクさせたかったんだろう。


ちょうど、いましがた自分が複数の義眼の映像をネットリンクさせて逃走に使ったように

市民の義眼映像をネットリンクさせて掌握するのが狙いなんだ。


「義眼士の君なら、特別に警察に技術協力するというのであれば、罪を軽くしよう」


「そんなのできない。あなたたちの言っていることは、単に自分たちで考えたり、動くことが面倒だから

 義眼による監視で楽しようとしているだけじゃないか」


「義眼士ふぜいが偉そうな口をきくな!! おい、連れて行け!!」


力づくで車に乗せられてしまった。もう逃げることはでいないだろう。

車中では警察が得意げに今後の展望を話していた。


「今後は、貴様の店でネット付きの義眼のみを売ってもらう。

 そして、映像はすべて警察が管理できるんだ。もちろん市民には秘密でな。

 義眼の見た映像すべてが常に監視カメラ代わりに送信されるわけだ」


「…………」


「ということだ、義眼士。お前は警察に協力する以外の方法はない。

 店で我々へのリンク付き義眼を何食わぬ顔で売ってもらう」


「……」


「おい聞いてるのか」


「すみません、トイレ」


警察がしょうがないと近くの公衆トイレに車を止めた。


「いいか、犯罪者がトイレというと逃走を考えてる場合が多い。

 出口はひとつしかないが、相手は義眼士だ。けして目を離すな」


「「「 はっ! 」」」


警察がドアの前にぎっしりと壁のように立っている異例の光景。

義眼士は静かにトイレの個室に入った。


「……おい、義眼士。音が聞こえないぞ。用がないなら早く出ろ」


「警察のみなさん。実は黙っていたことがあります」


「あ?」


「みなさんがやろうとしているリンク付き義眼ですが、すでにあるんです。

 私の店で売った義眼はすべて、私の方で映像をコントロールできるんです」


「何言って……」


言い切らないうちに警察の全員がトイレの壁を見ている視界へと変わった


「貴様なにをした!?」


「警察のみなさんが就けている義眼にのみ、映像リンクさせたんです。

 私が持っているこの義眼とね」


義眼士が隠し持っていた、1つの義眼。

そこから見える映像が警察の視界を覆っていた。強制的な視界共有。


「警察の皆さん、私は犯罪には協力できません。

 犯罪を防止するためだって、犯罪を行うこともできません」


「義眼士ぃ! 何をする気だ!」


「なにって……目を洗うだけですよ」



ぽちゃん。


義眼士は持っていた目を和式便器の中に落とした。

もちろん、便器に落ちた義眼の映像は警察全員が見ている。見せられてる。


「ま、まさか……」


義眼士はレバーを引くと、勢いよく目は流れていった。

警察は下水へと流れていく映像をどこまでもいつまでも見せられ続けた。


「義眼士! どこだ! どこにいる!!」


ひっきりなしに送られる下水映像に視界を奪われた警察は、

よたよたとあてもなく歩いていった。


警察が去ったあと、義眼士はそっとトイレを出て静かに店に戻った。

そして、義眼の店は静かにまた営業をはじめた。




「いらっしゃいませ。どのような義眼をお探しですか?」

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