エイルードの魔法使い
志鳥かあね
エイルードの魔法使い
街の中、石畳の大通りに色とりどりの花びらが舞っていた。
通りを囲った人々や、家の窓から覗く人々らが歓声をあげ、花びらを投げている。
戦争を終えた兵士たちが続々とエイルード国へと戻ってきたのである。
広場へと歩みを進める兵士たち。皆、疲れた様子だが、表情は晴れ晴れとしていた。兵士の持つ赤い旗が花びらと共に風になびいている。
大通りを抜けた広場には、帰りを待つ大勢の人が居た。
その中にベージュのワンピースを着ている一人の女――エルザが居た。
エルザは広場で恋人の帰りを今か今かと待ち望んでいた。
帰ってきた兵士たちは皆、待っていた家族や恋人などと抱擁し、笑顔をこぼしていた。
エルザは大勢の人の中をかき分け、恋人を探した。そこで、懐かしい顔を見つける。
「ジェラルド!」
赤髪の男がその声に反応して振り向いた。薄汚れた黒いローブを羽織っている。エルザを見て表情が一気に和らぐ。
「エルザ!」
エルザはすぐにその男――ジェラルドに抱きついた。
「よかった無事で!」
「ああ、なんとかな」
エルザは長いブロンドのウェーブヘアーで顔が隠れて見えないが、嬉し涙を流した。
「大丈夫だ。もう戦争なんて起こらないさ」
そう言って、ジェラルドはエルザの頭をなでた。
今までエイルード国とドルサ国の戦争が起こっていた。
剣士や魔法使いたちの戦いで多くの人々が死んだ。
だが、必死の攻防により、ジェラルドたちの国エイルードが勝利を収めたのだった。
これも魔法使いであるジェラルドの力があったためである。
彼は魔法使いの中でも抜きに出る力を持ち、多くの敵を倒していった。
戦争が終わり、その力が国では褒め称えられた。国に帰還した後、勲章を授けられた。
そして、以前のような平穏な日常に戻ったのだった。
エルザはいつものように恋人ジェラルドの家に行った。
ふわっとしたベージュのワンピースに赤い靴が似合っていた。
「ジェラルドー」
と、ドアの前で声をかけるが、しばらくしてもジェラルドは現れない。
エルザは留守にしているのかと思ったが、ドアを押すと鍵が開いていた。
「入るわよー」
ゆっくりとジェラルドの家に入っていく。
いつもの彼の家。玄関を入ると鉱石で出来た透明な置物がおいてある。魔法の道具らしい。
紫色の壁を窓からの光が明るく照らしていた。
エルザは奥の部屋へと進んだ。ドアが少しだけ開いている。覗くとそこには本を読んでいるジェラルドの姿があった。
「ジェラルド?」
小さく声をかけたが、なにやら真剣に読んでいるようで、こちらには気づかないようだ。
エルザがゆっくりとジェラルドに近づいた時、テーブルにおいてあった本が落ちた。それに気づいたジェラルドはパタンと本を閉じた。
「エルザ、君か」
「ドア開いてたわよ」
「さっきハンスが尋ねてきた後、閉めるの忘れてたみたいだ」
「無用心ね」
エルザは笑って言った。
そしてエルザは落ちた本を拾った。ちらっと見たが本のタイトルも魔法言語で書かれていてよく分からない。
「勉強?」
「まあな」
ジェラルドは笑顔を浮かべた。
「勉強中に悪いんだけど、ちょっと付き合って欲しいところがあるの」
「ああ、いいよ」
ジェラルドはすぐに返事をした。
「町の外にある鉱山から鉱石を取りに行こうと思うんだけど、一緒についてきてくれる?」
今日は町の外の鉱山に希少な石があると聞いたので、出かけようと思っていたのだった。
エルザはアクセサリー屋を営んでいる。そのアクセサリーは鉱石を加工して作っているのだ。
町の外はモンスターが居るので、一人では危険である。そこでエルザは力を持つ魔法使いのジェラルドに頼むことにしたのだった。デートも兼ねて。
だがジェラルドは言葉に詰まってしまった。
黙っているジェラルドに首をかしげるエルザ。
そしてジャラルドはしばらくして口を開いた。
「ごめん、行けない」
「え? なんで? 外はモンスターで危険なのよ。そんな所を私一人で行かすつもりなの?」
エルザは少しふくれっつらをした。
「違う、そんな事言ってないさエルザ。君の事は大事に思ってるよ」
「じゃあなんで」
「実は……」
言葉に詰まるジェラルド。
そして、エルザから視線をそらしておずおずと言った。
「魔法が……使えなくなってしまったんだ」
「え?」
エルザはジェラルドのその言葉に驚かざるを得なかった。
「嘘! またそんな事いって私を驚かせようなんて……」
「本当なんだ」
ジェラルドの真剣で暗い表情が、それが真実なのだとエルザは理解した。
「そんな……じゃあ最近部屋にこもってたのって」
「ああ、なんとか魔法を使えるようにするため調べていたんだ」
ショックを受けたエルザだった。
魔法使いはある程度特別な地位にある。
特にジェラルドは優秀な魔法使いなため、高い地位を持っていた。それが魔法が使えなくなるという事は今までの地位がなくなってしまう。
「で、でもきっと一時的なものよ。少し休めば元に戻るわ」
「そうだといいんだが……」
ジェラルドは神妙な面持ちでそう言った。
それから半年ほど。いつものようにジェラルドは文献を読んでいた。どうやら魔法を使えるようになる方法を調べているようだが、まだ魔法が使えなかった。
エルザはその様子を見てとても心配をした。
もう半年も休んでいるのに、魔法が使えないのはおかしい。
このまま魔法を使う事を忘れてしまっては、魔法使いとして復帰できなくなるのではないか。
そう考えたエルザはジェラルドを広場へ呼び出した。
「どうしたんだい? エルザ」
「ジェラルド! 魔法の特訓よ」
「え?」
エルザはジェラルドに魔法の特訓をさせることにしたのだ。
「ほら、とにかく魔法よ!」
ジェラルドはエルザに言われるがまま、呪文を唱え、魔法を発動させようとする。
「頑張って!」
呪文を唱えたが、何も起こらなかった。
魔法は魔力を練らないといくら呪文を唱えたとしても無駄である。
「いくらやっても無駄さ。俺は何回も試してみたんだ」
「そんなことないわ! 頑張って!」
しょうがなくジェラルドはまた呪文を唱えてみたが、やはり何も起こらなかった。
次の日からエルザは魔法の入門書を買って読み始めた。入門の魔法言語が載っており、比較的分かりやすい本である。
魔法の事は詳しくないエルザだが、まず初歩的な魔法を。と魔力の練り方をジェラルドに話したりした。
「つまずいた時は初心に戻るべきよ」
「初心といってもな……」
ジェラルドは複雑な表情をした。
「いいから、この本のようにやってみて」
エルザはジェラルドに魔法の特訓をさせた。
だが、結局は成功しなかった。
いつも通りエルザは魔法書を色々調べて、家で読んでいた。
そこへジェラルドがやってきた。
ふとみると腰には剣がささっている。
「何どうしたの? 剣なんか引っ下げちゃって」
「俺、剣士になることにした」
「ええ! なんで! 魔法は諦めちゃうの?」
「しょうがないだろ、もう使えないんだから」
「でも」
「俺は新たな道を行くさ」
「そんな……」
悲しい表情をしたエルザだったが、首を横に振っていった。
「私は絶対諦めないから!」
そう言ってエルザは魔法書を読み進めた。
それからもエルザは剣の練習をしているジェラルドを引っ張っていき、魔法の特訓をさせた。
嫌々ながらもジェラルドはエルザに従い、魔法の呪文を唱えるが、やはり全く魔法は発動しなかった。
そんな毎日が続いたある日。
エルザは魔法書を片手に、いつも通り町を歩いていた。
だがなにやら前方が騒がしい。
「ド、ドラゴンだ!」
町の中に突如モンスターのドラゴンが現れたのだ。町は結界で守られているため、モンスターは入ってこれない。
このドラゴンは一体どこから入ってきたのだろうか。
とにかくこのままでは危ない。
エルザは急いで走って逃げるが、ドラゴンが襲い掛かってくる。
「きゃあ!」
そこへ何者かが現れ、ドラゴンの爪を剣で受け止めた。
「ハンスさん!」
「大丈夫かいエルザちゃん」
ハンスと呼ばれた男はなんとか精一杯の力で爪を押さえている。
騒ぎを聞きつけ、駆けつけるジェラルド。
「大丈夫か! ハンス」
「なんとかな。エルザちゃんを安全な場所へ!」
「分かった。エルザあっちだ」
エルザはジェラルドに連れられ、ドラゴンのそばから離れた。
「エルザ、遠くまで逃げるんだ」
「ジェラルド! あなたは」
「俺もハンスと共に戦う」
「でも、魔法が使えないんじゃ」
「この剣があるさ」
「そんな無茶よ!」
戦場を駆けた剣士であるハンスと違って、ジェラルドはまだ剣を習って間もない。そんな人間がドラゴンなんかとまともに戦えるわけがない。
「とにかく逃げるんだ。いいな!」
ジェラルドはドラゴンへ向かって行った。
「ジェラルド!」
ハンスがドラゴンと戦っている中、ジェラルドが駆けつける。
「一緒に戦うの久しぶりだな。しかも今度は同じ剣で戦うとは」
「ジェラルド、無理はするなよ」
「ああ、分かってる。早く救援がくればいいんだが……」
ドラゴンは二人に向かってきた。そして炎を口から吐く。
間一髪でよける二人。
「くそ、炎はやっかいだ」
剣士の二人は炎をよけるしかすべがない。
ここに魔法使いがいれば、氷の魔法で相殺出来るのだが、今のジェラルドでは魔法を使えない。
そしてドラゴンの爪が襲い掛かってきた。
ハンスがまたそれを受け止める。
隙をつき、ジェラルドが走りかかるが、ドラゴンのもう一方の爪でジェラルドの剣は弾き返されてしまった。そして姿勢を変えたドラゴンの尻尾がジェラルドめがけて襲ってくる。
「逃げろ!」
ハンスが叫ぶ。
ジェラルドは攻撃をなんとか避けるが、腕に食らってしまった。
顔をしかめるジェラルド。そこへ再度片方の爪がやってくる。
やられる! と思った時、突如眩しいほどの光が現れた。
「これは魔法石の光か?」
ハンスが目を覆い、言った。
そこにはエルザが居た。持っているペンダントが光り、ドラゴンの片方の手は魔法石の力により破壊される。
魔法石とは魔力の塊の石で初歩的な魔法の知識があれば使える魔法術の一種である。
だが魔法石の力というものは一回限りで、使えばただの石になるのだ。
ドラゴンが鳴き声を上げ、口に炎をためるしぐさに出た。
その方向はエルザに向かっていた。
「エルザちゃん!」
ハンスがエルザの方に走りこむが、間に合わない。
ジェラルドは頭をすばやく回転させた。
目を見開き、素早く呪文を唱える。そして怪我をしてない方の手で円を描き、ドラゴンに向かって叫んだ
「アイスイクスプローション!」
突如上空に現れる氷の刃。それがドラゴンに突き刺さり、突如爆発を起こした。ドラゴンの叫びは爆風によってかき消される。
「きゃあ!」
「うお!」
エルザとハンスは爆風に驚く。
そしてドラゴンは倒れて動かなくなった。
「大丈夫か! エルザ!」
ジェラルドはエルザに急いで駆け寄った。
「大丈夫よ。それよりジェラルドこそ怪我してるじゃない!」
怪我をした腕を見て、エルザは心配した。
ジェラルドは黙り込んでしまった。
「でも、無事でよかった」
エルザはジェラルドを抱きしめる。
「ジェラルドお前……なんで魔法を!」
ハンスが呼びかけた。
「そうよ、魔法! しかも上級魔法を。使えるようになったのね!」
エルザは笑顔でそう言った。
それを聞いたハンスは驚きを隠せなかった。そしてジェラルドに向いて言った。
「おまえ、何も言ってないのか?」
「……」
黙ったままのジェラルドを見て、エルザはまたすぐ心配な表情になった。
怪我の具合が悪かったのかと、エルザはすぐにジェラルドの腕を見た。
手先が黒く変色している。普通の怪我とは違うそれに動揺するエルザ。
「ジェ、ジェラルド! 何これ!」
「今まで黙っていてすまない」
「え? ど、どういう事なの!?」
エルザが急いでジェラルドの袖をめくると、段々と黒い変色が上へと侵食していく。
ハンスが渋い顔をして言った。
「ジェラルドは以前の戦争で呪いをかけられたんだ」
「呪い?」
ハンスの言葉を疑うエルザ。
一息ついてハンスが言葉を続けた。
「それは……魔法を使うと死ぬという呪いなんだ」
エルザは一瞬、言葉を失った。
「そ、そんな嘘でしょ! だってジェラルド、あなたは魔法が使えないって……」
「呪いなんて言って君を不安がらせたくなかったんだ……」
ジェラルドが今まで本をあさってたのは呪いを解く手がかりを見つけるためだったのだ。
体の侵食で段々弱っていくジェラルドを見て、エルザは胸が苦しくなった。
エルザは自分のした事を思い出した。
魔法が使えないといったジェラルドに対して、無理に魔法を使わせようとした自分。剣の道に進むといったのに、それを止めてまで魔法を使わせようとした。
そして今魔法を使ってしまったジェラルドに待っているのは死という事。
「ジェラルド! 私……私!」
エルザの目から次々と涙がこぼれてくる。
「すまない……」
「謝るのは私の方よ! だからお願い死なないで!」
ジェラルドの黒い変色は段々と顔のほうまでやってくる。
ハンスは何も出来ない自分に腹を立て、地面を殴った。
「エルザ、今まで楽しかった。俺が魔法が使えないといった時も俺のことを必死で考えてくれた」
エルザは泣きながら首を横に振る。
「ありがとうな」
ジェラルドはそういって涙目になって笑った。
「でも、……俺やっぱり……離れたくない。エルザ……」
呼吸がたどたどしくなってジェラルドは言う。
「ジェラルド……私もよ!」
二人は抱きしめあい、キスをした。何回も。
そのうち、エルザを抱きしめていた手は地に落ち、ジェラルドの命は途絶えた。
エルザの悲しい叫び声が町に響いていた。
エイルードの魔法使い 志鳥かあね @su7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます